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プリンセスタ☆ステラローグ -女児向けアニメ大好きな一八歳の私が変身ヒロインになった話-  作者: みづき木積
第三章 才女の誘いは波乱の予感

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12/22

第一話

 朝、しずく型のメイクスポンジをトレーに満たした水に浸す。びしょびしょに濡らしてから水滴の垂れないぐらいに軽く絞るのが、自分のやり方だ。

 テーブルの上に置いた折り畳み式のメイクアップミラーを注意深く見る。ふちがLEDになっている女優ミラーだ。手の甲に下地(プライマー)を出し、それから両頬、おでこ、鼻、あごに分けてのせる。あとはスポンジを使い、内側から外側へ広げていく。

 ふと、気になった。

「プリンセスタに変身すれば一瞬なのに。メイクのところだけとかできないのかな」

 背後で起きたばかりのキャメルンが目をこすっている。ちらちらとミラーに映るのが見えていた。

「無理キャル。プリンセスタの力は必要なときにしか使えないように決まっているキャル」

「誰が決めたの?」

「ステラヤードの女王様キャル」

 スポンジに残っている下地を目のまわりと小鼻に塗る。

「これ以上、新しい設定を増やさないでよ……」

 顔全体をスポンジでぽんぽん軽く叩き、余分な下地を取り除く。次はファンデーションだ。

「じゃあさ、変身後にキープミストはどうかな。プリンセスタの超絶メイクをそのまま使いたい」

「きーぷみすとって何キャル?」

 キャメルンに説明している時間はない。リキッドファンデーションを、専用のパフスポンジによって先程の下地と同じ順番で薄く付けていく。

「せめて似た感じに仕上げられたらね」

 ファンデに続いてはコンシーラーだ。ブラシで小鼻の脇になじませて、暗い印象を与えがちな影を消す。 

「動画か写真にでも残せればな。参考になるし、やり方がわからないところもネットで質問できる」

「キライーヤをやっつけたら、星の力で元通りに戻るキャル。動画や写真も同じキャル」

「便利だけど不便だな」

 ルースパウダーを蓋の裏側に広げ、ブラシの先端にたっぷりと含ませる。手の甲の上でブラシをくるっと回して余分なのを落としていく。ブラシを横に倒した状態で鼻のまわりへ。そこから顔のふちに向けて伸ばすように。

 ミラーをのぞいて確認する。あとはアイメイクにチーク、リップが必要だ。

 これだけやっても、プリンセスタに変身するときのメイクには絶対に届かないのだけれど。毎日、自分のために手間をかけているのだ。完全は無理でも、できるだけ再現したい。

 大学生活が始まって一ヶ月が過ぎた。現在は五月の連休の真っ最中。バイトをしたりひさぎと遊んだり、自分の家でマンガを読んだりキャメルンと一緒に『プラチナドリーミングス』を観たりしている。

 連休半ばの三日目、今日は夕方までバイトがあった。夜、私はスマホで新作コスメのことなどを調べていた。

「ねえ、次っていつキライーヤが出ると思う?」

 キャメルンはタブレットを構えてあちこちを撮影している。私が教えたのだった。

「キャル? どうしてキャメルンにわかるキャルか? たずねたいのはキャメルンキャル」

「連絡先とか知らないの? あのワニ人間の」

「知るはずないキャル‼ ユルセナイヤ達はステラヤードを真っ暗闇にしたキャル。てきがたに通じるなんて、キャメルンはそんなずるい妖精でないキャル!」

 彼が怒りだしたので、これ以上は話すのをやめた。

 キープミストやら動画やら、プリンセスタのメイクに関する部分を試してみたいのだけどな。大学やバイト中では、手元にないとか撮影者がいないとかで実行できないかもしれない。だから、長く家にいる連休中がいいのだが。

 翌日もキライーヤは現れなかった。もしかして、ワニ人間も休日なのか。

 連休も終わりかけた五日目。この日はずっと家にいた。昼食の後、私はタブレットで動画サイトをながめていた。キャメルンがこちらにスマホを向けてくる。私の貸したスマホだ。

「お昼をのんびりと過ごす日香里キャル。ステラヤードみたいキャル」

 ナレーションのつもりなのだろうか。いざ変身となったときに、タブレットとスマホ、どちらが使えるのかはわからない。なので、スマホのほうでの撮り方も教えた。

「ステラヤードって……」

 私がしゃべりはじめた瞬間だった。キャメルンの身体がびくりと震えた。スマホにバイブレーションは設定していないはずだったのに。

「キライーヤキャル‼」

 ミラーを手に取り、部屋のテーブルに置いた。ふちのLEDを点灯する。キャメルンが騒ぐ。

「早くするキャル! 変身して街へ向かうキャルよ‼」

 私はメイクを始めた。

「そのまま外に出ると、駅で戦ったときにみたいに悲惨なことになる」

 プリンセスタの姿から元に戻ると、変身前の格好となる。本日は外出の予定がなかったから、朝の洗顔の後にスキンケアをしていただけだった。

「誰も気にしないキャル。日香里は今のままでもかわいいキャル」

 けなしているのか褒めているのか、どちらなんだ。

 メイクの後は、クローゼットの中から服を選ぶ。さすがにルームワンピで外を歩くつもりはない。

 あきれたようにキャメルンがつぶやいた。

「女の子のポリシーキャルか? つまり、乙女の………」

 それは、私が生まれる前、一大ブームを巻き起こした伝説的な作品のやつだ。

 着替えを済ませたら、部屋の中で変身をする。キープミストも忘れずに。プリンセスタのメイクがこれで保てたら最高だし、仮にだめでも最悪の状況にはならない。

 普通に私達は玄関から出た。母親は今パートで家にいないので、見られる心配もなかった。

「キャメルン。ちゃんと持ってる?」

 タブレットを手にしたキャメルンが答える。

「キャル。言われた通りに持ってきてるキャル」

 先程プリンセスタに変身したときも、キャメルンに頼んで動画を撮ってもらった。メイクの参考にできるかもしれないからだ。ついでに、キライーヤとの戦いも撮影するように頼んであった。

 じゃあ、行こうか。キャメルンの案内でキライーヤの現れた場所に向かう。市の北側、工場や配送センターの多く集まる地域だ。

 水色をした何かの工場の後ろにキライーヤの姿が見えた。彼の膝下あたりには、何本もの電線がクモの糸のように伸びていた。つい私の口から言葉が出た。

「なんかでかくない?」

 工場の建物と比べても、いつもより大きい気がする。近づいてみて、そのことを確信した。二、三階建ての工場がキライーヤの膝あたりなのだ。今までの相手なら頭の高さがそのぐらいのはず。

 キライーヤの歩くたび、建物が踏み潰され、蹴られた小石のように車が吹き飛ぶ。電線がちぎられ、ぱちぱちと火花が散る。だが、この特大キライーヤからすれば、マッサージにもならないだろう。

「もう怪獣じゃん」

 鉄骨階段の取りつけられた巨大なつや消しシルバーの円筒タンク、その屋根にワニ人間が立っている。こちらに気づいて見下ろした。

「出たな、プリンセスタよお。いいぜえ。このキライーヤでお前を倒してやる」

 私は大きめの声でしゃべった。

「たずねたいんだけど。ここ一週間以上、キライーヤ全然出なかったよね。もうちょっと早めにとかって無理なわけ?」

「悪の幹部に指図するんじゃねえよお」

 ワニ人間はキライーヤのほうを見上げた。いくらタンクが巨大といっても、キライーヤにとっては部屋のゴミ箱程度のサイズでしかない。そして私達はありんこだ。

「マックスサイズで全部を踏み潰してやるんだぜえ」

 キライーヤが足を上げる。ぶあつい雲に覆われたように一帯が薄暗くなった。色々なものが崩壊する音が混ざり合って聞こえ、ものすごい風が起こった。建物の壁や屋根、鉄骨、ドラム缶、フェンスなど、あらゆるものが吹かれ舞う。

 両腕を組んで受け身を取ったが、数メートル後ろにじりじりと飛ばされた。工場の建物を一瞬で粉砕する衝撃――まともには接近できない。

 ワニ人間のいたタンクは支柱ごと地面から引っこ抜け、そのまま倒れ込んでいた。自分もやられてるじゃん。と、思ったが、彼は古い倉庫か何かの赤オレンジをした波型の屋根の上に移っていた。瞬間移動の能力か。

 その倉庫の前にグレーのプラスチック板が何段、何列も積み上げられていた。後で知ったが、パレットというらしい。それに身を隠すようにして、ふわふわモコモコが。キャメルンだ。しっかりとタブレットのカメラをこちらに向けている。

 危険を感じたら逃げてもいいよ。その意味を込めて目配せをすると、キャメルンは右手の親指を立てて見せた。伝わっているのかはわからなかった。

 あたりに炎が広がる。タンクから漏れ出した中身に、何かのきっかけで火がついたようだ。

 ジャンプして、空中から周囲の様子を広く見渡してみる。建物の並ぶ中、なぎ倒されたように平面っぽく目に映る場所がある。キライーヤが通って暴れた跡だ。

 再びジャンプ。キライーヤの頭上よりも高く。彼の顔に向かって跳び蹴りをした。当たった感覚はたしかにあった。だが、効いている様子がない。

 フェンスが踏まれて倒れる。キライーヤの進む先に鉄塔が――彼の背丈と同じぐらいの高さだ。相手が鉄塔を両手でつかむと、火花と煙とが出ると同時にばらばらと鉄骨が崩れ落ちた。鉄製の土台に近いあたりの脚がちぎれ、そのまま引っこ抜かれた。

 どうする。キライーヤがでかすぎる。

 昔、テレビで偶然に観たドキュメンタリーを思い出す。アフリカのサバンナで、ゾウの群れに密着して取材した番組だった。ライオンでもよほどの事情がない限り、巨体のゾウを襲うことはない。大きすぎるからだ。二種の体重は約三〇倍以上も違う。ライオンの打撃はまるで効果がない。人間に虫がぶつかっても怪我をしないのと同じだ。逆に、相手が突進してきたら、こちらは無傷で済まなかった。

 ただ大きなだけでも強いのだ。

 無惨にも投げ捨てられた鉄塔の残骸が、炎にあぶられオレンジになっている。

 私は相手を見上げた。不吉な雷雲のように黒くそびえ立つ胴体のはるか先に、表情の読み取れない顔が小さくたしかめられた。

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