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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第三章 才女の誘いは波乱の予感

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第六話

 ホワイトのオフィスソファに私は腰掛けていた。

 目の前には、横長のガラステーブルが置いてあった。その先には、自分の座っているのと同じ種類のソファが二台並んでいる。二台というのは、あちらが一人掛けなのに対して、私のほうは二人掛けなのだった。

 壁には「濃飛県議会議員 百合岡 れいこ」のポスターが何枚も貼られている。私の背後ではスカイブルーのパーテーションが何枚も横並びに。ソファの二台並んだ側に位置するパーテーションの端、その少し奥に、うちわほどの大きな深緑の葉を広げた鉢植えの観葉植物が見える。近くのパーテーションと比較すると、私の肩ぐらいの高さはあるか。

 議員秘書の男性がお盆に湯呑みを載せてやって来た。中身は緑茶で、慣れた手つきで私の前へと差し出す。テーブルの真ん中には、お茶請けの豆せんべいと一口サイズのチョコを入れた木製の菓子器が準備された。

「お待たせして申しワケありません。コチラ粗茶でございますが、ヨロしければどうぞ。先生はもうシバラクでいらっしゃいます」

 何も手をつけないのは失礼だと思い、緊張しながらお茶を飲んだ。彼はお盆を左脇に抱えた。

「ホントウは紅茶などをお出ししタイのですが、法律でキビしく制限されておりまして……恐縮です」

 男性はどこかに戻っていった。お茶を湯呑みの半分ほど飲み、チョコの一個を口に含んだところで、女性議員と秘書との二人がパーテーションの向こうから歩いてきた。

 二人はソファの前に立った。女性議員がしゃべった。

「色々と忙しい中、わざわざありがとうございますね。私は百合岡れいこ、濃飛県議会の議員をやっています」

 白いパンツスーツを着用していたが、議員という立場を意識させないためか、明るく丁寧で親しみやすい口調だった。

 しかし、こちらは緊張していたこともあり、つい立ち上がった。自分で名乗ってから軽くお辞儀をする。女性議員が微笑んだ。

「そんなにかしこまらなくてもいいですよ。私もほんの五、六年前はあなたと同じ女子大生だったんですし」

 彼女は自身の左隣、見張りの兵士みたいに直立している男性秘書に目をやった。大学で話題をさらった美貌は相変わらずながら、今は豪勢なホテルの一室を飾る美術彫刻のような印象がした。

「もう守田のことはご存知でしょうかね。私の秘書で、前に何度か伺わせてもらいましたが」

 秘書が頭を下げて挨拶をした。百合岡さんに促され、私達三人はソファに腰を下ろす。

 いきなり彼女は謝罪を始めた。

「ごめんなさい。先に一つ、あなたに謝っておかなければいけないことがあるんです」

 戸惑う私に、男性秘書の守田さんが説明をする。

「探偵事務所にイライしてあなたのコトを調べました。動画にウツった人物が誰か、ドウシテもたしかめたかったのです。そのことでご不安とごフカイな思いヲさせ、誠に申し訳ございません」

 探偵――私は呆然とした。彼が続ける。

「ドウガに写り込んでいる建物カラ、撮影バショが本市の西北に位置する工業ダンチであることはわかっていました。AIにヨル分析で変装の前がどのようなカタかもおおよそは把握できました。探偵事務所には、その風姿にガッチする人物の捜索と調査をおネガイしました」

「質問してもいいですか。どうして動画に写っているのが私なのだと?」

 いくらAI分析で顔がわかっているとしても、それだけで名前や居所までは判明しない。広告でモデルを目にしただけで、その人のことを詳しく知れるわけはないのだ。

 それに、キライーヤの出現からプリンセスタの変身が解けるまでの間は人々の記憶に残らないはず。

「ショウサイは存じアげませんが、それが探偵とイウ職業のプロフェッショナルなところニなります。マワリへの聞き込みをトオして正体をつかみ、張り込みでショウコを得たそうです。失礼ながら、コンカイはまず工業団地からシラべはじめ、コウドウから動画の人物が見屋さんだとトクテイしました」

 百合岡さんが補足をした。

「こんなのは気休めでしかありませんが、依頼した事務所の所長は私の知り合いで、ひじょうに信頼のできる方です。残念なことですけど、私の職業上、問題ある人とお付き合いすると大変なことになりますので。といっても、配慮に欠けた行動であったことには変わりありません。改めてお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」

 正面の二人はソファから立ち上がって、深々と頭を下げた。その様子が、ニュースで報じられた何かの謝罪会見と頭の中で重なった。

 一〇秒ほどして彼女達は頭を上げた。そして、黙ってこちらを見つめた。謝罪会見のニュース映像だとカットされているが、いつまでも頭を下げっ放しなのでもなく、当然こういった場面もあるのだった。

 自分の知らないところで勝手に行動を見張られていた。確実に、気分のいいものではない。

 けれども、どうするのが正しいのか。「とんでもございません」と大人の対応をするべきか。それとも怒るべきなのか。相手を責めればいいのか。ソファを立って事務所を出るか。

 わからずに無言でいると、再び二人が謝罪をした。一〇〇回でも二〇〇回でも繰り返してきそうな気がする。けっきょく私のほうが負けた。

「もう大丈夫です。頭を上げてください」

 二人はさらに謝って、ようやくソファへと座った。彼女達が心から申し訳ないと思っていたかはわからない。台詞(せりふ)みたいにすらすらと暗記していて、ちょっと演技っぽくもあった。職業柄、何十回も経験してきたのかもしれない。こんな人達を相手にやり取りするのは無理だと感じた。

 その後、百合岡さんは大学のことを色々とたずねてきた。通学、単位、授業、宿題、試験、アルバイト、就活のこと、休みの日の過ごし方まで。途中で私が緊張していると考えたのか、気を遣わなくていいと彼女は前置きして話した。

「うちにも大学生の子が一人、スタッフとして手伝ってくれています。その子からもよく話を聞くのですけれど、自分が大学生だったときとはやっぱり変化していますね。ほんの七年ほどしか経っていないのに」

「そうですね」

 相づちを打ち、次の質問にまた答えながら思った。何のために自分はここにいるのだろう。

 大学生活を説明するために呼ばれたのか。ならば、どうして私が。スタッフの子でもいいし、他に適役はいくらでもいる。謝罪のために呼んだわけでもないはずだ。面識のない人をわざわざ呼び出し芝居がかったお詫びをすることに、どんな意味がある。仮にそうだとしたら、もう目的は達成されているし、早く帰りたかった。

 腕時計をちらりと見る。秘書の守田さんがめざとく気づき、隣の百合岡さんのほうを向いた。

「先生、ソロソロ本題のホウに……」

 百合岡さんは軽く笑った。

「ごめんなさい。若い人とのお話は楽しくてつい。もうおばさんなのかしら」

 彼女はこちらを見つめた。

「今日あなたをお呼び立てしたのは、私が全面協力している市のイベントに参加をお願いできないかと思ってです。不定期に月三回、土日の二日間で開催しています。告知は主にSNSで、最近のイベントで使ったものをいくつかプリントしてきました。ご存知でしょうか?」

 ご存知ではなかった。テーブルの上に広げられた紙にちらちらと目をやった。画像編集ソフトでオブジェクトを並べて作られたせいか、チープ感は否定できない。SNS上で見る前提だからか。イベントの内容としては、ゴミ拾いや地元店舗の出張スペース、大道芸やマジックショー、この地方出身のあまり有名でないお笑いコンビの出演とかもあったみたいだ。

 彼女は手近にあった一枚を手に取った。

「これは、駅前広場で商店街のお店に協力してもらって出張スペースを企画したときですね。お好み焼きやコロッケといった軽食を提供したり、花屋さんに手伝っていただきフラワーアレンジメントの体験教室も開いたりしました。変わったところでは、マッサージの体験もありました――そのイベントに、あなたへの参加をぜひお願いしたいのです」

「私がですか?」

「あなたの出演する動画のおかげで、実際に市の認知度は少し上がったらしいのです。SNSでバズった人物が地元イベントに登場するといった企画案が出ていまして。いわゆるコラボですね」

 コラボというか案件か。しかし、プリンセスタの正体は人々に知られてはいけないのだ。イベントに出演するなんて論外だった。

「あれは、私の意思に反して偶然にバズっただけというか。そんな大したものではなくて。とにかく、イベントとかそんなのに出るほどのものじゃありません」

「動画の特殊効果や編集技術のことだったら、心配いりませんよ。そのあたりは私達も触れるつもりはありません。イベントにゲストとして来ていただくだけでいいのです。握手会みたいなイメージでしょうか。もちろん、こちらで万全のフォローをいたします」

 あの動画自体が特殊効果(SFX)や編集を駆使したフィクションと思われているようだ。そのほうが好都合だったが。

 加えて、自分が望むタイミングでプリンセスタに変身できるわけでもないし。変身しなければ、ただの地元の女子大生。それがゲストに出てきてどうなる。正体はモロバレ、こちらも向こうも気まずいだろう。

「ごめんなさい。やっぱりイベントに出るのは厳しいです。さすがに恥ずかしいですし、それにあの動画のドレスはもう用意できません」

「そうなのですね。ですが、その程度の問題ならどうにかできます。参加を断念するには及びません」

 わざとなのかもしれないが、私の気持ちには言及しなかった。百合岡さんはしばらく黙って考え込んでいた。その彼女に代わり、秘書の守田さんがしゃべった。

「顔をカクして出演してはイカガでしょう。前にイベントで市民バンドにエンソウしていただきましたが、ドラマーの方はフクメンをかぶっていました。お話にもあった衣裳、それにステージ構成やイベント進行をアラカジめしっかりと決めておけば、そのようなシュダンをトっても支障ナイかと存じます」

 百合岡さんが確認するように彼へとたずねた。

「前にコスプレでゴミ拾いをするという企画をやったわね。コスプレじゃないけれど、SNSで話題の人物が登場という点を前面に押し出せばいけるかしら」

「ネットで活動している中には、カオダシしていないカタも何人かいらっしゃいます。不自然ではナイでしょう」

 自分を抜きにして話がどんどん進んでいく。彼女は守田さんへの質問を重ねた。

「動画のような衣裳は準備できる?」

「完全に同一なのは無理でしょうが、似たものでしたら用意できます」

 このままでは勝手に決められてしまう。私は割り込むようにしゃべった。

「すみません。やっぱりお断りさせてもらいます。私にはイベントなんて無理です」

 百合岡さんがこちらをまっすぐに見る。

「それは残念です。あなたの意思はもちろん尊重しますけれど、いったい何がだめなのか理由を教えてもらってもいいですか」

「私、イベントに出るようなそんなタイプの人間じゃないです。誰とでも仲良くなれるでもないし、人と話すのも別に得意じゃないですし。合わないっていうか。できる自信がありません」

 彼女の視線はじっと私に向けられたままだった。

「強制はできませんが――ただ、こんな言い方はよくないかもしれませんが、イベントといっても大きな規模のものではなくて和気あいあいとしたものです。当日その場には私も守田もいます。他のスタッフも過去何度もイベントを運営してきたベテラン揃いですし。やってみると案外すんなりいくものですよ」

 再度、私はきっぱりと断った。想定していたのか本心を隠しているのか、百合岡さんは余裕そうな表情を変えなかった。

「先程就活の話をしましたが、そちらにも絶対に有利になります。地域イベントに企画側で参加したエピソードは、珍しいので面接官の印象に残りやすいですよ。営業、接客、事務、クリエイティブ系、どの職種のアピールにもつなげられます」

「ボランティアのヒトツに分類されるでしょうが、ホカよりも一段目立つのはマチガイありません」

 通販番組か何かなのか。あちらにたずねられたから就活の話もしたが、まだ大学一年の五月だぞ。SNSでガクチカやエントリーシート、面接がどうとかは目にしたが、実感はない。大学に入って一ヶ月足らず、卒業した先のことはまだ考えていなかった。

 そのときだった。急に事務所のドアが開いた。入ってきたのは、無造作マッシュっぽい髪型の青年だった。私と同い年ぐらいか。大学の男子学生達の間でもよく見かける、スカイブルーのドレスシャツにブラックのテーラードジャケットを羽織り、ネイビーのワイドスラックスを履いていた。

 自分だけでなく、百合岡さんと守田さんの二人も驚いていた。青年はドアの前で頭を下げ、口上のようにはきはきと述べた。

「遅れて申し訳ありませんでした! 六月開催の春季市民芸術大会の概要を確認してきました‼ 予定通りに打ち合わせをお願いします」

 百合岡さん達は唖然としていた。青年はソファに座った私に気づき、また頭をぺこりと下げた。

「ご来客でしたか。失礼しました‼ 私はこの事務所でアルバイトとしてスタッフをしている――」

 青年の名乗りを守田さんがさえぎった。

「芸術大会のウち合わせは明日のジュウロクジからのはずですが」

 青年はスマホを取り出し、画面を操作する。

「あっ‼ 本当でした。すみません。日付を一日早く勘違いしていました‼」

 何本かが外ハネしている後ろ髪あたりを青年は右手でかいた。百合岡さんが溜め息をついた。

「前に予定はメモして忘れないようにと話したけど……読み間違えたら意味がないわ。それじゃ忘れたのと同じじゃない」

 ガラステーブルの前まで来て、青年はさわやかな声で謝った。近くで見ると、くりっと大きめの瞳に小ぶりの丸っこい鼻先、若い男性アイドルみたいな顔立ちをしている。

 守田さんも困った表情を浮かべていた。

「お客様ホンニンの前で〝来客〟というのはシツレイに当たりますよ」

 何度目になるのか、青年はさらに謝った。若々しくほがらかな印象のせいで余計、反省していないように思えてしまう。謝罪でもイケメンでも幸運でも、繰り返されれば価値が薄れることを痛感する。

 百合岡さんはあきれていた。

「今はお客様がいらっしゃるから、いったん奥の給湯スペースへ移動して」

 絶好の機会では。彼らには悪いが。ソファから私は立ち上がった。

「お忙しいようなので失礼しますっ!」

 青年にも負けないような大声だった気がする。自分のトートバッグを手に取り、一礼してさっさとドアへと歩いた。百合岡さんが引き止めようとした。

「待ってください。こちらの都合はもう片付きましたから。お話の続きを――」

 私は強く言い切った。

「いえ。大丈夫です‼︎」

 事務所を出た。追いかけて来たらと不安だったが、それは考えすぎだった。

 プリンセスタの姿でイベントに参加するなんて冗談ではない。

 室内のポスター、あれの広報用にサイズを縮小したものが建物のガラス窓にも貼られていて、ちらりと視界に入った。

 けっきょく、S N Sの動画のこともプリンセスタの正体が判明した経緯も、はっきりとはしなかった。探偵を雇ったからは、答えにならない。探偵だろうと刑事だろうと、誰にでも知られたらだめなのだ。

 日が暮れかけていた。()色の雲があるために西日はまぶしくない。暗くなる前に帰ろう。私は家までの道を急いだ。

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