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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第四章 ふたつの涙

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第九話 一発勝負‼

 向こうの攻撃をひたすらにかわし、相手が力尽きるまで待つか。だが、自分の体力にも余裕がない。先に私が倒れたら――負けだ。

 完全な運任せにすぎない。あまり自分が勝てるイメージもできなかったし。

 何か他には。歩いてくるキライーヤを見定める。今、思いつくのはこれしかない。

 力を振り絞って相手のほうへと走り出す。ふらふらだし、プリンセスタの基準からすれば遅かった。

 キライーヤも気づいてこちらに向かい駆けだす。私は両手を固く握りしめた。キライーヤもこぶしを構える。

 互いに相手までは四歩、三歩、二歩。最初にげんこつを浴びせたほうが勝つ。原始的だが明快な勝負だ。残り一歩。力強く左足を踏み込んだ。

 キライーヤのパンチは右側からだった。予想は的中。相手の攻撃はむなしく空振りする。今だ。左手でこちらからアッパーカット。

 後方にキライーヤは吹き飛ばされて倒れ込んだ。キャメルンが叫ぶ。

「キライーヤから星の力は完全に消えたキャル‼」

 仰向けのままで相手は起き上がらない。再び右手でピース。一連のポーズを取って掛け声を発する。

「ステラ・ブリリアント・シャワー‼」

 放たれたベビーピンクの光の中で、キライーヤは消失していった。

 決闘に勝てた。私か相手か、勝率は五分五分。二分の一、または五〇パーセント。これも一つの賭けにちがいなかった。しかし、自分の中でわかっていたことがある。思い返してみると、このキライーヤの攻撃パターンには規則性が存在しているようだった。はじめは右手、次は左手、さらに右手と交互に繰り返していたのだ。途中で苦しまぎれに両腕をばたつかせたが、以降は再度このパターンに戻っていた。自分の憶測にすぎなかったけれど、パターンに当てはめれば、最後の決闘での攻撃は右手だろう。もちろん、裏をかかれるかもしれなかった。結果は事実の通りだ。キライーヤが正直というか単純で本当によかったと思う。

 半壊した駅舎のすぐ近く、ワニ人間が両手を頭の上にのせながらしゃべった。

「おい。俺の存在、最近薄くねえか? キライーヤを作り出しているのは俺なんだぜえ。また負けちまったけど」

 私が返事をする前に、ワニ人間は去った。発言できてとりあえず満足したのかもしれない。

 その彼によってキライーヤにさせられた不運な人物は――イベントの来場者だと想像していたが、違っていた。

 西春ユイだ。見覚えのあるダークメタリックブルーの衣裳を身にまとっていた。イベント出演のためかメイクもばっちり決めていたが、それでも疲れが隠しきれていない。おでこと鼻筋とはテカっているし、口元でファンデーションが崩れかかっている。

「大変だけどやらなければ。トップになればもっと忙しい。甘えている場合じゃない。ここを乗り超えればさらに成長できる」

 彼女はよろめいて倒れそうになった。思わず私が身体を支える。プリンセスタの変身はほんの少し前に解けていた。

「大丈夫なの? だいぶ疲れてるみたいだけど」

「あなた、また来たの? 心配しなくていいわ。このくらいどうってことない」

 私の手を振り払い、西春ユイはテントのほうへと歩きはじめた。まっすぐに進めていない。その姿が先程のキライーヤにも重なった。たしかに同一だともいえるが。

 よろよろと彼女はテントの中に入っていった。灼熱の砂漠を休みなく前進する旅人のようだった。いったい何のために。どんな意志か執念なのか。

 キャメルンがすっとやって来た。

「ステラ・ブリリアント・シャワーは、悪い星の力の根源となる不安や悲しみを取り除き、明るく前向きな気持ちを呼び起こすキャル。けど、身体はそのままキャルよ」

「今回はとにかく……前までの人は元気になっていた気もしたけど」

「気持ちが高ぶって錯覚するキャルね。まわりの人もその人自身も、キャル」

 コーヒーや栄養ドリンクで眠気をごまかすみたいなものか。それらで寝ずにいられたとしても、睡眠が不要になるわけではないのだ。

 さすがに少し心配になって、こっそりとテントの中をのぞいた。

 西春ユイが折り畳みテーブルの上に置いてあったミネラルウォーターのペットボトルを手に取ろうとする。そのときだった。彼女の身体が大きく傾いた。

 思わず私は声を出した。

 ペットボトルが彼女の手から滑り落ちた。中身は半分以上残っていて、ぼとんと音でもするはずだが聞こえなかった。彼女が天板にどさっと倒れてかき消されたのだ。その場を去るようにペットボトルが転がっていった。

 急いで駆け寄る。西春ユイの意識はなかった。必死で身体を五、六回揺さぶったところで、やっと彼女は目を覚ました。

 私が問いかける。

「大丈夫⁉ 無理しないほうが……」

 弱々しい声で、西春ユイが答えた。 

「無理? して当然じゃない。これは仕事なの」

「そんな身体でステージに立つなんて無茶だよ」

「それでもやらなきゃいけないの。昨日より一歩でも進んでいなきゃ、今日を生きる意味なんてない」

 彼女はテーブルから両手を離して、テントの出入り口へと歩きだした。右斜めに逸れていっている。だが、数歩進んだ先で転倒した。

 見ていて不安だったが、今度は意識があった。疲労が限界に達して身体が動かなくなったようだ。それでも西春ユイは諦めていないのか、地べたに両手、両膝を突いてなんとか立とうとしている。

 『プラチナドリーミングス』の第一シリーズ、終盤のエピソードを思い出す。四七話だっただろうか。トップアイドルの座に君臨し続けていたキャラクター、彼女は超過密スケジュールをこなすうちに過労で倒れてしまった。しかも、ライブ直前のことだ。あのときは――と考えたところで、後ろから聞こえたキャメルンの声で現実に引き戻された。

「ぼっとしていちゃだめキャル‼ また『プラドリ』キャルか⁉」

 西春ユイがこちらを見つめる。にらむような鋭い視線だった。さっとキャメルンが自分の背後に隠れた。

 彼女がたずねてきた。

「プラドリ? ああ、昔流行ったやつね」

 現在からは想像できないかもしれないが、当時『プラチナドリーミングス』は間違いなく大人気だった。ゲームのデータを記録するのに必要なICカード――〝学生証〟と呼ばれていたが、ブームが絶頂の頃にはネット上で転売されて三〇〇〇円を超えるほどの値で取引されていた。そのぐらい入手が困難だったのだ。稼働してすぐに買ってもらえた私は幸運といえた。ちなみに、このICカードはイベントで小学生以下の子に配布されたことが何回かあって、自分も五種類ぐらい持っている。ただし、このカードは体験版の意味合いが強く、セーブできる回数が制限されていたのだが。

 また話が脱線してしまった。とにかく、西春ユイは自分とほとんど同世代なのだし、直接に遊んだり観たりしていなくても周囲で耳にすることがあったのだろう。

「その中にある台詞なんだけど。たとえば、『ライブだってただこなせばいいだけじゃない。一番大事なのはお客さんに喜んでもらう』って。西春さんの思うアイドルがどんなのかは知らないけど、少なくとも、今のぼろぼろの状態で無理している姿を見せることじゃないでしょ?」

 彼女はちょっと黙っていたが、やがて返事をした。

「……どんな立派な言葉でも語れるのは、それが遊びだからよ。流行っていた頃、まわりにも好きな子がいたわ。ダンススクールに通っていた私は、そのときからずっと感じていた。言い方は悪いけど、しょせんゲームじゃない。お金を払って楽しむためのものなの。でも、私がやっている仕事は違う。お金をもらって楽しませるの。遊びだったら、耳障りのいいことを好きなだけ言って満足すればいい。だけど、仕事は綺麗言だけじゃもちろん満足してもらえない。お金にもならない。結果が求められているの。イベントに出演して評価を得るという結果が」

 気力も尽きたのか、西春ユイは腹這いに倒れた。意識は再び失っている。相手の身体を揺さぶって問いかけていると、キャメルンが声をかけた。

「落ち着くキャル。眠っているだけキャル」

 耳をそばだてると、彼女の小さな寝息が聞こえてきた。まずは一安心だ。プリンセスタの身体であれば抱きかかえてイスにでも座らせたのだが。自分とキャメルンの二人では、おんぶして運ぶのも大変だった。

 ちょうどのタイミングで男性スタッフがテントに入ってくる。

「西春さん。そろそろ出番ですので準備を――」

 私も知っていた人だった。彼は私達を見て愕然とする。

「え? 見屋さん⁉ どうしてここに。って、西春さん。どうしたんです?」

「疲れが溜まって寝ちゃったみたいです。誰か人を呼んできてもらえませんか」

 男性スタッフはすぐに五人を連れてきた。そのうちの二人は百合岡さんと守田さんだった。

 合計で五人も揃ったので、西春ユイを移動させるのは簡単だった。どこかから別にイベント用のベンチも運ばれてきて、その上に彼女を寝かせた。

 慌ただしくスタッフ達がテントの中を行き来する。イベントはまだ続いているのだ。主に資材や物品の手配、運搬を担当していた一人だったと思うが、彼が百合岡さん達と会話している。

「しかし、このぶんだとステージと交流会は中止になりますか」

「シカタないでしょうね。エンジャの方が出られないのでアレば。タイチョウ不良というリユウでしたら納得してモラえるかと」

「イベントのほうはそれで済みます。あとは、あの件と関連づけて報道されないといいのですが。ずいぶんとしつこい記者がまだ残っているみたいだし」

 三人のもとに近づき、私は話しかけた。

「お久しぶりです」

 突然で三人とも戸惑いを隠せない様子だった。しかし、見知った間柄にはちがいなく、こちらに挨拶を返してくる。

 彼らは目を細めたり眉間にしわを寄せたりしながら私をながめた。なぜトラブルで忙しい今このタイミングでしゃべりかけてきたんだと疑問に感じているようだった。当然の反応だ。

 私には考えていることがあった。

「この後のステージ、私が代役で出ましょうか?」

 三人は唖然とした。

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