第六話
午後、次はひさぎと同じ授業だった。開始の少し前、右隣に座った彼女が話しかけてきた。
「今度さ、夏服を見に行く予定なんだけどー。日香里も一緒に来てくれないかな」
私もこれからの季節に向けた服を新しく買いたいと思っていたところだった。了承してまもなく、授業が始まった。
来週の日曜、二人ともバイトが入っておらず、その日に行くことに決まった。
ひさぎはこちらの事情をちゃんと理解してくれていて、一一時半に大学の最寄り駅での待ち合わせだった。
電車で名古屋の中心部に移動する。お昼は移動先にあるお店で生パスタを食べた。
名古屋のファッション、ネットでは相変わらずか、個性がないとか独特すぎて理解不能とか酷評されている。たしかに渋谷や原宿には及ばないだろう。それでも、名古屋の中心部に位置する栄には、丸一日かけてもまわりきれない数のブランドショップ、セレクトショップがある。まぎれもなく、この地方では一番おしゃれな街だった。ちなみに、栄から三〇分ほど歩くとホビーショップやらゲームセンターやら建ち並ぶ大須にたどり着く。高校生のとき年に数回、友達と遊びに行った。地元の店に置いてないグッズやマンガ、景品まで盛りだくさんでお世話になったんだよね――。
話は逸れたが、私とひさぎとでショップをめぐった。前々から二人でやりたいとしゃべっていたことだ。予想よりも実際はもっと楽しかった。
店舗の並ぶ大通り、横断歩道の前で信号が変わるのを待っていると、ひさぎが話してきた。
「ちょっとは気分転換になってる? イベントの後、日香里ずっと落ち込んでいるみたいだったから……」
彼女はイベントでの出来事も私から聞いて知っていた。ひさぎの前では普段のように振る舞っているつもりだったが。ここ最近、あのときのことをふと考えているのは事実だ。
「まあね。もう大丈夫。ありがとう」
今はただ純粋に、親友の心遣いがうれしい。信号が青になって、私達は歩きだした。
とあるセレクトショップで夏用のトップスをながめているときだった。ひさぎはコーラルピンクのサマーリブニットとブラックのショートパンツのセットアップを試着するため、フィッティングルームに入っていた。
店の外で何かが爆発したような轟音が響いた。通りに面したショーウインドーがぴりぴりと振動している。
ひさぎがカーテンの間から顔だけをのぞかせた。
「どうした? すごい音が聞こえたけど」
「さあ。外で何かあったみたい」
そうは答えたが、なんとなく思い当たるものがあった。店員や他の客も様子を見ようと出入り口のあたりに集まりはじめている。
ひさぎが着替え終わるまで待ってから、自分達も出入り口のほうに歩いた。店先では、通行人達が立ち止まって通りの先をながめている。
だよね。彼らの目線の方向には黒い影のような巨人が。キライーヤだった。
「ごめん。ちょっと見てくる」
相手の返事を聞く前に店を走って出た。通りには、キライーヤを見つめる人々がたくさんゲームのNPCのように立っている。
現場近くの路地裏で変身した。いつもなら数人の姿があるが、ちょうど避難や様子見のために誰もいなくなっていた。
ワニ人間は大通りの歩道、自転車置き場の付近にぽつんといた。彼もNPCなのか。キライーヤに近いので周囲に人はいない。
「プリンセスタ。今日は日中だし万全だぜえ」
こちらの都合も考えてほしいんだが。直近の気分だと、自分がキライーヤになりそうなぐらいだったぞ。
ワニ人間が大声で叫ぶ。
「この調子でプリンセスタをやっつけるんだ!」
キライーヤが大通りの車道をゆっくり進む。片側三車線なので、塞がれているのは一方向だけだ。
今回はどんな相手なのだろうか。まずは真正面からパンチ。無効ではなさそうだが、ほとんどダメージを受けていないらしかった。
キライーヤが右腕を振り上げる。私は胸の前で腕をクロスして相手のこぶしを防いだ。
彼は手近な標識や信号、車両を殴ったり踏み潰したりして壊していく。前回のやつとは異なって破壊に熱心なわけでないようだ。
といっても、このまま放置はできない。次はハイキックを繰り出す。相手との身長差で、膝上ぐらいに当たった。効いてはいる、気がする。ところが全然、キライーヤにはその素振りがない。
彼の反撃をガード。パターンは先程と同じだが、少し後ずさりした。威力が増しているのだろうか。
相手よりも高く跳び、左肩にかかと落としを浴びせる。瞬間、彼の手で払いのけられ、全身が道路に激突した。
自分が立ち上がったところを、キライーヤに殴り飛ばされた。速すぎて見切れない。勢いで歩道のフェンスを突き破り、ドラッグストアの店内にまで転がり込んだ。
ひっくり返った陳列棚をどけて、店舗の外に出る。相手がこちらに向かってきている。
彼が自身の目の前に設置してあった茶色い箱を蹴飛ばすと、火花と白煙がばちばちと上がった。後で調べて知ったことだが、この箱は地中化された電柱と電線だそうだ。
気のせいか。徐々に敵の攻撃力も速さも上がってきているような。強化のきっかけは何なのだろう。見当がつかない。
再びパンチ。キライーヤは攻撃を受けながらも、私の身体へとカウンターパンチを放ってきた。直撃だった。自分は大きくよろめき、壊れかけのフェンスにもたれかかった。
明らかに威力が高まってきている。バトル物みたい戦闘の中で強くなるやつか――こちらの動きを学習しているのではなさそうだ。時間の経過とともに能力が上昇していくとか。ダメージの蓄積は期待できない。だとすると、早いうちに一撃で決めなければ。自分がやられてしまう。
もし既に相手の能力が私の及ばないレベルに達しているとしたら、勝ち目はない。最悪の展開が頭の中をよぎる。
そのとき、腰のあたりから音が鳴り響いた。一定リズムの振動も感じる。どちらにもなじみがあった。自分のスマホの着信音だ。
プリンセスタに変身している最中、スマホやら他の携帯品やらはどこかに消えてしまう。そこから元の姿に戻るまで、存在を意識したことはない。異次元にでもしまわれているのかもしれなかった。
それが今になって、腰らへんに出現した。スマホの固くて無機質な感覚もしっかりある。どこにどう収まっているかは自分でもわからない。振動のするところに手を当てる。
スマホの実物がお腹の正面あたりに立ち現れてきた。キャメルンのようにふわふわ宙に浮かんでいる。星の力か。物理的にどんな法則でなのかは知るはずもなかった。たぶん学者でも解明できないだろう。
手に取って画面を見る。着信音の種類で気づいていたが、通話アプリでの着信だった。発信者は自分のアカウントだ。
悪質ないたずら――でなく、自宅に置いてあるタブレット端末からだった。相手の想像はできている。
キライーヤは中央の分離帯をまたぎ、反対車線に侵入しようとしていた。私は通話のボタンを押した。
「何⁉ 今、手が離せないから後にして」
自分を除いてあのタブレットを使っているのは。一人というか一匹しかいなかった。
「キライーヤキャル! 大変キャルよ」
「知ってるって。今それと戦っているところだから。もう切るよ」
キャメルンの声が大きくなった。
「待つキャル。見られているキャル‼」
唐突なことで、意味がわからなくてたずね返す。
「見られてる? 何が?」
「ライブ配信キャル。誰かがキライーヤを配信してるキャル!」
キライーヤのほうを見る。反対車線を突っ切って、歩道のフェンスを殴り壊していた。
ここから数百メートル離れた先の歩道では、何十人もの通行人がながめていた。プリンセスタの視力でもなんとか人影を判別できる程度で、誰が配信しているかまではたしかめられそうもない。
キャメルンが話を続ける。
「伝えたいのはここからキャル。あのキライーヤ、見ている人達からの星の力が流れ込んでいるキャル」
「以前のキライーヤみたいに吸収しているってこと?」
「人間の視線を星の力に変えているキャル」
「見られるほど強くなるってこと?」
スマホの先でキャメルンが同意した。しかも星の力は、気持ちみたいに画面を通じてでもキライーヤに伝わるそうだ。配信など相当にまずい。
壊れたフェンスをキライーヤが右手で持って掲げた。アピールなのか。何がしたいのか不明だ。
通話の後、キャメルンにライブ配信のURLを送るように話しておいた。複数だったらどうしようと考えたが、LINEで送られてきたのはさすがに一件だけだった。配信しようと思い立っても、アプリやらアカウントやらの準備が必要で即座にはできないわけで。あれだけの見物人の中で、配信主がたった一人だったのも当然かもしれなかった。
キライーヤは手にしていたフェンスをブランドショップの店先へと投げ捨てた。そして、こちらを見た。
居酒屋らしい建物の左横、さっと裏道へ逃げるように入った。相手の歩く速度からすれば、多少の時間稼ぎにはなるだろう。URLをタップして開く。
ちょうど映されているのは、信号柱がキライーヤの身体と接触して倒れていくところだった。同時接続、つまり視聴者は二五〇人ほどと表示されている。休日の真っ昼間だし順当か。歩道からの見物人と合計すると約三〇〇人になりそうだ。
大通りに戻る。車に建物、フェンスや信号といった設備、道路の舗装などの残骸がところどころに散らばっている。これ以上、キライーヤに好き勝手に暴れさせてはいけない。だが、三〇〇人による視線で強化された相手に、今のままで勝つのは厳しかった。
キライーヤは一番左側の車線に駐車していた運送会社のトラックを段ボールでも抱えるみたいに持ち上げている。そして反対車線へと投げ飛ばした。
目の前でも画面上でもだ。どうすればいいか。右手に持ったスマホと実際の相手とを交互に見比べた。




