第一話
助手席の百合岡さんがこちらに振り返った。
「見屋さん、車酔いとかは大丈夫ですか? 気分が悪かったらすぐに教えてくださいね」
白いミニバンの後部座席に私は座っている。公用車ではなく、移動や運搬のために事務所が所有する車なのだそうだ。慣れないので緊張しているが、気分は悪くなかった。
運転は守田さんだった。車は私の地元から名古屋に向かっていた。この地方では一番の都会だ。ネットだと巨大な田舎とか三大都市の面汚しとか散々にけなされているが。ちなみに、かつて『プラチナドリーミングス』が大人気だった頃には、そのオフィシャルストアが期間限定で全国各地に出店していた。ちゃんと名古屋でも開催されて、当時の私は母親に頼み一緒に電車で行った。たしか年を跨ぎ二回開催されたはずで、そのどちらも訪れている。入口のところにはキャラクター達のパネルが立っていて、店内では当時稼働中だったアーケードゲームの限定ライブが遊べた。このような記憶もあり、また近辺では間違いなく都会だったので、自分にとってネットで言われている感覚はあまりなかった。
車線が増え、道沿いに建つ店舗のサイズも大きくなってきた。やがて、飲食店や何かの販売店からビルへと建物の種類が変わっていく。中心部に近づいてきたのだ。歩道にもたくさんの人が見える。
目的地付近のコインパーキングに、守田さんは車を停めた。目的地はあるファッションブランドの支店――駐車場はないとのことだった。歩いて三分ほどのところに、そのブランドのビルがあった。一階出入り口の上、ブラックで縁取られたメタリックグリーンの文字で「Sci-Fi Spiegel」とのロゴ看板が設置されている。
興奮と緊張とで思わず身震いした。
このブランドは、サイバネティクスな未来をコンセプトにしたファッションアイテムを展開していた。簡潔に表現すればクールでスタイリッシュ。甘すぎず、かといって辛すぎるわけでもない。かわいらしいともかっこいいともセクシーとも違った、女の子の知的で落ち着いた魅力を引き出してくれると評判だった。
きっかけは、イベントに参加するときの格好について百合岡さん達に相談したことだった。プリンセスタへの変身は必要な場合に限られている。もし変身できても人々の記憶には残らないわけで。といっても、逆に記憶に残るのも困りもので、あのドレスを着て人前に出るのは恥ずかしかった。そして、百合岡さん達からは専用の衣裳を制作しようと提案された。
彼女達はプリンセスタのドレスに似たものを考えていた。コスプレだと思っていたら当然なのかもしれない。けれども、私の希望はもっと年相応の大人っぽいデザインの衣裳だ。百合岡さん達は戸惑っていたが、こちらの意見を聞き入れてくれた。
ならば、衣裳はどこで調達するのか。既製品を探して買うかオーダーメイドか。話の中で、参考に好きなブランドとして「Sci-Fi Spiegel」の名前を挙げた。百合岡さんは笑顔を見せ、自分も何着か持っているとしゃべった。それから、思いも寄らないことを彼女は言い出した。
「では、そこに頼んでみましょうか」
そのまま守田さんのほうを向きたずねる。
「オーダーメイドは、いくらぐらいになるかしら」
Sci-Fi Spiegelは、名古屋もだし、大阪、福岡など全国に直営店を構えるほどには有名だ。ひさぎはもちろんだが、ファッションに興味のない子でも名前を知っているレベルだった。そんなブランドに頼めるのか。芸能人とかならわかるけれど。
私の考えなど気づきもしないだろう、守田さんはいつもと変わらない口調で答えた。
「イッパンにはサンジュウ万ぐらいですが、有名ブランドでしタラ一〇〇万テイドはするでしょう」
一〇〇万円、あまり私には想像できない金額だった。百合岡さんがしゃべる。
「そのぐらいだったら、ケー・ティー設計さんに相談すればいけるわね。この後すぐにSci-Fi Spiegelとケー・ティー設計に連絡を」
守田さんは即答だった。
「ショウチしました」
彼女は再び私のほうに目をやった。
「お金の心配はしなくてもいいですよ。イベント協賛の会社が出してくださいますから――もちろん、法的な問題は何もありません。うちの事務所が払うのはだめですが」
もしかすると、県会議員とは私のイメージするよりもずっと社会的に偉いのだろうか。
どうも自分のその直感は正しいようだった。三日後、百合岡さんからはブランドと連絡が取れたとLINEが来た。お金の話は何もなかったが、たぶん順調にまとまったのだろう。
そういったわけで、私達は今日、Sci-Fi Spiegelのブランドショップを訪れている。デザイナーと打ち合わせをするのだ。衣裳のコンセプトや細部はオンラインでなく直接にやり取りしたいとのことだった。
店内は白を基調としていた。床も壁もこの色に統一されていたが、オフィスのように冷たくも病院のように空恐ろしくも感じない。オープンシェルフやハンガーラックは、雨筋のような細かな線を入れたダークシルバーの金属で作られていた。素材の色合いそのままで鈍い光沢を放っていたが、荒々しいことも下品な印象もなかった。アクアマリンやネイビー、ネオングリーン、シルバーグレーのアイテムがすっきりと陳列されている。マネキンに着せられた、深碧というのか濃い緑のミリタリージャケットが視界に入った。派手になりすぎない程度、全体にラメが薄く散らしてある。クールでスタイリッシュ。やっぱりおしゃれだよね。
バイト代が貯まったら、こういうショップをめぐりたいとひさぎと話していた。今まで自分はブランドショップに入った経験がなかったが、まさかこんな形ですることになるとは。
店の中をまっすぐに進み、バックヤードを通って店の奥、横長のデスクを並べた部屋に案内された。店内とは異なって、お仕事ドラマでよく見かけるようなありふれた会議室だ。
部屋では既にデザイナーの人が待っていた。彼女がイスから立ち上がり名乗る。いち早く、百合岡さんと守田さんが挨拶を返した。さすがに慣れたものだ。遅れて私もそうした。
Sci-Fi Spiegelを創設したデザイナーは顔写真まで、ちゃんと公式のものがネット上に公開されていた。グラデーションがかかった暗めのブルーブラックのセミロング、それをポニーテールでまとめている――どこか研究者の面影を感じさせる女性だった。
今、私達の目の前のデザイナーは創設者でなかった。大きなブランドであれば、デザイナーが複数人いて当たり前だ。ただ、私はずっと創設者と顔を合わせるのかと思っていて、やたら緊張していた。別に、創設者でないデザイナーだからといって緊張しないのではないが。
私達もデザイナーの人も着席した。タブレットを手に私達へと説明をする。
「最初に、いただいているオーダーイメージの確認です」
どんな衣裳にしたいかの希望は事前にたずねられて回答していた。
素人の私にデザイン画は描けない。文章だけでもいいとのことで、自分は何を望んでいるのか頭の中で考えた。
一〇代後半、この年齢にふさわしいのは絶対の条件だ。プリンセスタの実際のドレスが似合うのは、中学生ぐらいまでの子でないだろうか。
あとは、イベントのステージ上でも見劣りしないこと。たとえば、アイドルの衣裳だってフォーマルといえないが、しかし普段着とは明らかに違う。人前で披露するのだ、特別感がほしい。
追加でデザインの方向性も教えてほしいと頼まれていた。ウェディングドレスだったら、童話の中のお姫様をモチーフにとか、古いロマンス映画のラストで良家のお嬢様が着用する花嫁衣装みたいにクラシカルとか、規模が小さくても素朴でアットホームな式にぴったりのカントリー風とか。今回の私だったらざっくりとは魔法少女だが、子供っぽくなりすぎるのも、ハロウィン用の安いコスプレのようになるのも避けたかった。
保育園児や小学生の頃、様々に着飾った女の子の絵をよく描いていた。あの頃は、一週間もあれば自由帳をいっぱいにできるほどだった気がする。すらすらとアイデアが出てきて、しかも尽きることがなかった。完全なオリジナルだったり、『プラチナドリーミングス』のキャラクター達に自分がカードを持っていないコーデを着せたり、トップス、ボトムス、シューズの組み合わせを別のと入れ替えた変則コーデを作ったり。
参考になるかもしれないと、カードバインダーをぺらぺらとめくった。当時は集めきれなかったコーデもあったから、その後に『プラチナドリーミングス カードALLコレクション』も開いた。刊はシーズンごとに分かれているが、手元には全冊ある。親に買ってもらって、どうして飽きなかったのかが不思議なくらい、何百回と読み返した。ページの端はぼろぼろになり、ある箇所には茶色いシミ――きっと溶けたチョコだと思う、が付いていた。
いっそのこと、ここのコーデの中からお気に入りを選ぶか。いや、単なるコスプレになってしまうし、『プラチナドリーミングス』のキャラクターは中高生だったから年齢も異なる。彼女達ほどかわいく美人でもないしな。なによりもSci-Fi Spiegelのデザイナーにとんでもなく失礼だ。
悩んだ末、オーダーイメージは率直に〝成長して二〇歳に差しかかろうとしている魔法少女〟に決めた。他には何も思いつかなかった。少女というよりも魔女ではとの疑問はあったが、セクシーな雰囲気はSci-Fi Spiegelのイメージにそぐわない。さらにそこへブランドコンセプト、サイバネティクスな未来も加わるはずだ。
こんなふわっとしたものでいいのかと不安だったが、向こうからやり直しは要求されなかった。『プラチナドリーミングス』でも第三シーズン、キャラクター達がお世話になっているブランドデザイナーさんの話があったな。彼もドレス制作に苦労していた。なのに、新作のたびにそれを何回も繰り返し、対価を得ているのだからすごいことだ。改めて痛感する。
デザイナーの人がタブレットをこちらに示す。画面には衣裳のデザイン案が。
「全体的にダークメタリックブルーを基調にしました。トップスは、パネル切り替えで構成したビスチェになります。イメージとして提案いただいた魔法少女を意識し、首元はスイートハートネックを採用しました。ボトムスは、ボックスプリーツのミニスカート。陰ヒダはホワイトに仕上げメリハリを持たせています。派手すぎない程度にパールを少しずつ散らし、裾に向かって星空のようなグラデーションを。どちらもつや消しエナメルを使います。腕から肘上までスカイブルーのシアーメッシュアームカバー、手にはホワイトのフィンガーレスグローブを。ブラックのサイハイに、トップス、ボトムスと同一の素材、色を用いたミドル丈のフロントジップブーツを合わせました。ジッパーをホワイトにしてアクセントを加えています」
心から感動した。誇張ではない。考えた自分ですら雑だと思えるイメージだったのに、ここまでのデザインを仕上げられるんだ。華やかなブランドの中、裏方みたいに名前の出ないデザイナーでもきっちりプロなのだった。
「何かご意見、もっとこうしてほしいといった部分はありますか。遠慮なく教えてください」
デザイン案を感心しながらながめていて、ふと思った。なんとなく似ているな――『プラチナドリーミングス』第三弾で登場したスターリーナハトコーデだ。パクリとかではなくて系統が近い。小さい頃のお絵描きでは、自分の持っていないコーデを想像で補ったり、知っているものでもアレンジを加えたりしていた。懐かしい気分だ。
昔のように考えついた。デザイナーの前で素人が発言することに意味があるかはわからないが。
「スカートの裾ですけど、前後で少しずつ長さを変えてアシメにできませんか」
「フィッシュテールスカートのような? できますが、今のこの丈だと最近の流行からは外れますね」
「前後でなくても、左右の差とかはどうですか。なんならもう少し丈を伸ばしてもいいんです」
『プラチナドリーミングス』のヒロイン達は中学生だが、自分はもう大学生。スカートの丈は長めに、裾の長さに変化をつけて大人っぽく見せたいところだった。
デザイナーがタブレットを手元に寄せ、アプリを切り替えてタッチペンでメモを書き込む。
「そちらでのデザイン案も作っておきます。他には大丈夫ですか?」
「今たずねることなのかわかりませんが、この服に合わせるとしたら、どんなアクセサリーがいいでしょうか」
相手には意外な質問だったようで、ちょっと戸惑っていた。
「そうですね……既製品になりますが、弊ブランドのインパーソネーションシリーズかコンカレントログシリーズでしょうか」
『プラチナドリーミングス』のゲームでも、ボトムス、トップス、シューズの三種で構成されるコーデの上に、アクセサリーを追加できる。確実にその影響だった。どうせだし、すべてを完璧に決めたいよね。
デザイナーはタブレットでアクセサリーのカタログを開いて、こちらに示した。
「いくつかは当店にも在庫がございます。よろしければ、この後でご覧になっていきますか」
左隣に座っている百合岡さんのほうを私は見た。彼女は軽くうなずいた。
「時間は大丈夫ですよ」
打ち合わせはしばらく続いた。襟元やプリーツ幅、ヒールの高さなど、細かな部分を決定していく。百合岡さんと守田さんには部屋を出てもらい、全身の採寸もした。
それからは、店内売り場の何箇所かにディスプレイされたアクセサリーを販売スタッフとともに見てまわった。目の前のトルソーに着せられていたのは、メタリックホワイトにシルバーのペンシルストライプが入ったノースリーブブラウス、黒く縁取られたVネックラインがアクセントだ。その胸元で、ネックレスの中石である菱形にカットされた紺色の宝石が輝いていた。
スタッフの説明を聞く。
「こちら、インパーソネーションシリーズのネックレスとなります。ストーンは光源によって色が変わるアレキサンドライトを板爪で固定、その留め具とボックスチェーンには虹色に光るチタンカラーの素材を採用しています。インパーソネーションは〝自分でないもう一人の自分〟をテーマにしたアクセサリーシリーズ。ブランドコンセプトを生かした近未来的なデザインで、弊ブランドのアイテムともよく合うかと思います。アレキサンドライトは合成ですが、結晶構造は天然のものとまったく変わりなく、高品質でお求めになりやすい価格を実現しました」
楽しい。自分のお気に入りブランドの商品を、色々と目にすることができる。買う買わないに関係なく、素敵なものはながめているだけでも幸せな気分になれるのだ。
イベント参加の誘いを受け入れたときは、断りきれなくなったから、しかたないの気持ちが相当に強かった。だが、衣裳のためにブランドショップを訪れるのは悪くないな。
トルソーをながめながら、そんなことを感じていた。




