封印解除-3
「ランク4、か……」
ルシフェルがアレクシオスの言葉を反芻する。「魔王」であったルシフェルですら到達しなかった高位契約。それは神話でしか聞かない領域だった。
(まさか、今の世に実在するとはな……)
ルシフェルは魔人に興味を持ったが、それは何とか隠し続ける。アレクシオスが続けて語る。
「魔神は暫く前にランク4となったのではないかと考えられます。国家レベルの生贄が観測されたので、ほぼ間違いないと考えてよいでしょう」
黒魔法の新規契約には生贄が必要になる。ランク4であればそれは膨大なものだ。ランク6であるルシフェルは当然それを知っている。
ルシフェルがアレクシオスに尋ねる。
「お前は、魔神と面識があるのか?」
アレクシオスが思い出すように答える。
「ええ。その時は魔神とは気がつきませんでした」
それを聞いたルシフェルが、あざ笑うように言う。
「気がつかなかったのか。随分と、間抜けなものだな」
黒魔法使いであるルシフェルは、黒魔法を駆使すれば他人に成り切れることを知っている。そして白魔法使いであれば、それを見破れることも知っている。
ルシフェルの嘲笑に、アレクシオスが一瞬だけわずかに眉をひそめた。アレクシオスが言葉を差し返す。
「ええ。魔人は筆頭白魔法使いである私を欺き、史上最高ランクである4へと到達しました。貴方以上の黒魔法使いとしてね」
今度はルシフェルの眉がピクリと動いた。安い挑発だと分かっているが、それでもイラつくことは止められない。彼は誇り高き魔王だった男だ。アレクシオスが言葉を重ねていく。
「ご興味はありませんか?魔神と言う神話の強敵に。危機に瀕している祖国に。巨人に踏みつぶされていく同族に」
ルシフェルがアレクシオスを見つめながら考える。とはいえ、あまり選択肢が無いことは分かっている。
(ここで断れば、俺は再び封印されるだろう。黒魔法が使えない今の状況では勝ち目はないし、仮に殺せたとしても間違いなく外に別部隊が待機している。この場で断る選択肢はない)
とはいえ、他人にいいように使われて納得できるようなルシフェルでもない。
「俺を封印し、俺の国を叩き潰したお前らに、俺が協力するとでも?」
アレクシオスが真面目な顔で答える。
「50年前の戦争は、貴方が仕掛けた戦いです。貴方が封印された際、私の祖父であるアレクスは命を落としました。お互い様ではないですか?」
その言葉を聞いて、ルシフェルは封印される前の戦いを思い出した。目の前のアレクシオスに、かつての宿敵であったアレクスの顔を重ねる。そしてアレクシオスの傍らに置かれた聖剣エクスクルスを眺めて呟く。
「アレクスはその剣で俺をぶった切りやがった。おかげで封印されている間も酷い目に遭ったぜ」
意外な言葉を聞いたアレクシオスが、疑問を口にする。
「封印されていても、意識などは残っているのですか?長い眠りにつくと聞いていましたが」
ルシフェルがうんざりとした顔をしながら答える。
「お前は、肺までぶった切られたやつが、スヤスヤ眠れると思っているのか?痛みと眠りの繰り返しだ。マジで最悪だったぜ!」
ルシフェルが深いため息をついた。これは本心だった。なので封印が解けて、ホッとしていた。
それを聞いてアレクシオスが少しだけ目を伏せて、済まなさそうな顔をする。ルシフェルはそんなアレクシオスを眺めて内心で呟く。
(変なところでお人好しだな。顔もそうだが、アレクスに全然似てねえ……)
ルシフェルが目を閉じて、少しだけ考える。
(何かをするにしても、情報が足りなさすぎる。50年だ。暫くの間は様子を見るしかないだろうな……)
ルシフェルが目を開き、その深紅の瞳でアレクシオスを見据えて言う。
「封印を解いてくれた分は感謝する。傷を治してくれたことにもな。まあ、その分ぐらいは付き合ってやるよ」
とは言え、ルシフェルはいいように使われるつもりはない。どこかで裏切るつもりではいる。それがいつになるかは、ルシフェルにも分からない。
アレクシオスもそれは理解している。分かったうえでルシフェルを解放した。それでも魔神と戦う上で、彼が必要だと確信している。
アレクシオスがルシフェルを見つめて礼を言う。
「では、よろしくお願いします。外へ出るので、私について来て下さい」
そう言って剣を掴んで立ち上がり、剣を鞘に納めながらローブを翻して部屋の隅に置いてあったランタンを手に取る。そして出口へ向かって行った。
光霧魔法の効果が切れ、部屋を暗闇が染め始めた。ルシフェルも立ち上がり、アレクシオスの持つランタンの灯りに向かって歩き始める。
ルシフェルがアレクシオスの背中を見つめる。ルシフェルはいずれこの背中を裏切るつもりでいる。
だが、それでも先ほど言った事の一分くらいは本心だった。




