第八話 続々・思いがけないイベント参加
土曜日はゆっくりと昼前近くに起きる。
小学校に入学してすぐの頃、年齢もあっただろうが朝八時には必ず目覚めて、一〇時から放送のアニメを観ていた。その作品はシーズン半ばで放送時間が平日夕方に変更、以降も色々な作品を視聴してきたが、現在は何のアニメもやっていない。今でも日曜はちゃんと早くに起床できていることを考えると、単に遅起きが年のせいだけではない気がする。
昼食は、昨晩の残りのご飯に冷凍ギョウザをフライパンで焼いて済ませた。
午後からは適当な動画でも流しながら大学のレポートをやるか。がっつり画面を観てしまうと肝心のレポートが進まないから、音声メインのものがいいな。そう思ってスマホで動画を探しているときだった。
いきなりキャメルンが叫んだ。
「出たキャル! キライーヤキャル‼」
こんなときに。コンパクトを取り出して変身を。口の中の感覚にはっと気づいた。しつこく残っていて鼻を刺激するような。
「これ、プリンセスタに変身したら消える?」
昼食の冷凍ギョウザだ。パッケージには「本格派中華」と書かれており、ニンニクもニラもしっかり入っていた。外出のつもりがなかったから食べたのに。
不満を述べていてもしかたないし、プリンセスタに変身する。口の中の感覚はなくなっていた。消えたのだろうか。とりあえず、手近にあったミントの粒を口に含んで噛みつぶしておいた。
部屋の窓を開き、そこから出る。屋根や電柱の上を跳び、キャメルンの案内で現場へ向かう。
近づくにつれ予想はしていたが、またここか――駅前広場。イベントで人が集まりやすいからだろうが。
ワニ人間が駅舎の階段を下りて数十歩のところに立っているのを発見した。周囲には線路内への侵入を防ぐフェンスぐらいで、こうとしか表現できない場所だった。
「少しは私の都合にも配慮してほしいんですけど。キライーヤが出るたびに駆けつける私の身にもなってもらえる?」
「お前の予定とか知らねえよお。気にしてほしいなら、スケジュール共有でもしておくんだな」
減らず口を。彼と言い合うのはむだか。
広場のキライーヤのほうを見た。並んだ屋台を壊している。このイベントはいったい何回の災難に見舞われるのだろう。しかも、人間にとってはまったく未知の。
相手の身体にパンチをする。小さくうめいて彼は地面に膝を突いた。立ち上がる前に私がパンチを浴びせようと接近。だが、攻撃の前に向こうが右手で張り手をしてきた。
とっさに両腕と背中を曲げて受け身を取った。数メートル押し飛ばされたが、起立したままで倒れなかった。威力はそんなに高くない。
キライーヤが立って私のほうを見つめる。狙いを定められないように連続でジャンプしながら、あちらとの距離を縮めていく。
右側から彼のこぶしが。見切った。かわして、空中からミドルキックを当てる。相手の身体かなり奥深くにまで入った感触だった。
キライーヤはよろめき、腹部を左手で押さえている。悪くないんじゃないか。
相手の攻撃も防ぎきれている。わりと楽に勝てそうでもあるが、今のままならばという条件でだ。中盤から苦しくなり徐々に追い詰められるパターンは、これまでの戦いでも経験してきた。自分に言い聞かせる。油断は禁物だ。
彼がローキックを繰り出す。両腕をクロスさせて左側を向き受けた。今度は数十メートル後ろに押しやられ、止まれずに駅舎の壁に突っ込んだ。
威力が上がった、ようにも感じる。だが、駅舎の破壊が派手だっただけで、プリンセスタからすればまだ大したダメージではない。動きを見極めることもできるし。
相手の頭上よりも高く跳び上がって、空中からかかと落とし。右肩に命中した。キライーヤは後ずさりしながらも、虫を払うように左腕を振りかざす。それが私に当たり、地面へと叩きつけられた。
攻撃をされる前に起き上がる。体育でプールに入った後みたいな疲労が押し寄せてきた。だが、戦えないほどではない。
早めに決着をつけたほうがいい。キライーヤもダメージを負っているのは間違いなかった。攻撃したときの手応えでわかるのだ。長引いた末に互いが体力を消耗、共倒れというむなしい結果は避けなければならない。
ジャンプして相手の胸元に跳び蹴り。彼は後ろに大きく反ってそのまま転倒した。両手を地面に突いて身体を起こしている。すかさずにローキックで腕を払うと、キライーヤは再び倒れ込んだ。
これで決める。またジャンプし、お腹を目がけて跳び蹴りの一撃を与えた。キライーヤが衝撃でぴくりと動く。苦しまぎれのように両腕をばたつかせてきて、地面に降りた直後にはね飛ばされた。
勢いで崩れた屋台の残骸が舞い上がり、駅舎の壁を突き破った上で、一階にある惣菜屋の売り場に転がり込んだ。ショーケースや平台がひっくり返って、商品が店内のあちこちに散乱している。怪物出現の騒ぎで客は一人もなかったが、残っていた店員が驚いて外に走り出ていった。
この惣菜屋、広場とは逆側の駅出入り口に位置していたはずだ。ロータリーに面していて、おそらく自分が原因であろうひび割れたガラスを通してそちらが見える。騒ぎのせいか、休日の昼にしては人も車も多かった。
レジカウンターのほうに振り返る。何枚もの壁が壊れてむき出しになった折れた配管の向こう、隙間から駅前広場が小さくわかった。かなりの距離を飛ばされたようだ。
広場へと戻らなければ。立って歩きだす。だが、気づかないうちに斜め方向へと進んでいた。自分ではまっすぐのつもりだったが。手近な壁に右手を突いた。ふっと気を抜いたらよろめいて倒れてしまいそうだ。身体が思い通りに動かなかった。
なんとかキライーヤのもとにたどり着く。彼も相当なダメージを受けているようで、歩道に設けられた屋根にもたれかかっていた。相手がこちらに顔を向ける。
終盤に差しかかっている。痛感した。やがて迎えるその結末は――全力でキライーヤに近づいて体当たり。すぐにジャンプ。相手がばらばらと屋根を壊しながらふらつくのを高くからたしかめる。
目的は右腕。落ちるような飛び込むような形だが、キライーヤの手首のあたりをしっかりとつかめた。そのまま両手に力を込める。全身を持ち上げられ、相手は屋根を支える支柱を何本もへし折りつつ地面に激突。
私も着地する。と同時に歩道の屋根が一続きに崩れた。がれきの中から弱々しく聞こえてきた。
「モット……モット……ガンバッテ……ガンバラナケレバ……タダシイドリョク……ユイイツ……シンジラレル」
心の声が出てこれば、あと少しだ。右手でピースをする。
一帯に低く大きな叫びが響いた。ほこりが舞い、地面が揺れる。積み上がったがれきの中から、キライーヤが立ち上がった。
彼がこちらを見つめる。相手に表情はないけれど、感じ取ることができた。戦闘中に向けられる警戒や敵意の混ざった視線だ。
どういうことだろう。心の声はキライーヤが弱っている証拠のはずだった。戦えないほど体力を消耗しているんじゃないのか。だから、今まではステラ・ブリリアント・シャワーでフィニッシュだったのに。それがなぜ、まだ戦おうとしている。
キライーヤの身体のまわりに、オーラのようなものが見えた。黒に近い紫色で炎みたいに激しく燃え盛っている。オーラといえば、『プラチナドリーミングス』でトップアイドル達の持つ雰囲気が具現化したものだが、そうとは違って少年マンガっぽいやつだった。彼の周囲で砂ぼこりが巻き上がっている。まるで覚醒、パワーアップのときようだ。
相手がこぶしを構える。その瞬間、キャメルンの声が耳に入ってきた。
「まずいキャル‼ 当たったらおしまいキャルよ!」
向こうの攻撃速度は今までと変わらずで、視認することができた。左側にジャンプしてよける。キライーヤのこぶしは大地にめり込んだ。
歩道を形作るブロックが石ころのように細かく砕け、宙に浮かび上がる。歩道だけでなく車道のアスファルトにも亀裂が走って、その下の土ところどころが隆起したり陥没したりする。
激しい震動で、私は尻餅をついた。声の聞こえたほうに目をやる。キャメルンは空中だから直接に揺れの影響は受けないが、駅舎から屋根、ベンチ、屋台まであらゆるものが揺らぎ崩壊していく中で慌てている。
キライーヤのまわり二、三〇メートルほどの範囲は茶色い地面が露出し、ひび割れてでこぼこになっている。フェンスの倒れた先にまで及び、砂利の上でレールも破損してクリップやホッチキスの針のように散乱している。駅舎は半壊で、広場に面したエスカレーターと階段は崩れ落ち、切られた断面みたいだった。
なんて威力だ。愕然とした。
キャメルンが声をかける。場所がなくて隠れるのは諦めたようだ。
「一発でも受けたらヤバいキャル。プリンセスタの力があっても耐えきれないキャルよ」
彼に説明されるまでもなかった。キライーヤは前屈み気味にこちらへと歩いてくる。その足取りはおぼつかない。
確認しておきたいことがある。キャメルンに早口で質問した。
「あいつの星の力、今どうなってる?」
「どうって、すごい量キャル」
「身体の中も?」
「キャル⁉」
キャメルンは目を細めてキライーヤをながめる。
「驚きキャル。身体にはほとんど空っぽで残ってないキャル。立っているのも不思議なくらいキャル」
確実に相手も体力の限界を迎えている。彼に感情が備わっているのか不明だが、なおも気合いで動き続けているように思えた。
追い詰められることで攻撃力が上がるのか。にしても、どうする。
キライーヤと一直線に向かい合う。ダークパープルのオーラをまとい、こちらに相手はゆっくりと近づいてきていた。




