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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第四章 ふたつの涙

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第四話

 授業中、百合岡さんから着信があったが出られなかった。そしてLINEのほうにも返信が来ていた。

 イベントは当初の日程通りに開催される。追記で、電話で伝えようとした内容も同じだから折り返しは不要、とも書かれていた。

 要点だけを淡々と述べた、きわめて事務的な文面だった。忙しすぎて私の相手をしている場合ではないだろうし、もしかしたら守田さんが代理で文字を打ち送ってきたのかもしれなかった。

 SNSで百合岡さんは協賛金の話題について無視を決め込んでいた。雑誌に掲載されたのは疑惑であって、厳密には真実かどうかまだ明らかでない。なので、変に言い訳や反論をして不信を強めるよりは、堂々とまるで気にしていない態度でいるほうを選んだようだった。もし記事が噓なのだとしたら、いちいち反応するのもおかしいし。

 ちなみに、一緒に名指しされていた元国務大臣の国会議員も、この件にはいっさい言及していなかった。百合岡さんと同じ理由からか。この程度、もっと過去に色々と批判を浴びてきた彼女にとっては、どうでもいいことなのかもしれなかったが。

 といっても、私には不安だった。

 イベント当日、朝から曇りで、太陽は分厚い雲に覆われて見えなかった。雨雲の流れ次第では昼過ぎ頃に多少の雨が降るとの予報が出ていた。会場は屋外だが、警報レベルの土砂降りでない限りはイベント実施で、中止とはならない。

 百合岡さんの事務所で着替え、守田さんの運転する車でいつもの駅前広場に向かう。記事のことはまったく誰も話題にしなかった。さすがに自分から話すこともできず。

 会場に到着したとき、既に普段と様子が異なっているのを感じた。私達はステージや屋台の準備を手伝うためにイベント開催の一時間前に来ている。運営や出店のスタッフ以外で、そんなに早くから訪れる人はいない。ところが、もう男女六人がそれぞれ、広場内をぶらついたり街路樹を取り囲む円形の木製ベンチに腰掛けたりしている。年齢も二、三〇代っぽい人達からおじさんまで幅広い。あからさまにマイクやらカメラやらを手にしていたのではなかったが、私にも直感でわかった。雑誌の記者だ。

 ここではじめて、百合岡さんは記事に関連してしゃべった。

「何か質問されても『知りません』とだけ答えてください。私達でフォローしますから」

 さっそく三人の記者が向かってきていた。守田さんが私達の先頭に歩み出た。真っ先に近づいてきたのは、三〇代前後の青年だった。

「百合岡さんですよね。私、参文社の者ですがイベント協賛企業との関係について――」

 守田さんがさえぎるように発言した。

「モウし訳ありませんが、おコタえできることは何もありマセん」

 もう一人、眼鏡をかけた女性記者がたずねてきた。

「記事の内容は事実なんですか?」

 百合岡さんが返事をする。

「そのようなことはいっさいございません。何かの間違いでしょう」

 少し遅れて来た三人目のおじさんが話しかける。

「県民への説明責任があるのでは? どうなんです」

 この人は本当に県民なのか。心の中で思った。県民でなければ責任などを問うのは筋違いな気がする。

 守田さんが三人を押しのけるように歩み出た。

「ケンミンの方へは正式なバでセツメイいたします。この後スグヨテイがありますので失礼します」

 守田さんの先導で三人の記者達を振り切って、特設ステージの裏まで移動した。三人ともいったんは諦めたようだった。けれども、スマホを触ったり準備中の屋台を見てまわったり、広場を立ち去るつもりはないらしい。

 ステージの裏で、マイクの配線をつないでいたスタッフが声をかけてきた。

「自分もたずねられました。ずっとあんな調子なんですよ。何かお金の話をされていないか、聞いたことはないかって」

 すかさず、百合岡さんと守田さんが謝罪を述べた。逆に相手は驚いて恐縮する。

「すみません。そんなつもりでは……悪いのはあの人達なんですから」

 横で聞いていた私でさえも、理不尽な話だと感じた。だが、現実はこうなのかもしれない。ファンのマナーが悪ければアイドルの評判も下がる。『プラチナドリーミングス』の中でも、ほんの少しだけ言及されていた。ファン達の振る舞いに応じて作品に対するイメージが変化するのは、自分もよく知っているところだ。

 百合岡さん達も、同じ世界を生きている。

 イベント自体はいつも通りだった。親子連れが遊びに来ていたり、近所の人が散歩のついでに寄ったりしている。相変わらず記者の姿も見かけるが、来場者へ質問はさすがにしていない。自分も前回参加しただけで、詳しく比較できるほどでもなかったが。

 特設ステージでの出し物は昼一二時からだ。ちょうど、屋台でお昼を食べようとして人の集まる時間帯だった。

 舞台裏――といっても、単にステージの裏手にすぎなかった。学校の体育祭でテントの張られた来賓席やら放送部の席やらのイメージだ。

 白のドミノマスクを着用する。装飾のないシンプルなデザインだ。最初にイベントへの参加を頼まれたとき、一度私が断ると、顔を隠してはどうかと提案された。今となってはありがたい話だ。これで少なくとも自分が誰かはバレないだろう。要するに、プリンセスタの正体も知られないで済む。

 ステージに上がった。並んだ屋台の前で何か始まったと好奇の視線を向けている人はいるが、観客はほとんどいない。百合岡さんやイベント運営がSNS上で宣伝したようだけれど。元々が地方の小規模なイベントだし、私も有名人でないからな。

 私の声がマイクを通じて会場に響いた。

「今日は国長(くになが)駅前まつりに来てくださってありがとうございます。色んなお店が出ています! 国長市の名物もありますよー。楽しんでいってくださいね‼」

 バイトと同じ接客モードだ。この言葉は百合岡さん達が考えたものだった。

 ステージで挨拶した後はミーグリのようなことをした。ミーグリ――ミート・アンド・グリート、アイドルとファンが直接に会って話せる交流イベントである。広く知られている語だが、念のため。ただし、自分はアイドルでないので〝ような〟だ。

 当たり前だが、誰一人として私のことは知らなかった。SNSで一〇万回閲覧されたからといって、世間の大半に認知されたことにはならない。一〇万もすごい数字かもしれないが、SNSには同程度かそれ以上の投稿が何千件もあるのだ。それら全部を、誰だって、私だって目にしているはずはない。

 両親に連れられて来た五歳ぐらいの子が、正直にたずねてきた。お姉ちゃんは誰かと。

 彼女がまっすぐに私を見つめる。自分の姿がはっきりと映りそうなほど、鏡のように澄んだ瞳だった。

「私は――」

 プリンセスタとは答えられない。本名を名乗るのも違う。自分はどんな立場でここにいるのか。せめて、ステージのバックモニターであの動画を流すとかしてくれれば。よく音割れする型落ちの箱型スピーカーを使っているぐらいなので、モニターなど設置されているはずもなかったが。

 知名度だけでいったら、コスプレのほうがよかったかもしれない。そうだ、毎週日曜の朝に私が観ているアニメのキャラとか。相手の子も、年齢からして、たぶん存在は知っているだろう。顔つきはとにかく、髪型や服装は似せられるし、なにより決め台詞も話し方も私は完璧に覚えている。他のキャラのことや今週の話についてたずねられても、なりきって回答できる自信があった。

 余計なことに考えをめぐらしている間に、そばにいた運営スタッフが代わりに答えた。

「今、SNSで話題のインフルエンサーの方なんですよ。動画は一〇万回以上再生されています」

 女の子が感心して「へー」と返事をする。彼女がちゃんと説明を理解しているのかはわからなかったが、なんか恥ずかしかった。

 人はまばらだった。『プラチナドリーミングス』の初期、六話でヒロインがはじめてのサイン会を開いたエピソードを思い出す。ヒロインはある大事なことを忘れていて、せっかく来たファン達の列が途切れてしまったんだよね。

 屋台のほうから料理の音や来場者達の話し声が聞こえてくる。あちらが賑やかなのに比べて、ここは物寂しい。音割れスピーカーでも構わないから、何か音楽でもかければいいのに。動画サイトでよく耳にするフリー音源の著名な曲とか。ポップな曲調だし、インフルエンサーとして出演している私にもぴったりだろう。プリンセスタの正体は秘密だが、曲名も星の力を行使する戦士にふさわしい。

 私の前に青年が立った。記者だ。スタッフが警戒して百合岡さん達を呼びに走っていった。

「どうも。イベントの協賛金について質問です。今回イベントのギャラはいくらですか? 振込人の名義は誰でした?」

「知りません」

「知らないことはないでしょう。参加が決まったときに話をされていると思いますが。口止めも申し合わせ事項に入っているんですか?」

 記者の顔から視線を逸らす。

「……知りません」

「問題がなければ答えられるはずでは。何か隠したいことでもあるんですか?」

 彼の後ろをたしかめる。残念ながら誰も並んでいなかった。次に待っている人がいれば、後ろがつかえているからと会話を打ち切れたかもしれないのに。

「知りません。私は何も知らないんです」

「知っていることだけでいいので教えてもらえませんか。あなたのギャラも例の協賛金から支払われているんです? そう思われてもしかたのない状況ですよ」

 百合岡さん達を呼びに行ったスタッフはまだ帰ってこない。私は諦めた。

「お金はもらっていません。イベントへの出演はボランティアです」

「そうですか。では、質問を変えます。イベント出演にあたって『協賛』や『補助金』の話を聞いたことは? 会社名や使途など、漏れ聞いた記憶はありませんか?」

 株式会社ケー・ティー設計――私達の訪れた会社だ。今着ている衣裳の代金はここが負担してくれた。金額面の不安を払拭するため、百合岡さん達が噓を述べたとは考えられないか。いや、実際に会社を訪問までしたのだ。単に相手をごかますにしては、大がかりすぎる。

「知りません」

「それは何に対してです? 話についてですか? 会社名や使途について?」

 百合岡さん達がスタッフと一緒に急ぎ足でこちらへと向かってきていた。記者が得意げな口調で話す。

「知らないで通すなら構いませんけどね。こちらは百合岡県議の口利きで協賛金を支払った企業、その使途内訳ともにつかんでいるんですよ」

「知りません。私は聞いたことがありません」

「協賛金まわりの人物も記者間で共有されはじめています。遅かれ早かれ、事実は明らかになると思いますがね」

 思わず私はたずね返した。

「え?」

 百合岡さんと守田さんとが到着する。すぐに守田さんが代わって回答した。

「申し訳アリませんが、今おコタえできるコトは何もありません。このケンはゴジツ正式なバでセツメイいたします」

 気にせずに記者は言葉を続けた。

「そちらの方に質問しているんですが。県民の方々のためにもお答え願います」

 百合岡さんもしゃべる。

「市民のイベントの場です。私の至らぬ点が招いた事態であることは重々承知していますが、イベント運営を妨げたり来場者に迷惑をかけたりするのは控えてください」

 他の記者達も百合岡さんに気づいて次々に集まってくる。記者は私のほうを見つめた。

「この衣裳、オーダーメイドですよね。私物のようには見えません。代金の支払いはどこが?」

 同じ言葉を呪文のように繰り返す。

「知りません」

「知らずにイベント出演を? それは出演者としての責任から逃げているようにも感じますが。イベントに出演している以上、関係者の一員にちがいありませんよね。あなたの衣裳代を負担したのは誰なんです?」

 相手は自分から情報を聞き出そうとしているのだ。会社のことは決して話さないようにしなければ。

「衣裳は事務所に用意してあったものを着用しているだけです――支払いについてはよく知りません」

 記者の表情が一瞬だけ変わった。慌てて守田さんがしゃべった。

「イマのは、弊所が運営ダンタイから衣裳をアズかっていたというイミです。彼女のジタクと事務所がキョリテキにチカかったので都合がよく……それ以上のことはありマセん」

 記者達がざわめく。百合岡さんの顔は引きつっていた。

 何がおかしい。最初、私にはわからなかった。会社のことは一言も発していない。もちろん協賛金や衣裳代のことも。

 一人の女性記者が大きな声でたずねてきた。

「つまり、イベント運営には事務所も関与していたんですね」

 守田さんが反論する。

「イイエ。衣裳はウンエイ側でジュンビされました。弊所とはカカワリありません。運営ホカンのミツモリショやセイキュウショを確認いただければアキラカになるかとゾンじます」

 別の男性記者が問い詰めた。

「しかし衣裳は実際に事務所にあったんですね。預かるという形がよくわかりませんが、本来は主催側と出演者の間で取り決められるものでは? なぜ事務所が出てくるんです? これで無関係というのはちょっと変じゃありませんか」

 守田さんは黙り込んだ。

 ようやく私は理解した。協賛企業にしろ出演者にしろ、イベントを運営する地元団体とやり取りをするのが基本だ。支払先と入金先、発注元と受注元――どちらも二つで一対を成す。シンプルな構造だ。そこに、第三の存在として百合岡さんの事務所が加わる。衣裳の件では仲介役とでも呼ぶのがいいか。どんな形かは別として、言葉遊びでなくて客観的に、事務所はイベントに関係しているのではないか。

 雑誌の記事だと協賛金の額が目立つ構成だったが、こうも書いてあった。市民のためだったはずのイベントが、途中を中略、または県議による政治利用の場に変えられている、と。政務を目的にする事務所が介入していたら、イベントも政治色を帯びているとの印象を与えてしまう。

 事務所に衣裳が用意してあったとは、百合岡さん達が関与していたことをほのめかすものだ。元はファッションブランドと地元団体の二者間で成立するはずの取引だった。他の案件にも事務所が関わっているかも、とそこから推測されても不思議でない。

 やってしまった。私の発言がイベント関与を証明したのだ。

 話を終わらせるように、守田さんが強引に言い切った。

「ジョウホウを精査してゴジツハッピョウします」

 ぽつぽつと雨が降りはじめた。地面が黒くまだらになったかと思うと、すぐさま全体がムラなく濡れて濃く染まった。天気予報の通りだった。

 私達はステージ裏に避難した。六角形のテントを雨が強く打ちつけだす。スタッフからタオルを受け取って髪と衣裳を拭く。百合岡さん達は運営スタッフと話している。来場者は駅舎のひさしの下で雨宿りをしていた。

 予報でも空模様からしても晴れる見込みはなく、イベントは中止となった。

 車で事務所へと帰る。車内では三人とも無言だった。だからなのか、走行する車が路面の水を切るしゃっという音がしつこく耳に残った。

 事務所で着替えて衣裳をハンガーに吊す。イベントのときすぐに拭いたおかげで、シミは出来ていなかった。

 帰り際、百合岡さん達に失言のことを謝罪した。彼女からは疲れ果てたような力のない声が返ってきた。

「いいんです。気にしないでください……」

 付け加えるように守田さんがしゃべった。

「本日はおツカれサマでした」

 深く頭を下げて、足早に事務所を立ち去った。

 翌日も雨は止まなかった。もう梅雨の時期が近づいてきている。その到来を告げるかのようにずっと降り続いている。

 この日のイベントも中止だった。

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