選択-3
「それでは契約のお話に移りましょうか。貴方様の現行のランクは8。ここから2つ上がってランク6。ランク6は中々いないですよー」
ルシルフが空中に文字を書きながら嬉しそうに喋っている。
(契約……生贄……)
それを聞いて思い出した俺はルシルフに聞く。
「契約の生贄は……どうなるの?」
無言になったルシルフがその顔にある無数の眼を、それぞれ交互に電卓をたたくかのようにパチパチと動かし始めた。暫くしてからすべての眼をパチンと閉じて、一斉に開いて言う。
「ちょうど、今いる城のモノの全員の寿命でピッタリですね!ピッタリですよ!ピタリ賞です!やはり貴方様は持っていらっしゃる!」
その言葉を聞いて、俺は魔の森の時のことを思い出した。
「モノ……という事は、俺が仲間にした魔物も全員ってこと?」
ルシルフがバレました、と言わんばかりに可愛げに舌を出した。
「それに全員ってことは、先日ランク9に上がったばかりの彼も、ってことだよね……」
ルシルフが腕を組んで答える。
「貴方様のおっしゃる通りです。貴方様が帝国軍と戦うために築き上げた彼ら全てが、貴方様の次のステップの礎となるのです」
それを聞いて、俺は考え始めた。
俺の中のドナルドが言う。
「ランク12の時は自分を生贄にした。ランク10の時は、無理矢理にモリガンを生贄にしたんだよ。だからミリアを生贄にしなくて済んだんだ!」
俺の中のミストが言う。
「ランク8の時は、森の集落の全員とグリフだった。集落はオルドが集めていたようなものだったし、グリフは俺の思い違いで生贄にしたんだ!」
俺の中のファンズが言う。
「アクストリウスは味方に裏切られた時に、エアリスに言われて味方を全員生贄にしたと言っていたな。今回も似ているな」
フリーズの解けた俺の中のモリガンが言う。
「今まで何となく回避してきたけど、いよいよね。ミリアを生贄にしなかったから、今になって選択を迫られているのよ!」
俺の中のオルドが寂しそうに言う。
「俺は、森の連中を生贄にすることは出来なかった。俺は何も言わない。お前が選択しろ!」
俺の中のアクストリウスが言う。
「私には何も言う資格がありません……」
俺の中の誰もが決められない。俺が俺の選択をしなければならない。俺は悩み続けた。
そんな俺を見て、ルシルフが少しイライラし始めた。
「あのー、早くしてくれませんか。時間を止めるのって結構大変なんですよ!」
俺はルシルフの言葉を無視して考え続ける。俺がこの城に来てから育て上げた新生魔王軍の皆の顔を思い出す。
アクストリウスがいた。
カレイドとベルフェがいた。
兵を束ねる将軍がいた。
魔物のオーガたちがいた。
魔物のグリフォンたちがいた。
魔族の黒魔法使いたちがいた。
魔族の兵士たちがいた。
彼らは、俺にとって、人だったのだ。
悩んでいる俺に、呆れたようにルシルフが口を挟み始めた。
「どの道、このまま戦い続けても負けます。負けたら皆殺しです」
俺は喋り始めたルシルフを見上げる。ルシルフをその数多の眼で俺を見下ろしながら話していく。
「貴方様が死なないことは既に相手にバレています。貴方様に逃げ場所はありません。見つかったら良くて封印、最悪は実験生活に逆戻りです。そもそもカレイドを止めないと、勝つとか負ける以前にその運命です。と言うより……」
ルシルフが思い出したように首を傾けて、頬にある目で後ろを見つめながら続ける。
「あの殺意の塊のような白魔法使いマリアを何とかしなければ、現在進行形でデッド・アンド・ライブの生活続行中ということをお忘れなく」
俺はルシルフに言われて現在の状況を思い出した。
(俺は、そもそも詰んでいる!)
ルシルフがため息をついて、再び喋り始める。
「もう、良いんじゃないですか?自分の好き勝手にしてしまっても。今回の戦いだって、アクストリウス様も、カレイドも、皆が好き勝手やっています。味方だって、皆が自分の好きでやっているんです。ランク9の彼だって、自分の意志で母を生贄にしたじゃないですか。もう、いいじゃないですか」
俺は頭を抱えた。
(決断が、怖い!)
そんな俺を憐れむように見下ろすルシルフが、俺に言葉を刺していく。
「ランク8にもなって、まだ人でいることにこだわっているんですか?もう諦めましょうよ。無理ですよ。客観的に見て」
人、という言葉を聞いて、俺は絶望の眼をルシルフに向ける。ルシルフが嬉しそうに、残酷そうに言葉を紡いでいく。
「だって、瞬怒即殺がモットーの非道の黒魔法使い。他人の死体を好き勝手に弄り倒して玩具にし、政治の場で爆発テロを起こす。死体と魔物がお友達!相談相手は自分の二号、三号、四号、etc!こんなの、人じゃないですよ。常識で考えて下さい!」
それを聞いて、俺は頭が真っ白になった。そして、ルシルフの言う言葉が納得できてしまった。
人じゃない……俺は……人じゃない……じゃなかった……
彼が魔の森で住民を生贄にしても心が痛まなかったのは、彼が住民を人とは見ていなかったからだ。
彼がグリフを生贄にしたと気がついて呆然としていたのは、彼がグリフを人として見ていたからだ。
人は人を殺せない。ここで言う人とは、生物的とか種族とかそういう定義ではない。自分の延長線上にある人を指している。同じ物を美しく思い、同じ物を食べて楽しみ、同じ物を見て笑う。こういった自分の延長上にあるモノが死ぬと、まるで自分の身にそれが起こったかのように感じてしまう相手。それが人だ。
それでも人は人を殺す必要に迫られる時がある。それは平時における処刑だったり、非常時における戦争だったりだ。
そんな時、人は何か理由をつけて人を殺す。でないと自分も壊れていく。だから人は人を殺すときに、色々と工夫をして殺す。
国が違う、宗教が違う、種族が違う。アイツらは俺とは違う。
集団で意気投合して脳内麻薬を駆け巡らせたり、実際に麻薬漬けになったり、妖術師に暗示をかけて貰ったり。俺はアイツらとは違う。
これらの目的は二つに集約される。
殺す相手を人でないとみなすか
殺す自分を人でないとみなすか
ルシルフはこの契約の機会を逃さないために、少しずつ彼を誘導していった。そして、どうしようもない状況になるまで追い詰めると、最後にその手を差し出した。
残酷な言葉と共に。
ルシルフは、悪魔だった。
彼は、選択した。
条件は満たされた……
止まっていたシャンデリアが、再び落下を始めた。




