第五話
相手が誰で何であろうと、よくわからないことには関わらないのが一番だ。
ちょうど今の私には、いい口実があった。
「まだバイト中なので失礼します」
「では、ソチラにウカガい待たせていただきましょうか」
彼も一緒にバイト先についてきた。
ひさぎは噂の人物と思わぬ再会を果たし、驚きの声を上げた。オーナーは不機嫌そうな顔をこちらに向けた。言いたいことはわかっている。
私がしゃべるのよりも先に、イケメン秘書が後ろから進み出た。
「申しワケありません。私が彼女にムリを言って、ミセへ案内してもらったのです。チカクまで来てマヨってしまったものですから」
オーナーは戸惑っていた。彼の圧倒的な容姿にか棒読みぶりにか、その両方なのかもしれなかった。しかし彼もお客さんにちがいなく、疑問があってもしつこく追及はできない。オーナーは黙ってキッチンに入っていった。
ひさぎが秘書をテーブルへと案内する。彼は何かの面接のときのようにぴんと背筋を伸ばして座った。
コーヒーとパンケーキを運んだとき、秘書はノートパソコンで資料のようなものを作成していた。ちらりと画面が見えたのだ。テーブルにオーダーの品が置かれると、彼は手を止めて美しく整った顔をこちらに向けた。
「どうもありがとうございます。先程はとっさに出しゃばってしまいましたが、大丈夫でしょうか」
「いえ。おかげで助かりました。ありがとうございます」
お礼を述べてキッチンに戻ろうとすると、秘書が言葉を付け加えた。
「先生との面会、どうかごイッコウください」
キッチンではひさぎの質問攻めにあった。だが、自分が答えられることもそんなに多くない。しばらくすると、わざとらしくオーナーが咳払いをした。それで私達はおしゃべりをやめた。
特大ゴミ箱ほどのサイズがある業務用の食洗機の中に、テーブルから下げたカップや皿を並べる。カップは逆さに、皿はステンレスのワイヤースタンドに立てていく。
そのとき、ふと思いついた。秘書のあの話し方、ずっと何かに似ている気がしていた。特別ゲスト――芸能人とかスポーツ選手とかが声を当てたキャラクターだ。舞台やドラマで演技の経験があったとしても、声優としての能力とはまた別らしい。プロと比べればやっぱり差がわかる。まさしくそれだった。
秘書は私のバイトが終わる夕方まで店で待っていた。議員と会うように頼まれたが、再度断った。
「モシおキモチが向きましたら、渡したメイシに記載のバンゴウまでレンラクください」
名刺は、カフェ制服だったスラックスのポケットに突っ込んであった。バイトの後に制服を着替えるときに気づき、トートバッグの外ポケットに移した。
家に帰ると、すぐキャメルンに話した。
「キャメルン! ヤバい‼」
キャメルンはベッドの上で昼寝をしていた。私のベッドのはずだが、彼の所有みたいに身体を投げ出しぐっすり気持ちよさそうだった。ゆっくりと身体を起こす。
「どうしたキャルか。春の居眠りほど気持ちいいのはないキャルのに……」
「バレたかも‼ 私がプリンセスタだってこと」
キャメルンは驚きで目が覚めたのか、ボールペンの中に入っているバネのように飛び上がった。
「キャル⁉ どうしてキャル! 日香里もキャメルンも何もかも忘れてしまうキャル‼ まずいキャル‼」
トートバッグを、勉強机のイスの背もたれにかける。
「SNSで拡散された動画を観たとか――なんでか私が変身するのを知っているみたいだった」
「なんでキャル‼ 星の力はどうなっているキャルか」
スマホで今日の戦いを動画に撮っていたことを思い出した。スマホの中を隅々まで探したが、ファイル自体が残っていない。
なのに、SNSにまた新しく動画がアップされていた。どこかの店の防犯カメラの映像で、外の通りにキライーヤの足のあたりと丸い緑の塊が見えている。
動画を再生しているスマホを、私とキャメルンとでのぞき込んだ。
「星の力、働いてないじゃん」
「キャル……わからないキャル」
防犯カメラの映像を何回も見直す。動画は、キライーヤが店先を通り過ぎるところを切り抜いたものだ。右下に日付と時刻が示されている。
不意に考えついた。当たり前だが、キライーヤが写り込む前にも後にも録画は続いていた。これは仮説なのだが。
「星の力が使われる前からの撮影をしていると、そのまま消えずに残るのかな」
リセットされる期間は、星の力が使われてからキライーヤを倒し元に戻るまでのはずだ。その前からずっとカメラを動かし、さらに元に戻った後も撮り続けていたとしたら。残された動画は前後がちぐはぐで、おかしいと気づく人だっていないか。しかしSNSでもどこでも、そういった話は聞いたことがない。
「今この場でプリンセスタに変身できたら、すぐ証明できるんだけどな」
「無理キャル。プリンセスタの力は――」
キャメルンがしゃべり終わる前に、ふと頭に浮かんで、勉強机まで歩いた。トートバッグの外ポケットに手を突っ込む。名刺はすぐに見つかった。
改めて手に取りながめてみる。光沢はなく清潔な包帯のように真っ白で、黒のインクがなめらかに文字を形作っていた。しっかりとした紙質だったが、厚みは感じなかった。『プラチナドリーミングス』のカードを今になって見ると、厚紙の上に何層か印刷が重ねられているのがわかる。二つを比較していいのかは疑問だが。
芸能人レベルに整った顔立ちで議員秘書。彼ならば、SNSにアップされた動画の謎も知っているだろうか。私がプリンセスタだと気づいているのだ。もしかしたら、星の力によるリセットの抜け道を教えてくれるかもと思った。
いや、ちょっと待て。プリンセスタの動画が拡散されたことに注目していたけれど。見落としていないか。私達がこんなに慌てている元々の理由を。
「おかしくない? 私の記憶、そのままだけど」
「キャル⁉」
キャメルンはテーブルの真上、私の視線の高さのところでぴたりと止まった。
議員秘書の発言を思い返す。SNSの動画に写ったプリンセスタが私だと認識してのものだった。でなければ、キライーヤとの戦いの後、何人かの通行人の中からわざわざ私に声をかけない。
「というかあの人、なんであそこに……」
言い換えると、どうして戦いの場所を知っていたのだろう。半信半疑ながらもたずねた。
「ユルセナイヤだっけ。そこに男の人っていない?」
「どんな人キャルか」
「身長は一八〇センチぐらいで、髪は黒のセンタパート。目は切れ長で鼻が細い」
執事の子が話しまくってくれていたおかげで、すらすらと説明できた。キャメルンが答えた。
「ステラヤードを襲った中にはいなかったキャルが。だいたい、ユルセナイヤの幹部達に人間はいないはずキャル」
「うーん。姿を変えている可能性もあるけど」
ヒロイン達に限らず、敵方も美男美女なのはよくある設定だ。賢そうな長身イケメン、それこそ敵の親玉の右腕クラスじゃないか。人間世界では、その優秀な能力を生かして議員秘書を務め、やがて陰から政治を――執事の子をばかにできない気もする。
自分の頭の中だけで考えていてもしかたない。名刺に書いてあった議員の名前をネットで調べた。
百合岡れいこは現在二七歳。中学生の頃、在日外国人児童への学習支援ボランティアを経験したことがきっかけで政治を志した。地元の大学を卒業後、コンサルタント事務所に入社する。二四歳のときに参議院議員選挙へ出馬。その後、二五歳で濃飛県の県議会議員選挙で当選を果たした。
SNSを確認すると、地元に関連した話題をひたすらに投稿している。スポーツ大会や防災訓練、新規オープンした店舗への訪問まで、地域のイベントには頻繁に参加しているようだった。
公式でないところには、ネガティブな噂も書き立てられていた。参院選のときには民衆党の公認候補として出馬したのに、県議選では自立党の公認を受けて立候補した。この政党の鞍替えは地方新聞社のニュース記事になり、当選を優先させて自分の政策方針を捨てたとか、支援者に混乱と失望を招いているとか、散々に批判してあった。あとは、地元の会社と金銭的に怪しい関係を結んでいるといったもの。いくつかの会社名も挙げられていた。もちろん、どこまで真実なのかはわからない。有名人の宿命なのかもしれなかった。
ベッドの上のほうから聞き覚えのある曲が耳に入ってきた。『プラチナドリーミングス』第三シーズンの前期オープニングだ。キャメルンがタブレットを持ち出してきて、本編の続きを観はじめたのだった。先程まで私と一緒にスマホの画面で議員の情報を見ていたのだが、飽きてしまったか。
本編が始まってキャラクター達の声が聞こえてくる。ヒロインが自分の好きなブランドの新作エレガントドレスを着るために色々と奮闘する回だな。ドレスを手にするまでの彼女の頑張りが――。
右手のスマホを再び見つめる。県会議員にしても、プリンセスタの動画の謎にしても、作品の世界観とのギャップをひしひしと感じた。
こういったジャンルで、作品世界の謎解きによって物語が進んでいくのはめったに見ない。たぶん話が難解になりやすいからだと思う。ネット上での憶測にすぎないが、ある女の子向けアニメで現在と未来との両方を舞台にしたシーズンを放送したところ、おそらく本来の視聴者層には時間的な流れを理解するのが難しすぎて、大幅に人気が落ちたという。実際、このシーズンだけ他と比べて半分ほど短い。私個人としては、ラストで未来への願いが叶ったことを暗示するさりげない描写が美しくて、結構好きなのだけれどな。
政治のほうは言うまでもない。これについては作品のジャンルを問わないだろう。異世界での設定に置き換えられて登場することはあるが。といっても、実は『プラチナドリーミングス』のはじめ頃の回に、先輩アイドルがニュース番組に出演して増税に否定的なコメントを述べるシーンが存在することを、私は知っている。
やっぱり直接にたずねるしかないのか。スマホの画面に映った写真、例の女性議員が人当たりのよい満面の笑みをこちらに向けていた。




