第一話 一対二
キライーヤが公園の真ん中に立っている。彼の動きを注意深くうかがう。
ここは公園だが、私の近所にあるものとは違っていた。今、自分達がいる下は芝生で、たぶんメダカか金魚かが泳いでいるだろう池もある。遊具も、ペンキが落ちて赤茶色のさびがむき出しになったものでなく、木組みのアスレチックだった。といっても、こちらも古くなっていてあちこちが朽ち、一部は使用禁止なのだけれど。公園、正しくは市民公園なのだ。
はじめてプリンセスタに変身して戦ったのは、それこそ近所の小さな公園だったが――いや、忘れもしないことだが、別にいい。
考えるべきは、目の前のキライーヤだ。相手が右腕を振りかざし、こちらへと駆けてくる。
今回の敵は、それほど複雑な攻撃をしてこない。自分の両腕を胸の前でクロスさせて、向こうのパンチを受け止める。威力も高くない。しっかりと踏ん張れば後ずさることもないし。
その瞬間、キャメルンが叫ぶ。
「プリンセスタ! 後ろキャル‼」
とっさに振り返ったが、既に遅かった。もう一体のキライーヤが背後で、左膝を前に突き出すように曲げていた。ミドルキック。私のお腹らへんに直撃した。
四、五歩分ほど後ろによろめく。その隙に先程対峙していたほうの相手に殴りつけられた。これもダメージとしては大したものでない。が、連続でしかも二体からだとね。
一対二、バトル物の作品でもFPSでも格闘ゲームでもRPGでも何でも、とにかく圧倒的に不利な状況だ。どうすればいい。こういうとき、よく採用される戦略は。
自分と向かい合った相手が右からパンチ。かわしつつ、左側に横跳び。これでキライーヤ達からいったん距離を取る。
彼らが私のほうを見る。片方はまっすぐこちらへ、もう一方は右に逸れて進む。
今回、キライーヤ達の攻撃パターンはずっと同じだった。片方が正面から、もう一方が背後にまわり込んで攻撃を仕掛けてくる。要するに挟み撃ちだ。
単純この上ない。なのに、理解できていても防げないのだ。一人で前後を同時にどうやって認識すれば。どっかのロボットアニメみたいに、気配であちらの存在を感じ取ることができたらありがたいが。ここは宇宙でないし、そんな能力が私に備わっているはずはない。
前方のキライーヤがこぶしを握って身をかがめた。見切った。相手のアッパーカット。当たらなかった。
忘れていないぞ。即座に右へと横跳びをする。着地とともに、さっと身体を今度は左横に。二体のキライーヤが至近で互いに向き合っている。一方がローキックを放ったところだった。先程私の後ろにいたやつだ。あのスピードと距離なら。
もう片方にヒットする――とは、ならなかった。受け手はひらりと身体を横に揺らしてよけた。ほんの数十センチの動きだ。曲のリズムを取っているかのように気軽だった。
それぞれの行動をわかっているな。私の考えは失敗だった。防げないなら活用してやろうと思っていたのだが。アクションゲームのボス戦で複数いる敵に他個体の攻撃を当てて攻略、そこからひらめいたのに。
次はどうする。片方がこちらにフロントキックを繰り出してくる。回避は難しくない。そして後ろからもパンチ。こちらもかわせた。
過去に何度も経験してきているが、相手の攻撃を避けるだけでは勝つことができない――負けることもないけれど。それじゃ意味がなかった。
ジャンプして、再びキライーヤ達から離れる。
片方がこちらへやって来る。目の前であちらが右足を上げる。キックだ。半歩だけ後退すると、先に両手で彼の右脚をつかんだ。両手に力を入れてぐっと水平方向に引っ張る。相手がバランスを崩し、地面に膝を突いた。
そのとき、背中に打撃を受けた。もう片方か。ぐっと我慢する。今度は両手を上にやってキライーヤを持ち上げる。そのまま振りかぶって下ろすと同時に手を放した。
相手の身体がアスレチックに激突。ロープを張った吊り橋みたいなものだったが、がらがらと壊れて丸太の中に彼をうずめた。古くなって使用禁止になっていた遊具の一つだったかもしれない。
瞬間、また背中を殴られた。耐えられる程度の威力なのは幸運だ。忘れたわけではないが、今は無視。
高く飛び跳ねる。公園が足元に小さく見えた。黄みがかった緑色の芝生に、レンガ舗装の歩道が川のようにくねくねと二、三本刻まれている。木と遊具はまばらだ。池もある。
ふと思った。ウサギやネコ、リスといった動物のミニチュア人形シリーズ、そのCMっぽいかも。芝生とレンガの歩道のためだろうか。自分の生まれるずっと前から存在する玩具シリーズで、根強いファンも多いと聞く。小学一年生のときだったか、祖父母が家と人形、家具のセットになったものをプレゼントに買ってきてくれた。当時の私はとにかく『プラチナドリーミングス』に夢中で、ウサギの女の子をアイドルに、二階のお部屋をライブステージに見立てて遊んでいたっけ。ちなみに、このシリーズは近年でも何本かアニメ化されている。実は動物の子達には公式に名前があって、アニメレギュラーだったらばっちり私も覚えている。
おっと、戦いに集中しないと。それこそミニチュア人形のように小さく目に映ったキライーヤが、丸太の中から身体を出している。狙いはそこだ。
跳び蹴りの構えをする。芝生の上をちょこちょこと進んでいくものが。当たり前だが動物の子ではない。二体目のキライーヤだ。目的の地点は私と同じらしい。
二体目が倒れ込んだほうの正面に立ち塞がった。かばうつもりか。
自分の跳び蹴りは二体目の右胸あたりにヒットした。衝撃で相手が飛ぶ。一体目をも巻き込んで、彼ら両方ともが仰向けに倒れた。
ダメージは与えられたが、想定していたのと違う。身体を起こして立ち上がったキライーヤ達が、横一列に並びこちらを見る。先程まで自分が狙いを定めていたのは、たしか右のほうだったか。
相手よりも先に動きだす。対象は変更なく右側の個体だ。だが、そいつはさっさと左方向に逸れていった。自分と向き合うのはもう一方になる。
面倒だけれど。足先を真後ろにくるりと変える。対象の個体が接近してきている。そこへとパンチ。
効いてはいるのだ。と感じたら、いきなり背中の上から下にかけて衝撃が走った。振り返ってみると、どうやら放置していたもう一方がかかと落としを浴びせてきたようだった。
さらに今度は右側から勢いよく張り手が。対象にしていたほうの攻撃だ。
芝生の上を数メートル転がった。
一対二で勝ち目がなければ――今の状況を変化させようと考えていたのだが。つまり、二体のうちの一つを集中して狙い、先に倒してしまうのだ。そうすれば、一対一となって数の劣位は解消される。色々な分野、同じような局面でのセオリーな気がするのに。
この方法もだめだな。まず、対象にしなかった相手を完全に無視できない。敵による攻撃の威力は低くてもじわじわダメージが自分に蓄積されていくし、身代わりをされたらおしまいだ。それになによりも、戦いの中だと、狙っているキライーヤがどちらなのか判別するのは困難だった。二体とも背丈や体格は同じで、片方だけに固有の特徴もなくて、見た目では無理なのだ。
攻撃のパターンがパンチとキックで異なっているとかも。気づいてはいるが、確証がない。たしかめる手段はないのだ。もし向こうが私の思い込みを逆手に取ったら。やっぱりおしまいだった。
立ってあたりを見まわす。キライーヤ達がそれぞれ分かれて近づいてきている。ついでに、建物三、四階の高さがあるエノキの木、生い茂った枝葉の下部にキャメルンが隠れていた。樹種まで特定できたのは、自分が詳しかったのでなく、根元に名前を記したプラスチックのプレートが設置されていたからだ。
一対二。木に身を潜めているキャメルンを含めたら二対二になるか。別にキャメルンが悪いわけじゃない。妖精がそのまま変身もせずに戦うなんて、自分の知る限りでもめったになかったし。だいたい、そうだとすればプリンセスタなんて必要ないはずで。
前方からキライーヤがパンチ。加えて後方からもキック。どちらも避けられた。
相変わらずのワンパターンだな。エノキの木から声がする。
「プリンセスタ! 星の力はプリンセスタのほうが残り少ないキャルよ‼」
体力勝負は無理か。キャメルンに言われるまでもなく、そろそろ決着をつけなければ。
どうしようかな。キライーヤ達の連続攻撃を回避しながら、私は考えていた。




