第三話 望まぬ出会い その三
ゼタキライーヤ――こいつは普段のキライーヤを強化した存在だというが。
相手はこちらの攻撃を通り抜けるのかもしれない。色々と試してみたいが、向こうの切断攻撃が怖い。
橋のがれきからキャメルンが頭をぴょこんと出した。
「プリンセスタ‼ 前キャル」
ゼタキライーヤがパンチを浴びせてきていた。両腕を組んでガードする。
そのとき、不思議な感覚がした。気づけば、自分は相手の手前を地面に落下していた。
どういうことだ。そう思った瞬間、キライーヤの蹴り上げた左脚が私のお腹に直撃した。そのまま吹っ飛ばされ、さいの目切りでぐちゃぐちゃになったコンクリートの舗装にぶつかった。
キャメルンが声を張り上げる。
「大丈夫キャルか⁈」
自分が立ち上がると、川に落ちたがれきのほうに目をやった。そこにキャメルンが隠れている。
「お願いがあるの! 私と敵の動きを観察して教えてほしい」
プリンセスタの声はよく響く。発声能力も向上しているのかもしれなかった。私の頼みはキャメルンにしっかりと届いた。
「わかったキャル。やってみるキャル」
キャメルンは星の力を見ることできる。私達の動作に応じた星の力を観察すれば、何か新しいことがわからないだろうか。
ゼタキライーヤは右手を振り上げ、張り手をしてきた。跳躍してかわす。
不思議な感覚だ。ゼタキライーヤは私の背後にいて、殴りかかってきた。見切るのは難しくない。
再びがれきのほうを見た。キャメルンが顔を見せる。星の力か何かで感知できるのだろう。
「見えたキャル。ゼタ……キライーヤの悪い星の力が強まると、プリンセスタが移動しているキャル。ほんの一瞬のことキャル」
移動――ゼタキライーヤには対象の何かを動かす力があるのか。橋の三分の一、河川敷や斜面のコンクリート舗装、胸壁まで動かすことで破壊した、と。
しかし、気になることが二つある。
一つはまもなく判明した。ワニ人間とキャメルンのおかげだった。
「ゼタキライーヤ、プリンセスタもすぱっと切ってやれ‼」
余計なことを。どう避けようか考えていると、キャメルンが答えた。
「無理キャル。プリンセスタへはできないキャルよ」
すかさず、私はたずねた。
「キャメルン、何かわかったの? どうして?」
「プリンセスタに星の力が宿っているからキャル」
本当に倒したいのなら、どうしてゼタキライーヤは橋を切ったのと同じ攻撃をしないのか。あんなのをやられたら、こちらは即死、よくても瀕死だ。
今のやり取りで、その理由がはっきりした。変身すると、プリンセスタの身体は能力が大幅に上昇するだけでなく、肉体の制約をはるかに超えて頑丈になる。生身の人間には命取りでも、プリンセスタだったらかすり傷にもならない。キライーヤとの戦いでしょっちゅう体験してきた。どこかで話に聞いていた気はするが、星の力とは万能だな。
とにかく、これで切断攻撃は恐れなくていい。残る疑問はあと一つだ。
ゼタキライーヤへ向かって走る。相手まで二歩のところであの感覚がした。
周囲を見まわす。自分の背後で彼がパンチの構えをしている。両腕でガード。再びあの感覚がする。
私はゼタキライーヤの頭上、数メートルの高さから落下していた。相手はこちらを払いのけようと左手を振りかざす。空中では回避できない。向こうの大きな手のひらが私の身体を叩きつけた。
地面に激突。衝撃を我慢して、相手の右足首にしがみついた。自分の両腕に力を込める。
けれども、落とされてしまった。惜しい。
ゼタキライーヤのローキックを転がってよけた。そのまま相手の近くから離れる。数十歩分の距離のところで立ち上がった。
またあの感覚だ。ゼタキライーヤはやはり後方だった。左から張り手が飛んでくる。見切れる。が、受け身を取ると、相手に能力を使われるかもしれない。半歩だけ後退する。
身体を前方に反りながらぎりぎりでかわし、両手を斜め上に差し出す。ゼタキライーヤの右手首をつかんだ。ぐっと踏ん張って両腕に力を入れる。
相手の身体が宙に浮かんだ。振り回して地面に何度もぶつける。
苦しまぎれか、ゼタキライーヤは自身に当たるコンクリートの舗装をさいの目切りに。むき出しになった地面に衝突して砂ぼこりが舞い上がる。
ぐるぐると回転してがれきのほうへ相手を投げ飛ばす。がれきが消失、対岸の堤防にどさっと現れた。川の中に水切り石みたいにびしゃんびしゃんと彼は落ちた。
がれきを動かして激突を回避したのか――ところが、今ので力を使い果たしたのか、ゼタキライーヤは起き上がらない。
あの感覚をここ三回ほどおぼえた直後、私はしっかりとたしかめていた。景色からして、移動しているのは毎回自分。相手ではない。どうも向こうは自身に能力を使えないようだった。だとすれば、ゼタキライーヤと私が触れている間もそいつは無効になるのではないか。
近づくと、川の流れる音に混ざって心の声が耳に入ってきた。
「ハタライテモ……カネハフエズ……シゴトモナクナリ……オレハモウ……」
左手で横ピース。
「チカキラりんっ」
両手の指先をダイヤの形に組む。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
ベビーピンクの光を受けると、ゼタキライーヤもこれまでと同じように崩れ去った。
現れた人物を見て驚いてしまった。あのストーカーのおじさんだったのだ。
幸運にも、プリンセスタに変身している私には気づいていないようだった。彼が対岸の堤防のほうを見つめる。すると、堤防斜面のコンクリートに亀裂がぴしっと走った。
プリンセスタの視力でなくても、たぶんわかるほどに大きなひび割れだった。事実、おじさんは自身でびっくりしていた。
「な、なんだあれ⁈ 何が起こったんだ」
ゼタキライーヤとしての能力が残っているのか。そんなことあるのだろうか。
ワニ人間がおじさんに話しかける。
「おい。なんで力が残っているんだぜえ?」
私と同じことを思っていたようだ。おじさんはワニ人間に愕然として叫ぶ。
「お、お前は何だ? よ、寄るな。化け物‼」
「お前は俺がゼタキライーヤにして――」
「うるさい‼ 近づくな」
おじさんがワニ人間を指差した。その瞬間だった。ワニ人間の姿がぱっと消えた。
「おい……」
ワニ人間は何かを話そうとしていたようだが、言い終わる前にいなくなってしまった。もしかすると、能力でワニ人間を移動させたのか。
おじさんは絶叫しながら、河川敷を下流のほうへと走り去っていった。
破壊された橋や堤防が元通りになる。私の服もドレスからキャミワンピへと戻った。
キャメルンがふわふわと飛んでくる。
「何がどうなっているキャル?」
私にわかるはずがない。キャメルンだって知らないのに。プリンセスタの変身が解けたということは、戦いは終わったと考えていいのだろうか。
いきなり、川沿いの道路に女の子が出現した。髪は胸下ロングで、顔つきからするに中学生ぐらいか。彼女はやって来たのでなく、それこそゼタキライーヤの能力か何かで移動してきたように見えた。
キャメルンがぼそりとつぶやく。
「ユルセナイヤの幹部キャル」
少女は年齢に似合わない白衣を着ていた。裾を引きずっている。堤防に設けられた階段を下り、こちらへと歩いてくる。私は身構えた。
彼女が平然とした様子で私達の前に立った。
「会うのははじめてか。どうも。プリンセスタとステラヤード妖精のお二人さん」
変身コンパクトを取り出す。しかし、変身できない。少女が落ち着いた口調でしゃべった。
「害意はない。研究の成果をたしかめに来たら、ちょうど君達を認めたので。挨拶でもしようと思っただけだ」
キャメルンがたずねる。
「せいか? せいかって何キャル⁈」
「ゼタキライーヤのことだ。今回の個体は相性がよかった。測定では悪い星の力は通常キライーヤの一二倍だ。参考に、戦ってみてどうだったか感想を聞きたい。プリンセスタ」
私は困惑していた。
「どうって……」
「まあいい。しかし、想像だにしない事態となった。今後も面白くなりそうだ」
どうにか私は質問する。
「面白くなるって何? 何なの?」
「ゼタキライーヤにされた男性個体、あれに残存した悪い星の力――そのゆえに彼は異質な存在だが、どう世界に影響を及ぼすのか。興味深い」
「どういうこと?」
「名乗るのが遅れた。私はメイナ。いずれまた会うだろう、プリンセスタ。その折に今の答えもわかる」
いつもワニ人間が去るのと同じようにして、少女の姿は消えた。
いったい何がどうなっているのか。謎だらけだった。
そんな中ですっかり自分も忘れていたのだが、一つたしかなことがあった。戦闘の前に御法山さんへとLINEで連絡していたのだが、その返信が来ていた。
御法山:塾があるので行けません
スマホの画面をのぞき見たキャメルンが一言。
「つれないキャルね」
どこでそんな言葉を覚えたんだ。
私はキャメルンをぬいぐるみのように抱きかかえ、自分の家へと帰った。




