第〇.五話 前兆
ここはステラヤード。昔はギラギラまぶしくて嫌なところだったが、今はだいぶマシになった。ユルセナイヤ様のおかげだ。
俺か? 俺はクロボロサス・バルディだ。何、知らない? あの憎らしいプリンセスタが、ワニ人間とか勝手に呼んでいるが、ちゃんとした名前がある。覚えておいてもらいたいぜえ。
ステラヤードで一番でかい建物――ユルセナイヤ様がいるところだ。前はここに女王がいたらしい。ユルセナイヤ様に負けてからは、ずっとどっかで眠っているそうだった。
何本もある柱の真ん中を通って、ユルセナイヤ様のもとに行く。気分は悪い。プリンセスタにキライーヤを倒され、女王が眠る前に妖精達に与えたという星の力も手に入れられていない。
それを話すたびに、ユルセナイヤ様はとてつもなく怒る。建物、いやステラヤード全体がぐらぐら揺れ動く。女王ともサシでやって勝った力だ。本気を出したらどうなってしまうのか。恐ろしいことだ。
ユルセナイヤ様の前にやって来た。低く大きな声で、俺はたずねられた。
「クロボロサス、結果はどうであったか?」
少しびくりとしてしまった。
「はい‼ ユルセナイヤ様――」
今回も失敗だった。悩んでいる人間を見つけてキライーヤに変えたところ、ものすごい速さで動くやつになった。俺の目でも見えなかったのだ。これならプリンセスタに勝てるかもと思った。最初はいつもそう思うんだ。
ところが、いつの間にか、キライーヤは狭いところに頭を突っ込んでそのままやられていた。悪い星の力はすっかり消えてしまった。いつもそうだ。何が悪いんだろうなあ。
説明が終わると、ユルセナイヤ様は激しく怒った。
「たわけ‼ これで何回目だ⁈」
星全体がぐらぐら揺れている気がする。恐ろしい。思わず、俺は片膝を床に突いた。
「えっと……何回でしょうか?」
数字は苦手だった。ユルセナイヤ様の声がますます大きくなる。
「一三回だ‼」
建物はガタガタと震え、今にも壊れそうなぐらいだった。俺は不安になる。ユルセナイヤ様が怒鳴った。
「一三回もやって、なぜ満足の行く結果が一つも出せぬ! 何のために悪い星の力を分け与えたと思っておる‼」
腰を低く下げ、頭――俺の場合は鼻先だったが、を床につける。
「申し訳ございません。次は必ず成功させてみせますぜえ」
「その言葉は聞き飽きたわ‼ ここまでして結果を出せぬのであれば、分け与えた力を返してもらうぞ」
ユルセナイヤ様の幹部になる前の、あの退屈な暮らしには戻りたくない。
ずっと俺は同族達のいる星で暮らしてきた。小さい頃は人気者だった。一番力が強くて、ケンカでは負けたことがなかった。成長しても、まわりにはいつも誰か友達がいた。
今でもよくわからない。友達に誘われて盗みをやった。少しの食べ物とお金だ。俺は力が強かったから、盗み出したものを運ぶ役をやっていた。そのことはすぐ大人達にバレた。本当にわからないのは、大人達は俺が盗みの中心だと勘違いしたことだ。実際に盗みを計画したのは友達の一人だった。話はしたが、信じてもらえなかった。なんでだろうか。最後、俺は暴れたが取り押さえられ、牢屋に入れられることになった。暗い暗い牢屋の中だ。捕まったのは俺だけだった。なんで俺だけが。やっぱりわからない。
牢屋に長くいると、だんだんその暗さが好きになってきた。しかし、それ以外は最悪だった。食事はまずいし退屈だし。力が余って牢屋を壊そうかと何度も思った。が、けっきょく失敗だった。
この頃、ユルセナイヤ様はステラヤードだけでなく、他の星々でも暴れまわっていた。俺のいた牢屋も襲われ、どんなに自分が暴れても無理だったはずのものが、一瞬で壊れた。俺と会ったユルセナイヤ様は、たしかこんなことを言った。
「余の望む闇一色に宇宙を染め上げようぞ」
言葉の意味はよくわからなかったが、かっこいいと思った。この人の舎弟になりたい。俺の頼みは聞き入れられ、そして悪い星の力を与えられた。
鼻先を床にこすりつける。
「どうかもう一度だけ、もう一度だけチャンスをください‼」
ユルセナイヤ様が答えた。
「ならば――お前にはこれまでと別の力を与える。たった今、実証を済ませたばかりだ。必ず物にしてみせよ」
いつの間にか揺れは収まっていた。ほっとした。ひざまずいたまま、俺は深く頭を下げた。
「ありがとうございます! 絶対にプリンセスタを倒し、星の力を手に入れてみせますぜえ」
それから、ユルセナイヤ様はメイナを呼びつけた。メイナは俺と同じ幹部だが、プリンセスタよりもうちょっと子供の人間の女だ。いつも白い服を着ている。俺は嫌いだ。
メイナがユルセナイヤ様に用事をたずねている。こいつは、ユルセナイヤ様を「あなた」とかたまに呼び捨てとかにもする。ユルセナイヤ様もなんでかちっとも怒らない。嫌だ嫌だ。
ユルセナイヤ様がメイナに命令する。
「クロボロサスに例の力を」
メイナは黒と紫が煙のように混ざった玉を取り出した。
「これがゼタキライーヤの根源だ」
普通のキライーヤを生み出すのは、光のまったくない真っ黒な玉だ。この黒さはユルセナイヤ様を感じさせる。俺は好きだ。あの紫色の混ざった玉なんかよりも。
ユルセナイヤ様は今度、俺のほうに命令をした。
「クロボロサス。根源を受け取り、メイナから話を聞け。この力でゼタキライーヤを生み出し、次こそは使命を果たすのだ」
言われた通りにメイナから玉をもらう。サイズは普通の黒いのと同じだった。メイナがべらべらしゃべりだす。
「使用法はキライーヤの根源と変わらない。悩み苦しんでいる人間を対象に用いればいい。キライーヤとゼタキライーヤの大きな差は、身体に宿した悪い星の力の総量だ。単純な比較でも三倍、対象との相性が良好であれば一〇倍以上も見込める。まだ仮説の段階だが、この量はプリンセスタの浄化の光でも完全には除去できない可能性がある」
こいつは、いつもそうだ。頭がいいのか知らないが、難しい言葉を並べてくる。ユルセナイヤ様は、そんなメイナの言葉を真剣に聞いている。嫌だ嫌だ。
ユルセナイヤ様が強い口調で質問する。俺に対してだった。
「クロボロサス。使い方は理解したのか⁈」
「はいっ‼ よくわかりました」
本当はちっともわかっていなかった。だが、これが最後のチャンスかもしれない。再び俺は深く頭を下げた。




