魔人-1
時計をアレクシオスがディアナから探知魔道具を受け取り、墓場から宿屋に戻った時まで巻き戻そう。
王城の地下遺跡にある豪華で大きな扉が開き、中から一人の老人が現われた。もじゃもじゃの髪の毛と髭は真っ白になり、その隙間から覗く顔には深い皺が刻まれている。ルーデルだ。
そのルーデルの元にランタンを持った黒髪の少女ディアナがやって来た。ディアナがルーデルを見ながら、普段と変わらない様子で言う。
「終わったのですね。貴方の連れも仕事が終わり帰還しました。貴方はどうなさいますか?」
それを聞いたルーデルがディアナに顔を向けて答える。
「最後に、冥府の女王様にお会いしたいです」
ルーデルはガロからこの話を聞いていた。王族に寿命を捧げた者は、神である冥府の女王への謁見が許される。そして女王に抱擁され、その祝福と共にあの世に行けるのだと。
ルーデルはもう疲れていた。もう早く楽になりたかった。
ルーデルの言葉を聞いたディアナは何も答えず、かび臭い闇に覆われた通路へと歩みを進める。ルーデルもその後ろ姿を追った。
長い通路の終端。そこには壁に大きな女性の肖像画の掛かっている豪華な部屋があった。ルーデルがその肖像画を見上げる。ランタンでその肖像を照らすディアナにルーデルが尋ねる。
「この方が冥府の女王なのですか?」
ディアナが微笑を浮かべながら答える。
「ええ、この方が我々の神である冥府の女王セレナ様です。この絵は遥か昔に描かれた物ですが、彼女は今でもこの姿で生きておられます」
そう言ってディアナは部屋の更なる奥へと向かう。ルーデルもその後に続く。
最奥の部屋に辿り着いた。その部屋にいたのは、妖艶な白髪の女性。白い肌と白髪に浮かぶ深紅の目と紅の引かれた唇が、鮮やかな美しさと共に残酷さを生むかのようであった。
豪華な椅子に座った女王はルーデルを見下ろす。ディアナが深々と女王にお辞儀をすると、その顔を上げて女王にルーデルを紹介する。
「この者は王族たちへの寿命の割譲という大任を果たしました。その功績の対価として、女王様より賜ります、深淵への眠りを望んでいます。どうかこの者に御慈悲を!」
女王がその口を開く。
「良いだろう。お主の願い、聞き届けた」
女王が椅子から立ち上がり、ルーデルを見下ろす。ルーデルは女王をじっと眺めている。それを見たディアナが口を挟む。
「頭が高いわ。女王からの祝福です。頭を垂れなさい!」
ルーデルはディアナの言葉を無視しながら女王のその深紅の瞳を見つめる。そして白いもじゃもじゃのひげに覆われた口を開いた。
「えっ、この人って召喚体だよね?本当に女王?違わない?」
今までとは明らかに違うルーデルの口調に、ディアナは目を細めて睨むような目でルーデルを見つめた。そのルーデルから次々に様々な口調の言葉が飛び出していく。
彼の中のドナルドが言う。
「冥府の女王は召喚体だったのか。だから300年もそのままだったってこと?」
彼の中のモリガンが言う。
「言っておくけど、私だって知らなかったんだからね。ガロも知らなかったんだから仕方ないでしょ!」
彼の中のミストが言う。
「なんだかんだでみんな同じことを考えるんだな」
彼の中のオルドが言う。
「だがまあ、スケールは違う。流石は冥府の女王と言ったところだな」
彼の中のファンズが言う。
「凄くよくできていた召喚体だったけど、やっぱり召喚体特有の動きの切れ目があるよね」
彼の中のアクストリウスが言う。
「ええ。どうしても召喚体の行動パターンは有限ですからね。見る者が見れば気がつきます。だからこそこうして普段は隠れているのでしょう」
彼の中のルーデルが言う。
「だとしたら、誰が彼女を動かしているのでしょう?」
壁に掛かった蝋燭の揺らめく光と、ディアナの持つランタンの灯りは、その男にいくつもの影を生み出していた。そんな男の中にいる多数の人格が、意志を持って口々に騒ぎ始める。
ディアナがその男に向かって静かに口を開く。
「貴方は、貴方たちは、誰?」
口々に話していた者たちが口を閉じて静かになった。そして考えるような素振りを見せて、暫くしてからその一つしかない口を開く。
「えーと、最近では魔人、って呼ばれてるよ」




