冥府の女王
ルーデルが扉に消えていった。アレクシオスは大きく豪華な扉をじっと見つめる。ディアナがその光景を見ながら、特に感情の高ぶりもなく言う。
「さて、後は探知魔道具の修理ですね。私は一旦この場を離れます。最初に言った通り、勝手に出歩かないでくださいね」
ディアナはそう言うと、隣の通路の暗闇に向かって歩いて行く。ランタンの灯りと共に、その場を去っていった。
暫くしてからアレクシオスは感覚強化魔法で聴覚、視覚、嗅覚を強化して、暗闇の中でも狩りをする獣がごとくディアナの動向を探る。靴を脱いで足跡を消し、ディアナを静かに追跡する。
ディアナの足跡がこだまする。かび臭い暗闇の中、アレクシオスが浅く狭く呼吸をしながら、細心の注意を払い追跡していく。
ディアナが迷路のような地下遺跡を、迷う様子もなく右へ左へと曲がり歩みを進めていく。アレクシオスは頭に通路を描きながら、ディアナの跡を辿る。
その追跡は長い時間に及んだ。
ディアナがある部屋に辿り着いた。扉は既に朽ち果てており、入り口がむき出しになっている。アレクシオスが部屋の入り口から覗き込んだ。その部屋には壁に大きな女性の肖像画が掛かっていた。黒のドレスに身を包み、深紅の瞳で妖艶にたたずむ白髪の美女。
(あの肖像画がセレナ、冥府の女王か……)
ディアナは部屋の奥へと向かって行く。アレクシオスにはある確信があった。それを確かめるために、アレクシオスは危険を承知で部屋に忍び込んでいく。ディアナの向かった部屋の奥には、更に奥へと向かう扉があった。ディアナがその扉に吸い込まれていく。
アレクシオスがその扉の隙間から奥を覗いた。そこに居たのはディアナと、大柄なもう一人の女性。
深紅の目。腰ほどもある白髪。紅の引かれた唇。妖艶な美女。
先ほど見た肖像画から抜け出してきたかのような似姿がそこにあった。
(やはり、生きていたのかセレナ。冥府の女王!)
女王は豪華な椅子に座り、蝋燭の揺らめく炎で照らし出されている。ディアナは女王にお辞儀すると、壊れた探知魔道具を女王に差し出した。女王が探知魔道具を手に取り観察し、再びディアナの手に戻して何かを指示するかのように呟いた。ディアナは更に部屋の奥へと向かって行く。
ディアナはアレクシオスの覗き込む角度からは見えなくなった。
状況を概ね確認したアレクシオスは、静かに部屋から抜け出して、来た道を引き返していく。静かに、しかし急ぎ足で歩きながら、アレクシオスが思考する。
(伝承の通りであれば、セレナのランクは4以上!ランク6の魔人と同時に相手をすべきではない。悔しいが暫くは泳がせるほかないだろう……)
アレクシオスが再びルーデルの入っていた扉の前に辿り着いた。アレクシオスは扉に飲み込まれたルーデルを思い出しながら、悔しさでその手を握りしめていた。
暫くしてディアナがランタンの灯りと共に、通路から戻って来た。その手には探知魔道具が握られている。
「修理は完了しました。これで再び使えるようになっているでしょう。確認してもらえないでしょうか」
そう言ってディアナが探知魔道具をアレクシオスに差し出す。アレクシオスは探知魔道具を受け取ると、そのコンパスのような針が動くことを確認した。
「動いているようです。この針の指し示す先が、闇ギルドの裏切り者、魔人の居る場所なのですね」
そう言ってアレクシオスが探知魔道具を鞄にしまった。ディアナがその様子を見つめた後で、アレクシオスに向かって言う。
「これであなたのお仕事は完了ですね。では外までお送りいたします」
そう言って、ディアナが墓場に戻る道へと歩き始めた。
墓場に二人が戻った頃には、既に明け方に近づいていた。空から星が消えはじめ、東が明るくなり始めている。
アレクシオスがディアナに向かって聞く。
「ルーデルはどうなるんですか?」
ディアナが興味無さそうに答える。
「彼が言った通り、全ての寿命を捧げるわけではありません。ですが役目の終わった彼には最後の仕事があります。それは貴方の任務には関係のない話です。貴方は自分のなすべき仕事をなさってください」
そう言ってディアナが再び墓穴に消えていった。墓石が静かにスライドして、元の場所に戻って行く。
アレクシオスは何もないかのように元に戻った墓石を見ながら、呟く。
「自分のなすべき仕事、か。言われなくても、そのつもりだ」
魔人の討伐。
闇ギルドの殲滅。
アレクシオスが探知魔道具を取り出して、その針の指す先を見つめる。
まずは魔人を倒す!そして闇ギルドも倒す!
アレクシオスは探知魔道具を握りしめながら、その歩みを進めていった。




