魔人-3
怒り疲れたディアナが再び椅子に腰を下ろした。あまりにも怒り狂ったため、疲れて息を切らしている。怒りを放出して静けさの戻って来た頭で、ディアナが真剣に考え始める。
帝国の筆頭白魔法使いに本拠地がバレた以上、ヤツは必ず闇ギルドを、王国の王族を狙ってくるだろう。帝国との戦いになるけど、既に一度敗北している王国で立ち向かうのは難しい。私が直接出る!?それは、嫌だ。
ディアナがセレナという偶像を使って闇ギルドを管理しているのは、自身が表に出たくないという理由が大きい。そもそもわざわざ闇ギルドなどというものを立ち上げたのも、自らの顔を晒すことを回避するために行ったのだ。
彼女はランク4に到達したにもかかわらず、徹底的に危険を回避して300年以上を生きて来た。黒魔法使いが長生きするためには、そうしなければならないと彼女は知っている。
ディアナは疲れ果てた目で魔人を見下ろす。魔人は土下座のポーズをしながら頭を下げたままだ。
(こんな奴に関わったがために、こんな形で私の作った闇ギルドの300年の幕が降りるのか……)
ディアナは醒めた頭の中で、これまでの300年を振り返る。生き延びるために、危機を回避しながら300年を生きて来た。
(なんか、まあ、もういいかな。この辺が潮時かも……)
ディアナは自身が疲れてきていることに気がついた。闇ギルドの表として姿である王国は、既に帝国に敗れてその属国になっている。いずれは本拠地にまで手が及ぶであろうことは、彼女自身も薄々と予想していた。
ディアナは目を閉じて、深々とため息をついた。
「まあ、いいわよ。私の悪魔を紹介してあげる」
地面を見つめている魔人の後頭部にディアナの言葉が降って来た。ピクリと反応した魔人がその頭を上げてディアナを見つめて言う。
「え!?本当に良いの?」
ディアナはそれに答えず立ち上がり、近くにある絨毯を手でめくりあげて、軽く加速魔法を撃ってそれを転がした。その下には大きな魔法陣が描かれている。立ち上がった魔人がその魔法陣をまじまじと見つめながら呟く。
「召喚命令の完成度が凄い。初めて見たよ、こんなの!」
呑気に魔法陣の術式に夢中となっている魔人を尻目に、ディアナは魔法陣に向かって悪魔召喚を使い始める。
魔法陣の中央から灰色の棒切れのようなものが生えて来た。人の高さほどのそれは巻物が広がるように空中に広がり、人間大ほどの円筒を形作る。その円筒がストンと落ちたかと思うと、その中から悪魔が出て来た。
老人のような風貌。銀髪をオールバックに、仕立ての良さそうなタキシードを着こなし、片眼鏡をかけた執事のような老人。見た目には人間のようだった。
悪魔がディアナに向かって口を開く。
「貴方が私を他人に紹介するなどとは珍しいですね。1000年ぶりでしょうか?」
ディアナが呆れたように悪魔を見ながら言う。
「300年じゃないの?悪魔って時間の感覚だけはなんか駄目よね」
そう言った後でディアナが魔人の方を向いて言う。
「これが私のランク4の悪魔よ」
魔人はディアナに礼を言うと、悪魔に向かって頭を下げる。悪魔も魔人に頭を下げる。紹介の終わった悪魔は再び円筒を纏うと、そのまま落ちるように魔法陣に消えていった。
紹介を終えたディアナが魔人を見つめて聞く。
「貴方、生贄の当てはあるの?」
魔人はディアナの方を向いて答える。
「いや、全然。とりあえず悪魔を見つけてから考えようと思っていた」
それを聞いたディアナは、召喚体のセレナに近づいて行く。そしてセレナの召喚を解いた。召喚の解かれたセレナが脊柱の巻き付いた杖へと戻って行く。
ディアナは床に落ちたその杖を拾うと、それを魔人に投げ渡した。魔人は手でお手玉をするようにその杖を何とか受け取る。
「その杖、貴方にあげるわ。好きに使ってもいいわよ」
魔人が驚いたような顔をしてディアナを見た。闇ギルドを支配している召喚体セレナを渡すということは、闇ギルドの支配権をそのまま魔人に譲るという事を意味している。
魔人がディアナに聞く。
「なんで?ランクを上げるために闇ギルドを作ったんじゃないの?」
高レベルの黒魔法契約のためには、多くの生贄が必要になるからだ。その問いにディアナが答える。
「300年くらいやってみたけど、なんか駄目みたいね。ランク11や8で生贄の条件が変わったみたいに、ランク3からは別の条件になるんだと思う。条件を満たすと悪魔の方から出て来ると思うんだけど、結局今まで現れなかったから……」
ディアナが少しだけ笑いながら続ける。
「私はアレクシオスに顔が割れちゃったから、暫くは行方をくらませるための旅へ出るわ。貴方はアイツらに狙われているんでしょう?せいぜい派手に戦って頂戴」
それだけを言うと、ディアナはランタンを持ってその場から出て行った。魔人は杖を持ったまま、無言でディアナを見送っていた。




