第一〇話 わたしのいちばん大切なこと
百合岡さんの返事は相当にあいまいだった。
「たしかに前はお願いしました。でも、あなた……その……気持ちはうれしいですけど……どうなのか」
イベント協賛金の話題を避けようとしているのだ。だから、こんな話し方になっているのだろう。
はっきりと私は言い切った。
「あれは完全に私の失敗です。あのときはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
まっすぐに百合岡さんの顔を見つめる。
「ですがもう一度、もう一度だけやらせてもらえませんか」
守田さんがしゃべった。
「モシあなたが西春サンをカワイソウにオモって代わりをツトめるつもりでいるナラ、そんな必要はアリません。アナタの気遣いはトテモありガタいですが、コレはイベント運営ト西春さんとのモンダイなのです」
「いいえ。西春さんはちょっと気の毒に思いますけど、別に同情から代役をするんじゃありません」
資材担当のスタッフも言葉を付け足した。
「罪悪感からだったら、それも間違いだよ。あのトラブルの責任は、記者を抑えきれなかった運営にある。負い目を感じるべきは、見屋さんでなく私達でないと」
「悔しい気持ちはずっとあります。失敗を取り返してすっきりしたいのも事実です――でも、誰かに対してじゃありません。私自身のためなんです。今日ここに来るつもりは元々なくて、ほんの偶然のきっかけでした。それに、ちょうど西春さんが出られなくなった。すごいタイミングです。ポジティブに考えたら、彼女には悪いですけど、めったにない機会だという気がします。だからこそ、過去の失敗から逃げずに向き合おうと思うんです。自分のわがままなのはわかっています。でも、どうかお願いします」
守田さんは困ったようなあきれたような顔つきをした。
「ソコまでオッシャるのであれば……」
百合岡さんが話した。
「あなたの想いはよく伝わりました。だったら、お願いしてもいいかもしれません。代役にこれ以上の人はいませんし。私だって週刊誌に色々と書かれて悔しいんですよ」
彼女の口調が強まる。実際にそうなのだが、なんだか議会で相手を追及する政治家らしく感じられた。
「ただし、一つ約束してください。もし協賛金のことを質問されても、ただ一言『知りません』とだけ答えるように。あとは私達がフォローしますから。できますか?」
私は即答した。
「できます」
私達が話しているところに別のスタッフがやって来た。イベント準備や片付けの手伝い、スタッフと屋台店主との連絡係、行列整理や交通誘導まで何でもしている人だ。要するに雑用だった。
「ステージはお客さんに中止の案内をしましたが、その後のイベントはどうします? 同じく中止でいいでしょうか」
資材担当のスタッフが答える。
「少し待って。今相談しているところだから」
彼は私達のほうに視線を戻した。
「しかし見屋さんに代わりに出てもらうとなると、衣裳のほうが問題だな」
守田さんが返答した。
「サイズは直してなかったハズです。そのママ着ていただくことにはナッテしまいますガ……」
自分と年の近い同性で、毎日着ているわけでもなければインナーでもない。気にするほどでもなく、仮に嫌がろうとどうにもならなかった。
あと一つ自分には必要なものがあった。そこで質問する。
「ドミノマスクはあります? 目元を隠すやつです」
守田さんがベンチで休む西春ユイのほうに目をやった。
「西春サンには、見屋さんとオナじイショウ一式を渡しています。チャクヨウはされていませんガ、お持ちにナっているハズです」
なければそれでも――と思っていたが、女性スタッフとともにテント内を探したらすぐ見つかった。西春ユイが手荷物を置いていたテーブル、そこにハンドバッグや昼食などと一緒にまとめてあった。
女性スタッフ二人と自分とで西春ユイを着替えさせる。そのときも彼女は眠ったままだった。
衣裳を身にまとい、手持ちのものでメイクを整えた。さすがに変身コンパクトは使っていないが。女性スタッフが声をかけてきた。
「いけますか?」
返事をしてイスから立ち上がる。イベントの開催スポットは既によく知っていた。以前に私がしたところと同じだった。
そこへと向かう途中、西春ユイの言葉を思い返していた。『プラチナドリーミングス』は遊びにすぎない。そんなことを彼女は言った。ゲームにしろグッズにしろライブにしろ、お金を払って楽しむものにちがいなかった。まぎれもない事実だ。
だとしたら、自分が保育園のときからゲームで遊び、アニメを観て、映画やライブにも行って――『プラチナドリーミングス』に費やした途方もないあの時間は、ただ楽しい以外に何も残さなかったのか。彼女の話す通り、楽しむことがメインであったら、頑張りの価値は大きく劣るのだろうか。
違う。『プラチナドリーミングス』だけでなく数々の女の子向けの作品を見てきた自分は、確信している。だって今、何の後悔もしていない。途方もない時間が無意味だったとも思わない。
あの頃の自分は純粋に信じていた。『プラチナドリーミングス』のキャラクター達の言動、彼女達を取り巻く世界、登場するコーデや料理まで。キャラクターが実在しないことはわかっていた。けれども、当時は未知にも等しい中高生となった自分の姿をおぼろげながらイメージしたとき、そこにはやはり作品の影響が顕著に表れていた。
中高生の時期を過ごし終え、大学生となった自分は知っている。実際にキャラクター達の振る舞いをそのまま実行することは難しい。アイドルかそうでないかという立場に関わらずだ。現実もストーリーの通りには行かない。正当な努力が報われないことは山ほどあるし、誰もが思いやりを持って優しく接してくれるわけでもない。想像もできないほどあくどい人間が成功していたり、一方で何事にも懸命に取り組んできた実直な人が果てしない苦悩にさいなまれていたりもする。
『プラチナドリーミングス』は単なる夢物語でしかなかったのか。眠れない夜、退屈しのぎに語られては朝に忘れ去られるような。そして私は、はかないロマンスの雰囲気に憧れる、恋のコの字も幼い女の子だったのだろうか。
絶対に違う。作品の雰囲気に憧れる女の子だったのは真実なのかもしれないけれど、その他のことは確実に違う。根拠は私の心にある。
今現在、私がここにいるのは。イベントで代役を務めようとしている理由は――あの頃の自分が未来を信じていたからだ。苦労の積み重ねが正しく報われ、互いに助け合い、楽しくて優しくて希望に満ちあふれた世界。それを信じ日々を生きてきた結果にほかならない。
カラオケが好きで歌手になる人がいる。おいしいスイーツに感動してパティシエールになった人がいる。ファッションを娯楽とするかは判断の分かれるところだが、クヴェレさんだって自分に似合うアイテムを追い求めた末にデザイナーになった。
『プラチナドリーミングス』の世界に憧れ信じて今がある。楽しい夢を見てきたから未来へも進んでこれた。当時思ったのとはだいぶ変わってしまったが。それでも、私は私だ。
イベントの開催スポットに到着した。参加者は、アイドルファンらしかった二人を除けば、偶然に居合わせた家族連れや地元のお年寄りだった。
例外は一人の男性記者だ。はっきりと細部までは覚えていないが、前回もイベントに来ていた気はした。
私の左側には守田さん、右には百合岡さんが立っている。自分の位置からは直接に見えないが、二人ともにらみつけるような視線だった。余計な質問をさせないとの圧がこちらにも伝わってきていた。
記者がたずねた。
「今日は目元を隠しているんですね。最初のときの方ですか?」
二人いるのはバレているようだ。身長差や髪型、声の特徴や話し方でわかるか。対面だったらなおさらのこと。
正直に答える。
「そうです。覚えていてくれたんですねー」
こんな皮肉が、自分でもよく出たものだと感心する。
相手の顔をちらりと見た。特に気にしている様子はない。こちらに目を向けてはいるが、視線が私と合ってない。興味があるのはイベント協賛金のことだけなのだろう。
「それでお聞きしますけど。衣裳は議員事務所へと送付されていたそうですね。こちらの調べで、事務所がイベントに金銭的な関与をしていたことはわかっています。協賛金という名目で、地元企業からつのっていたと。知りたいのは、その企業の名前です。ご存知ありませんか?」
守田さんと百合岡さんとが私の前に進み出た。二人がほとんど同時に言い返した。
「ナンドも申しアげている通り、そのようなシツモンにはおコタえできません。来場者のミナサマのごメイワクとなりますのでごタイジョウください」
「協賛金は一〇〇パーセント企業経営者の方の善意によるものです。法的、倫理的になんら問題あるものではございません。本会場は記者会見でなく市民とのふれあいの場です。イベント運営の妨害ですので退場いただきます」
男性スタッフ二人がやって来て、記者の腕をそれぞれつかんだ。握手会の剝がしみたいな光景だが、二人がかりとはよほどの人気アイドルでも珍しいだろう。
記者が捨て台詞のように叫ぶ。
「問題がないなら事実を公表したらいいのではありませんか。県民の方に対して不誠実ですよ‼」
私は大きく深呼吸をした。
「協賛金という言葉を聞いたことはありません。ですが、この衣裳の代金支払いはイベント協賛企業が引き受けてくれたと説明を受けました」
百合岡さんもスタッフ達も呆然とする。記者でさえ、唐突すぎて話を理解できていないようだった。
「衣裳はあるブランドにオーダーメイドで制作してもらいました。完成後に運営団体が受け取り、そこからさらに事務所へと送られてきました。なぜかというと、代金を払ってくれた企業に一刻も早く衣裳を見せてお礼を伝えるためだと。詳しくは知りませんが、モデルの自分と協賛企業、運営団体との連絡を個々でするよりも、百合岡さんの事務所が一手にしたほうが早いとの理由でした」
守田さんがさえぎるように私の正面に立った。百合岡さんのほうは、強い口調で私を叱った。
「ちょっと見屋さん! これ以上はやめなさい‼」
しかし、私はしゃべり続けた。
「事務所から連絡を受けて出向くと、そこに衣裳が用意してありました。それを試着して協賛企業を訪問すると告げられ、百合岡さん達と一緒にその通りにしました。何日だったかは忘れましたが、夜の七時過ぎです」
うれしそうに記者が問いかける。
「それで、その訪問した協賛企業というのは?」
回答には何の迷いもためらいもなかった。
「株式会社ケー・ティー設計という建築設計会社です。市内の北側、住所は知りませんが調べれば出てくるはずです。そこの社長と百合岡さんとは、以前から知り合いだった様子でした。私が知っていることはこれで全部です」
記者はにやりと笑っている。守田さんは気まずそうな表情を、百合岡さんは右手で目元を覆っていた。スタッフ二人は、記者の腕をつかんだままでその場に立ち尽くしている。
隠そうとごかまそうとするから、無理が生じて大変になるのだ。別に自分は何も悪いことなどしていないはずで。素直に堂々と話したほうが気持ちもすっきりする。
もしも女の子向けのアニメだったら、自分は大人達を困らせる悪いキャラクターだろうか。
けれども、こういう考え方もできる。噓をつき相手を騙すのはよくないことだ。大人の言いなりになって自分の本心を抑え込むのも褒められたことではない。だとすれば、私は自分の好きに正直に生きられている。
とても愉快だ。こんなにも愉快なことは、人生一八年間でもそうあるものではなかった。
三ヶ月近くお付き合いいただいた本作も、いったんこれで第一部完結となります。
いかがだったでしょうか? 楽しんでいただけたら幸いです。評価、感想などもいただけると励みになります!
第二部は6/3(水)から連載開始予定です。まだまだ好きな(女児向け)作品はたくさんありますから。
よろしければ、またそちらでお会いしましょうね〜‼
この次も、あなたの心に、楽しさきらめくお話でありますように〜♪☆彡.:*・゜




