第二話 疑問
どれほど文句を述べたところで、状況が好転するのでもない。一対二はまぎれもない現実なのだ。
正面のキライーヤが右手でパンチを繰り出してくる。かわして相手の腕をしっかりとつかんだ。
そして、自分の身体を後ろへと向ける。キライーヤは引きずられてもう一方の相手に激突。気にしないでバレエやフィギュアスケートのようにくるくると何度も回転する。勢いがついたら、もう一方を目がけて手を放す。プリンセスタならば、目も回らないし周囲の景色だってはっきり見える。平衡感覚と動体視力が向上しているのだろう。
砂場を区切った並び立つ丸太――ここの砂場は長方形をしていて、区画の手前と左側には他の公園と同じようにタイルが埋められているが、奥と右側は私の胸元ぐらいまでの丸太が微妙に高さを変えて何本も地面に刺してあった。日よけのためだったかもしれない。二体とも思いっきりそれにぶつかった。なので今は、大嵐が過ぎ去った後の山肌みたいに無惨な光景だ。
すぐさまジャンプ。空中で跳び蹴りの構えをする。標的はもちろん、砂場で重なり合って倒れているキライーヤ二体だ。
期待した通りに命中した。重なっている上側のお腹あたりだ。しかも、下のもう一方もダメージを受けている。効いている感覚があった。
上側のキライーヤの右脚を手に取ると、ぐっと胴体を持ち上げてもう一方の相手へと叩きつける。これも効いている。
自分の思いつきでは最後にあたるが、よさそうだった。二体を一緒に攻撃する。投げられたりぶつけられたりといった動きは、さすがにお互いでもわからないようだ。
砂場を区切る丸太が縦に裂けて折れた。ダメージを負ったキライーヤ達がばたつき、当たったのだ。
ワニ人間の声がする。まったく存在を意識していなかったが、彼は丸太を模したベンチの上に立っていた。模しているわけで、実際はコンクリートだ。
「何やってんだ。二体もいるんだぜえ。プリンセスタを同時に攻撃するんだ」
キライーヤが現れているのだから、ワニ人間もいて当然か。
この場所は少し狭いな。私は跳躍して公園の奥側に移動した。この市民公園は二つのエリアに分かれている。今、私達がいるのは遊具エリアだ。他に一面芝生だけの広場エリアがあって、自分が昔遊んだときの記憶だと、散歩をしたりレジャーシートを敷いてピックっぽいことをしたりする人がいた。現在は日没の間際、キライーヤ達が暴れているせいか、そのような人は見られなかったが。とにかく、障害物になりそうなものがなく、私の考えを実行しやすい。
そちらへと相手を誘い込む。特別なことは不要で、私のいるところであれば向かってきてくれる。
前と後ろにそれぞれキライーヤが。そうだ。前方からのローキックをよける。とっさに振り返って、もう一方からのパンチを見切った。
両手をそいつの腰に当てる。そして身体を持ち上げると後方に反り投げた。後で知ったが、格闘技でのスープレックスに近かった。星の力のおかげなのか、変身前の自分では絶対にできない逆立ちやバク宙も余裕だ。
これだけ自分と敵達とが間近だったら――投げられたほうの身体が別の個体にぶつかった。どちらもダメージを受けている。
「オレガ……スナオニ……ワケテヤッタラ……ケチ……デナケレバ……」
「……ニイチャンノ……ホシガッタカラ……ヨクバラナケレバ……」
心の声が聞こえてきた。この後にやるべきことは決まっている。
左目の高さぐらい、最上級のかわいさで横ピース。
「チカキラりんっ」
この台詞だが、いつからか文末に記号の星がついているイメージでいた。もし自分が台本とか設定資料集とかを制作するのだったら、そのように表記する。
両腕と肩とは平行になるようまっすぐ。顔の正面に手を動かし、指先をダイヤモンドの形にする。
「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」
両手から発せられるベビーピンクの光。これが、キライーヤ達のゆるやかな人型の輪郭を上書きで塗りつぶすように消していく。
ふと今思ったのだが、二体とも別々のところにいたら――どうやってステラ・ブリリアント・シャワーを命中させるのか、見当もつかなくて困ってしまうな。まとめて攻撃しておいて本当に助かった。
小学校低学年と保育園児ぐらいの男の子二人組が現れた。どことなく顔立ちが似ていて、兄弟のようだった。
兄にあたる小学生のほうが弟を励ます。
「お母さんに言って、もう一個ゼリーをもらおう。今度はそれを半分個な」
「うん。半分個する。さっきはごめんなさい」
詳しい事情はわからないが、微笑ましく思えた。兄弟は手をつないで公園を出ていった。
ワニ人間がベンチから飛び降りる。
「二人がかりでも勝てねえのかよお。厳しいぜえ」
ワープするかのように瞬時に彼は立ち去った。
公園も私の格好も元に戻る。今日は大学の帰りに変身しているから、服装もメイクも人目の心配をしなくていい。
日が沈みきったのか、あたりは暗くなりはじめている。
エノキの木からキャメルンがふわふわと出てきた。今すぐにでも質問したいことがあったが我慢する。妖精と話しているのを誰かに目撃されたらまずい。
通学用のトートバッグにキャメルンを押し込み、街灯のともりだした中を家へと急いだ。
自分の部屋で、ミントグリーンのブルゾンを脱ぎながら、ようやくキャメルンにたずねる。
「私ってプリンセスタ・リブラだよね」
キャメルンはさっそく私のタブレット端末で動画の視聴を始めていた。
「そうキャルよ。それがどうかしたキャル?」
「リブラって、天秤座って意味でしょ。それってさ、他の星座のプリンセスタもいるってこと?」
正直なところ、以前から気になっていたけれど。今回の戦闘で複数のキライーヤを相手にし、改めてちゃんと確認したいと思った。
キャメルンは画面をながめ続けている。
「女王様のお言葉では、プリンセスタはたしか何人かいたはずキャル」
星占いでも使われる基本の星座は一二個。だとすると、自分の他にあと一一人がいることになる。仮に星座全部ならば一〇〇近くあるが、さすがにそんな数はいないだろう。実際にいたら大変だ。名前は覚えられないし、立つ場所もなく狭いし。
「どこにいるかはわからないの?」
「地球キャル」
範囲が広すぎる。探し終えるのにいったい何十年かかるのか。地球の裏側にたどり着いたとき、自分はよぼよぼのおばあちゃんプリンセスタ――なんて嫌だぞ。
女の子向けの作品に限ったことでなく、新しい仲間というのは物語上の適当なタイミングで登場し主人公達と出会う。当然だ。主人公達の生活圏外でこっそり活動していたって、仲間として認知されないまま終わる。そういうのは、サイドストーリーとか群像劇とかの分類になるかな。
それで、私の好きなジャンルの話題だが、物語の主体がころころ変わっていくのはまず見かけない。難解になりがちなのだ。創作する側にも技量がいるし、なにより受け手にもある程度の理解力が必要となる。本来の視聴者達のためにも、よっぽど採用されることはないだろう。
現実を考えてみると、自分が知らなければそのまま済んでいくし、知ったとすればいつかどこかで出会うことになるはずだった。
ブルゾンをハンガーに掛けた後、次はベージュをしたギャザーフレアスカートを下ろして両脚を抜く。このスカートはウエスト総ゴムの仕様だった。
「できれば、早く見つけたいな」
「どうしてキャル?」
「この間みたいに何体もキライーヤが出てきたら困るでしょ。一人で同時に戦うのキツいんだから」
これまでと同様に相手が一体だけだったら、二対一になってこちらが序盤から有利だ。自分の負担だって減る。
ルームウェアのTシャツとトラックパンツに着替え終えてから、すぐに夕食だった。
冷蔵庫にシュークリームがあったはずだ。母親がスーパーで買ってきたやつだが。自分の部屋に戻るときに持って行くか。キャメルンにあげる代わりに、他のプリンセスタのことを詳しく説明してもらうのだ。
ついでに、充分な情報を話してくれるまでタブレットを取り上げよう。プリンセスタにとっては、キライーヤとの戦闘もだが、妖精の扱い方も大事なのだ。
普段よりも早めに食事を済ませる。シュークリームをお土産のように手にしてキャメルンのところへ行った。




