第二話 望まぬ出会い その二
金曜の夜、夕食の後はスマホを触ってだらだらと過ごしていた。
タブレットで動画を観ていたキャメルンが、いきなりぱっと顔を上げた。
「来たキャル‼」
動画を観ていてではなさそうだった。このパターンはあれか。予想はできたが、彼にたずねた。
「何? キライーヤ?」
「そうキャル。ただ、ものすごくたくさんの悪い星の力キャル」
メイクはまだ落としきっていない。お風呂に入る前で助かった。あとは服装だが、これは来週大学に着ていく分を使おう。
白いTシャツの上にグラスグリーンのタータンチェックをしたキャミワンピを着る。そして変身。一応、LINEで御法山さんにも連絡をしておいた。
窓からジャンプ。走るよりも跳んで移動したほうが早いし、人に見られる心配も少ない。これも何回か試してわかったことだ。
キライーヤが出現したのは、川原だった。ここの川は市内で一番大きくて、日中常に車が行き来するような大きな橋が合計で四本架けられている。
上流から数えて二本目と三本目の橋の間に、キライーヤが立っている。
その近く、整備された堤防と車道とを区切るコンクリートの壁――後で調べると、胸壁というのが一番それらしかった、にワニ人間が腰を下ろしていた。
「よう、プリンセスタ。今日こそは勝たせてもらうぜえ」
キライーヤのほうに目をやる。今気づいたのだが、相手の顔のあたりに赤く光る二つの目がついている。これまでは影を粘土みたいにこねて作った黒い巨人で、大まかな人型の輪郭以外は何の部位かもわからなかったのに。
ワニ人間が品なく笑った。
「ゼタキライーヤだ。力はいつもの一〇倍あるぜ」
赤い目を除けば、ゼタキライーヤは普段のやつと変わらないように見えた。そういえば、キャメルンが相手の星の力はすごいとか話していたっけ。
ゼタキライーヤがこちらに近づき、そしてパンチをしてきた。両腕をクロスさせてガード。
不思議な感覚に襲われた。小学校でも中学でも高校でも大学でも、どこでもいいが、授業中にまぶたを上げたままで意識が遠のいている状態――そこから先生に指名され、はっと一瞬で目覚めるのに似ていた。
左側から相手の張り手を受けた。正面はガードしていたが、当たり前ながら吹っ飛ばされてしまった。
どういうことだ。一瞬だけ見極められないほどのスピードで攻撃できるのだろうか。ここは川原で、前回の地下鉄のような狭いところは存在しない。私の地元に地下鉄などは通っていないし、記憶の限りでは地下通路も何キロか先だった。
次はこちらから仕掛けてみる。跳躍してゼタキライーヤに接近する。右肩らへんを狙ってかかと落とし。
また不思議な感覚がした。自分の攻撃が当たった感じはない。私の右脚はむなしく振り下ろされた。とっさに地面に着地する。
自分の右脚と相手の肩とはほんの数十センチだった。接触までの時間はわずかに数秒。この間に回避したというのか。
キャメルンの叫び声が聞こえた。
「プリンセスタ! 後ろキャル‼」
慌てて振り返る。ゼタキライーヤは背後でパンチを繰り出してきているところだった。これは見切れた。さっとかわす。
なぜ相手は今回の攻撃で自慢のスピードを活用しなかったのか。ここまでの観察だと、ゼタキライーヤの歩行や途中までの攻撃動作は従来のと変わらない気がする。前回の地下鉄の駅に突っ込んだやつは例外だが。もしかすると、スピードではないのか。
ゼタキライーヤに近づき、今度は左脚に向かいローキック。この距離ならよけられないはず。
ところが、またあの感覚が。相手は私の背後に立っていて、叩き潰すように握りしめたこぶしを振りかざしてきた。見切った。彼の攻撃は命中しなかった。
今回の戦いでの妙な感覚――これは何だ。
ひょっとして、敵の身体を通り抜けているのだろうか。通り抜けるときにあの感覚がすると、そういうことなのでは。もちろん、完全に通り抜けているのならば、向こうの攻撃も当たらない。私の身体も通過するはずだからだ。状況に合わせて、通り抜けと実体とを切り替えているのかも。
だとしたら勝てない。ゼタキライーヤの攻撃はすべてヒット、なのにこちらのは全部が通り抜ける。どう対処すればいいのだ。
先程キャメルンの声がしたほうに視線をやった。彼はワニ人間のところより下流側に数十歩分進んだ胸壁から、鼻より上だけを出してこちらの様子をうかがっていた。
互いに目が合う。が、キャメルンは何もしゃべってこない。私自身で考えろということか。
ワニ人間がゼタキライーヤに命じる。
「ゼタキライーヤ。お前の本当の力を見せてやるんだぜえ」
私が身構える。ゼタキライーヤは私の後ろに架かっている橋のほうに目を向けた。上流から数えて二本目にあたる橋だ。
すさまじい轟音が響いた。橋が、私達のいる岸のほう約三分の一のところで橋桁ごと切断された。トラックなどの大型車も普通に通るはずの、たぶん鉄筋コンクリート造りのものだ。それがマンガにある何でも斬れる刀を使ったかのように真っ二つ。ものすごい水しぶきを上げてがれきが川に落ちていく。多少残った反対側の橋本体からは、停まれなかった車が数台落下していった。市内で一番大きいといっても深さは大人の背丈ぐらいだ。大半のがれきは沈みきらないで、ダムみたいに川の流れをさえぎった。
なんて破壊力なんだ。しかも接触せずに。ワニ人間が大笑いしている。
「いいぜえ。最高じゃねえかあ。もっともっと見せつけろ」
ゼタキライーヤがこちらを見る。ヤバい。あれを受けたら、自分の身体も切られてしまうのではないか。いくらプリンセスタでも胴体を真っ二つだったら生命の危機だろう。
隠れたいが、付近にそんな場所はなかった。自分の立つ河川敷に舗装されたコンクリートが、真四角に切断される。思わずよろめいたが、なんとかジャンプして離れる。
河川敷も斜面のコンクリートも、何十メートルにわたって同じように切り刻まれた。料理でいえばさいの目切りだ。小学二年生の頃だったか、子供向けの料理本を買ってもらい、しばらくの間レシピをながめたり母親の調理を手伝ったりしたことがあった。写真や図がふんだんに使われ、それぞれの工程ごとに細かく解説、少女マンガ風のイラストやマンガが入って読みやすくなっている本だ。はっきりとは覚えていないが、『プラチナドリーミングス』第三シリーズ中盤のエピソードに影響を受けていたかもしれない。ちょうどバレンタインに関連した話で、学園の専属シェフと一緒に主人公達が新しいチョコスイーツを創作する。一二〇話ぐらいだったかな。というわけで、料理については、多少の知識がある。
ゼタキライーヤは胸壁の一部まで巻き込んでカットしていた。キャメルンが飛び出す。よろよろと橋のがれきの後ろへと飛んでいった。
ワニ人間は大はしゃぎだ。
「いいぜ。これならプリンセスタにも勝てるぜえ。今日こそ星の力をユルセナイヤ様に‼」
相手の能力がわからない。スピードなのか通り抜けなのか。それとも全部か、また別物か。切断もあるな。
川原にはワニ人間の笑い声が響いていた。




