第六話
「私、実は‼」
明宝さんがこちらに目をやる。
「『プラチナドリーミングス』がすっごく好きで。小学生の頃から今でもずっと。最近でもグッズ買っているし。引かれるかもだけど、アニメは何周もして今でも観ていて。観るたびにテンション上がる――別に押しつけるつもりは全然なくて。ただ、『プラチナドリーミングス』がなければ今の私もなくて、自己紹介で話したいと思っただけ」
ちょっとの沈黙があった。実際には数秒だろうが、体感はもっと長かった。
明宝さんの言葉で無言の時間は終わる。
「いや、今度こそ告白の流れだったよね⁉」
彼女は再びこちらに。だが、今度は私の右横を通り過ぎて窓辺へと歩いていく。
「好きなのはわかってる。あの傘使ってたぐらいだし。この前のカラオケでも『プラドリ』の曲完璧だったし」
追いかけるように、私も窓のほうに行く。空がオレンジに染まりはじめている。
明宝さんは、大学の敷地かその先の街並みをながめていた。
「フラれたからデートは無理だけどさ、今度の休みとか一緒に遊ぼうよ。行きたい店いっぱいあるー」
「次の休みだと、土曜?」
「土曜はアタシがバイト。だから日曜かな。日香里もシフト入ってなかったでしょ」
日曜か――特に予定もなかったが、気になることがある。重要なことでは全然ないのだけれど。
正直に言ってしまおうか。ちょっと迷った末、私はしゃべった。
「しょうもないことだけど、日曜は八時半からテレビが観たくて……その、できれば」
どうせ配信もあるし、後から観ればいいだけなのだが。でも、バイトや補講なら諦められるが、自分で選べるのなら視聴を優先していきたい。この気持ち、わかる人はいないだろうか。
思えば、高校生の頃も土曜しか遊んだことがなかった。日曜は家の予定があるとか適当な理由で断っていた気がする。
本当のことを伝えたのは、明宝さんがはじめてだ。
「あー好きそう。じゃあ、ちょっとずらして一〇時からにする?」
「九時からは別のチャンネルで観たいものが。二つあって一〇時まではちょっと……ごめん」
どちらもアニメだった。有名な特撮シリーズの裏番組だから、リアタイしている人は少なそうだけど。
「へー今も結構色々やってるんだね。アタシが小学生のときは『プラドリ』以外に――」
彼女が挙げた作品は、私も全部知っていた。同年代だもんね。あの頃の自分、もうオタクの素質が芽生えだしていたな。
けっきょく、待ち合わせは一一時半に決まった。大学の最寄り駅だ。
土曜の昼に明宝さんからメッセージが来た。『プラチナドリーミングス』のカードを持ってきてほしいという。何のためなんだ。よくわからなかったが、お出かけ用に使っているスクエア型の2WAYフラップバッグにカードバインダーを入れた。
当日、明宝さんにしゃべった通りにアニメを三本観てから、家を出た。
お昼も近くだったから、駅で落ち合ったらすぐにランチのつもりでいた。ところが、明宝さんの提案で、一度下宿先のアパートに寄ることになった。
彼女の部屋、チェリーピンクのムートン風ラグの上に私は座っていた。明宝さんは何かを取りに行っている。
ついあたりを見まわす。まず目の前には、オフホワイトのラウンドテーブル。カーテンはゼブラ柄でよく目立つ。メイクアップミラーの置かれたブラックの小さなテーブルには、ぎっしりとチューブやボトルが並んでいる。何本かは私も使ったことのあるコスメだ。真後ろに位置するベッドには、スカーレットの花を描いたブランケットが。
明宝さんが戻ってきた。手にファイルのようなものを持っている。
「実家から送ってもらったんだよねー」
彼女はラウンドテーブルの上でそれを開いた。カードバインダーだった。そして、中には見覚えのあるカードが何十枚も。
「これは私が小学生のときに集めたやつ。見せ合いっこしようよ。ほら、日香里のも見せて」
懐かしさで胸がいっぱいになった。小学生の頃、自分もよく友達と同じことをしたものだ。
私はバッグから自分のカードバインダーを取り出した。開いてページをめくると、明宝さんがはしゃいだ。
「なつかし。あ、これってブルーメシリーズのじゃん。アタシ、トップスだけ揃わなかったんだよね。なのに、シューズは三枚かぶったし」
当時小学生だった頃には自慢や嫉妬みたいな感情も少し混ざっていたと思う。それでも、何十回と色んな相手と見せ合ったのは、純粋に楽しさが他の何よりもまさっていたからだ。
変わらずに楽しい。セレクトショップを見てまわるような感覚。大学生になった今でも、とても楽しい。
明宝さんは一つの列を指差した。シューズの入るべき箇所が空いている。今後も私が一生忘れることはない特別なコーデ、パラレルベルトラウムコーデだった。
「アタシ持ってるよ。よかったらあげよっか」
たしかに、カードをもらったりあげたりはかつてもしていた。しかし、ノーマルやレアのカードだけだ。これはエレガントドレスだぞ。ネットの噂では、出る確率は一〇〇分の一とも二〇〇分の一だとも。
「さすがにもったいないよ」
「遠慮は禁止だって」
明宝さんは、パラレルベルトラウムブーツのカードをバインダーから抜き出した。控えめに私は受け取る。ちょっとほしかったのは、否定できない事実だった。
自分のバインダーにもらったカードをしまう。そして、ぱらぱらとページをめくる。ブルーメシリーズは小学二年生だった年の第一弾で登場したはず。だから、もう少し先のページか。
目的のカードが収められているページを私は開いた。明宝さんに示す。
「じゃあ、私もこれあげるから。交換ってことにしよう」
「いいの? じゃ、もらっちゃおっかな」
『プラチナドリーミングス』のアーケードゲームはもう稼働が終了している。フリマアプリにも大量に出品されているが、どんなコーデのセットでも高くてせいぜい二、三〇〇〇円だ。やっぱりコレクション以外に用途がないからだろうか。小学生のときならとにかく、アルバイトをしている大学生の自分には手頃といえる価格だった。残念ながら、今、世間一般にはその程度の価値なのだ。
ブルーメシリーズの一つ、トップスが欠けた列をながめる。ちっとも悲しくはなくて、むしろうれしくすら感じる。
さらにバインダーのページを戻って、再び完成したパラレルベルトラウムコーデを改めて見つめた。ホログラムがキラキラと輝いている。また一つかけがえのない思い出が加わった。
私には、昔と変わらないままにずっと大切なものだ。きっと、明宝さんにとってもそうなのだろうと信じている。
それから、私達二人はお互いのカードを見せ合いつつ様々なことをおしゃべりした。
気づけば、お昼を過ぎていた。ついお腹が空くのも忘れて夢中になっていたようだ。ランチはどこにしようか相談する。
「今日がメインディッシュでしょ」
それは私が中学生の頃に流行った歌だ。
スマホで探して、いいお店が見つかった。そうして、私達は一緒に部屋を出た。




