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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第四章 ふたつの涙

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第七話 すてきな出会い

 キライーヤを人目から遠ざける。見られて強くなる相手に対抗するためだ。

 どこにどうやって。周囲を確認してみる。先程自分が入り込んだような裏道なら。

 相手に接近してパンチを放つ。しかし、右脚で正面から蹴りつけられた。両腕で防ごうとしたが、左脇腹に痛みが走った。間に合わなかったのだ。

 そこを右手でなでる。身体を机か何かにぶつけてから数分経ったようなじわじわとした痛みで、少し我慢をすればこのまま戦えそうだった。

 中央から数えて二番目の走行車線にいたキライーヤは、一連の攻守で左端の車線に移動していた。歩道に近づいたのにはちがいないが。相手を裏道に誘導した頃には、自分の体力が尽きてしまう。

 次の手だ。張り手をかわしながら相手に近寄る。キックが飛んできた。あちらの間合いに入ったわけだが、想定していたことだった。攻撃を見切り、両手に力を込めて脚をぐっとつかんだ。

 二人の体格からすると難しいが。プリンセスタの力はそれこそキライーヤにも匹敵する。昔読んだマンガにもあった。「寸分の(さそり)も毒を(もっ)て五尺の牛馬を害す」だったか、小さなさそりも毒で大きな牛を倒すとの意味だ。元はラテン語の文だとどっかで解説されていたな。

 相手の身体が持ち上がる。身長よりも長い何かを抱きかかえているような感覚だ。片脚をつかんで全身まで宙に浮かぶのは奇妙な状況だが。星の力が想像も物理法則も超えたものにほかならないとは実感していた。

 居酒屋らしき建物のほうを向き、勢いをつけて両手を放した。いくら星の力といっても、ずっとキライーヤを持ち上げるのは困難な気がしていた。相手がばたつけば、自分もバランスを崩して倒れてしまいそうだった。

 彼は建物の真正面にぶつかった。本当はその左横の裏道へ落ちるように狙ったのだけれど――キライーヤが大きすぎるせいで目標が外れた。

 相手はすぐに立ち上がった。ずいぶんと派手な激突で建物は今にも倒壊寸前だったが、あちらにはわずかなダメージにしかならなかったらしい。

 けれども、これで彼も目標の地点にだいぶ近づいた。再び同じように相手を投げれば、と思ったときだ。

 目の前にキライーヤが。彼の回し蹴りをもろに受けた。

 車道を数百メートルにわたって飛ばされ、さらに転がった。起き上がることはできたが、バイトで特に忙しくて働き詰めだった日に夜遅くまでゲームをやり続けたみたいなふらつきをおぼえる。

 相手の動作がまったく見えなかった。満足にダメージを与えることもできず、自分が一方的にやられるだけ。圧倒的に不利だ。

 おまけに、キライーヤは中央分離帯の付近に行ってしまっている。せっかく投げ飛ばしたのに。

 この方法はだめだ。実現の見込みがない。達成する前に自分が負ける。

 なによりまず、キライーヤの力を弱めなければ。今、力比べでは相手に敵わない。

 まわりの視線を彼から別のところに。といっても、どこに向けさせるか。爆発でもあれば目立つけれど、自分で引き起こすのもな。

 自分のスマホは、自分の腰上ぐらいの高さをした茶色い箱の残骸に置いていた。雑な扱いだったが、戦いの後に元に戻ることを考えれば。

 配信ではキライーヤの全身が映っている。かなり遠くからの撮影だ。近くからでは相手の巨体を見上げる形になる。体験しているから確実だった。

 よく画面をながめる。アングルは自分が実物を目にしているのとほとんど変わらない。つまり、立ちながらスマホを構えているということだろう。

 ちょっと離れた歩道で見物している人々、あの中の誰かだ。けれども、スマホを取り出しキライーヤに向けているのは案外何十人もいた。SNSにアップするためか、友人や家族に知らせるためか、それとも超常現象を記録するためか。どれも戦いが終われば消えてしまうのに。

 考えていることがある。スマホをつかんで走り出した。キライーヤは、テナントビルの壁面看板を引っぺがし、窓ガラスに手を突っ込んで割っている。和室の障子か。彼を横目にして向かうのは――諦めたのではない。むやみに挑んでも自分が負けるだけ。

 車道に散らばったがれきをよけながら、相手とは真逆に進んでいく。見物人の集まっているところへ。歩道には街路樹が倒れ、見物人の行く手をさえぎっている。ちょうどコンビニとハンバーガーチェーン店の入った建物の前だ。

 車道のほうは、そのもっと奥まで車やら案内標識やらが放置されていて、人間が立ち入るのは困難だった。プリンセスタの自分はそこをウサギみたいに跳んでいき、横転した黒いミニバンの上に着地した。

 行列のように歩道の上に見物人達がずらりと並んでいる。私は叫んだ。

「正義つかさどる高潔の星、プリンセスタ・リブラ‼」

 プリンセスタになって飛躍する身体能力、そこには声も含まれているようだった。望みさえすれば、拡声器ほどにも大きく出せる。

 人々が注目する。ミニバンの側面に立つ自分は、彼らを見下ろすような形だ。

 ふと思い出す。『プラチナドリーミングス』第二シリーズ、初めのほうのエピソードだ。主人公達と出会った小さな女の子、彼女はアイドルが大好きだった。リビングを会場に、テレビに映った主人公達と一緒にスプーンを片手に歌って踊る。ちなみに、当時小学校の低学年だった自分も似たことを何回かやった。

 ミニバンはステージだ。右手にはスマホ。ただしマイクの代わりでなく、脇腹の下あたりの位置でこっそりと見るためだった。

 私はキライーヤをにらんだ。

「キライーヤ! もう我慢の限界よ‼ これ以上、あなたの好き放題にはさせない」

 ぱっと思いついた言葉だ。が、後からたしかめてみたら、これまで観てきた色々なアニメの台詞が少しずつ混ざっていた。

 スマホに目をやる。ピンクのドレスをまとった人物――自分が映っている。そうだ。これでいい。

 私自身を視線の対象にするのだ。歩道の見物人がこちらをながめている。何人かはスマホを向けていた。

 非常事態に直面していよいよおかしくなったコスプレ女とでも思われているかもしれない。正直、恥ずかしかった。同時に、目立つとはプレッシャーなのだとも感じる。

 脇腹下に隠し持っていたスマホの画面からは、配信のコメントを読むことができなかった。速すぎる上、この位置だと文字が小さすぎたのだ。幸運だった気がする。自分がどう思われているのかを突きつけられたら、それこそキライーヤにやられる前に卒倒しそうだった。

 左目の高さでピースをする。ステラ・ブリリアント・シャワーを放つ前のポーズだが、なんとなく自然に出てきた。何度も繰り返すうち、身体で覚えたのかもしれなかった。か、もしかすると星の力だ。

「夜空にきらめく星々の光! この街のため、みんなのため、全力で‼」

 自分でしていて思う――すごく演技をしている。見物人の中からざわめきが聞こえた。どんな心情かはわからないが、反応はあったようだ。

 ミニバンの上からキライーヤの方向へと大きくジャンプ。相手はビルを順番に破壊してまわっているところだった。

 彼の胸の近くにパンチを当てる。キライーヤはよろめき二歩、三歩ほど後ずさりして、仰向けに倒れ込んだ。完全に弱くなっている。先程までならば、こんなダメージを負わなかったはず。

 すかさずに相手の脚をつかみ、ぶん回して地面に叩きつける。舗装のアスファルトが砕けて砂ぼこりが舞い上がった。しばらくは目隠しとして役に立つだろう。

 ジャンプして、起き上がる前の彼に跳び蹴りをする。相手のみぞおちに命中した。

「オレノ……スタイル……ダレモチュウモクシナイ……ドウシテ……ドウシタラ……」

 ようやくだが心の声だ。右手でピースを作る。今度は本当に技を放つためだった。

 掛け声を発し、両手の指先でダイヤの形を。ベビーピンクの光でキライーヤは消え去った。

 変えられていたのは、それぞれオーバーサイズのコーチジャケットにカーゴパンツといったB系ファッションの男性だった。キャップとサングラスではっきりと顔は見えないが、たぶん二〇代か三〇代前半だと思う。

「オレは無名。誰も知らない。けど、楽にできたらつまらない。努力と成長、それが価値ある人生。オレの野望はまだ未完成。諦めはしない。ゴーイング・マイ・ウェイ!」

 身体を小刻みに揺らしてリズムを取りながら、男性はどんどん先へと歩いていった。

 破壊された街が元に戻り、自分の格好もプリンセスタのドレスから変わった。

 心配なことが一つある。あの配信もちゃんとリセットされただろうか。さすがにキライーヤが出現してからの撮影だとは想像しているが。もし仮に消えていなければ、またSNSに公開されてしまう。見物人の前で似合いもしないアピールをしてみせたけれど、あれは人々の記憶に残らないと想定してのことだった。ひとまず今は祈るしかない。

 ひさぎが待っている。セレクトショップに引き返そうとして気づいた。

 周辺の景観に見覚えがあった。ちょうど、自分のところから数店舗先にはSci-Fi Spiegelのビルが建っている。一階出入り口の上、メタリックグリーンのロゴ看板もしっかりと読み取れる。

 セレクトショップと方向は同じなのだし、ついでにショーウインドーでものぞいていこう。店先を通りかかったとき、偶然にも自動ドアが開いた。

 店内から出てきた人物を目にして驚いた。ネイビーのラメ入りリブニットに黒いロング丈のマーメイドへムスカートといった着こなしの女性だ。スカートと同色のウエストベルトのバックル、胸元では淡く虹色に見えるチタンカラーのメタルネックレスとが輝く。髪は暗めのブルーブラックのセミロング、毛先に行くほど青みが強くなる。それをゆるふわ巻きポニーテールでまとめている。

 公式サイトに掲載された顔写真を見て知っていた。Sci-Fi Spiegelの創設者(ファウンダー)、名前はたしかクヴェレだったか。

 彼女に続いてショップからもう一人が出てくる。付き添いらしい女性――私とも面識があった。イベント衣裳の打ち合わせをしたデザイナーだ。自分と目が合った。向こうも気づいて挨拶をした。

「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」

 クヴェレさんが彼女のほうに振り返る。

「こちらは?」

「イベント用のオーダーメイドドレスをお買い上げになったお得意様です」

 クヴェレさんもドレスのことをわかっていたようだった。こちらに近づいてくる。

「あのビスチェだね。ダークメタリックブルーの。よければ教えてほしい。ドレスの着心地はどんな具合だろうか」

 一瞬、あのドレスを身にまとった西春ユイの姿が思い浮かんだ。ほんの数秒だが返事をためらう。それから答えた。

「サイズ感はぴったりで……なによりデザインが素敵です。着ると気分が上がります」

 お世辞ではなく本心だった。クヴェレさんは両目を細めて、私をじっと見つめた。

「失礼かもしれないが、私のくせでね。つい観察して気づいてしまうんだ。質問のとき、三秒ほど言葉に詰まって視線を逸らしながら答えた。人によって返事に時間差はあるが、他の会話と比べてもそこだけが特に長い。瞳孔も大きくなっていた。何かわだかまりのある場合に特徴的な傾向だ。断言はできないけれども、ドレスに関して心配事があるのではないかな」

 彼女の耳元で、たぶんプラチナのフープイヤリングがきらりと光る。淡々とした口調か率直な物言いのせいか、知的な印象を受けた。

「別に話してほしいわけじゃない。思ったことをしゃべっただけだ」

 さらにクヴェレさんは注意深く私をながめた。

「せっかくSci-Fi Spiegelを選んで着てくれる人に出会えたのだし、少しブランドの由来を説明させてもらいたいね」

 自分は黙っていることしかできなかった。彼女の視線はこちらに向けられたままになっている。

「プレス向けには、当時大学生だった私が留学先のカリフォルニアでカジュアル、クリエイティブな西海岸のスタイルに触れて立ち上げを決意した、と話している。噓ではないが、ファッションにはもっと以前から興味があってね。大学生になったばかりのことだった。休日どこか遊びに行こうとするとき、ちょっとおしゃれをしようと思っても、自分に似合う服がなかったんだ。持ってなかったという意味でなくて、ショップでもネットでも――どこを探しても見つからなかった。ガーリー系ではちんちくりんだし、フェミニンだとおばさんっぽくなる。モード系やマニッシュは地味さが強調されてぱっとしない。スタイルがいいわけでもないからね、セクシー系もちぐはぐで、無理している感じが痛々しかった。有名大学の化学部志望だった私は、高校まで勉強漬けの日々で土日もほとんど塾で過ごしていて、ヘアセットもメイクも知識と技術とが全然足りていなかったのだ。どんなにすごい服でも、それを着る人間の側がふさわしくなければ似合わない」

 クヴェレさんは語るのを止め、ほんのしばらくしてからたずねてきた。

「参考に、君が思うSci-Fi Spiegelの魅力を聞かせてくれないかい?」

 会話の流れがつかめずに戸惑う。だが、質問にはちゃんと答えた。

「未来的な、クールでスタイリッシュなところです。でも、普通のクール系とは違っていて。色々なファッションの中で独特な位置を確立していると思います。偉そうなこと言ってすみません」

 創設者にブランドのことを話すなんて傲慢にもほどがある。そう感じたが、クヴェレさんは気にしていないようだった。

「Sci-Fi Spiegelが君のような人に選ばれて誇らしいよ。ファッションは自由なものだから、ブランドに固定概念が根付かないように普段はしゃべらないでいるわけだが。おっと、話を戻そう。当時の大学新入生だった私は考えた。自分磨きの努力を重ねれば、いつかはこれら既存の洗練されたファッションも似合うようになるかもしれない。しかし、疑問があった。ファッションに興味を持っておしゃれになりたい女の子が、どうして待たされ我慢しなければならないのか。ファッションが自由であるならば、今現在の彼女達にだって楽しむ資格はあるはずだ。私のような初心者でも誰でも、妥協でなくちゃんと納得して着られるアイテムがほしい。そんな想いを抱いていた私に、留学先のカリフォルニアで出会った西海岸のファッションが衝撃を与えた。シリコンバレーはノームコアといって、無地のTシャツとデニム、スニーカーのような究極に簡素化されたコーデが重んぜられる。スニーカーやベルトのチョイスでささやかに個性を表現したり、同じアイテムを複数着まわして毎朝の服選びを省略したりもする。小物の活用と機能性の追求はSci-Fi Spiegelのコンセプトにも間違いなく影響した。その後は公式に言われている通りさ」

 クヴェレさんはデザイナーのほうに目をやった。意図を察してデザイナーが答えた。

「いつもの場所に車の用意ができました。新幹線の時刻はあと三五分後です」

 再びクヴェレさんは私を見た。

「長話を聞かせてすまないね。これからもSci-Fi Spiegelを好きでいてくれるとうれしいよ」

 彼女はデザイナーと一緒に脇道のほうに歩きだした。途中、クヴェレさんが振り返らずに無言で右手を上げる。思わず私は軽く頭を下げた。

 二人の背中を見送った。自分も急いで戻らなければ。ひさぎの待つセレクトショップへと走った。

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