50年前の痕跡-1
「意外と大きな都市だね」
アレクシオスが周りの建物を見渡しながら呟いた。帝都ほどではないが、石造りの建物と街路が続く豊な都市に見える。人々が往来して、騒めく声があちらこちらから聞こえる。アストライアも周りを見渡しながら答える。
「帝国が王国を倒してから、帝国との国境に近いこの都市は流通が増えて大きくなったそうよ」
ルーデルも無言で街の様子を見渡す。
三人は宿屋に向かった。
アストライアが染料を片手に持ちながら、大きな湯たらいの前に胡坐をかいて座っているアレクシオスに尋ねる。
「本当にやるの?」
アレクシオスが自分の銀髪を染めると言い出したのだ。アレクシオスが湯たらいを見つめながら答える。
「顔が割れると色々と面倒だからね。せっかくだから一般人に紛れ込んで色々と調査したいんだよ」
アレクシオスは有名かつ帝国の要人なので、王国の街の公人に見つかると良くも悪くもマークされる。魔人の調査をするために、そう言った面倒事を避けたいのだ。
アストライアが歯を食いしばりながら、アレクシオスの輝く銀髪を見下ろす。昔からアストライアはアレクシオスの銀髪が好きだった。それを真っ黒に染めるなど、あまりにも惜しくて気後れしている。
アレクシオスが振り向かず、後ろのアストライアに言う。
「なんで君が嫌そうにするんだよ。早くやってくれないか?」
見かねたルーデルが口を挟む。
「私が代わりましょうか?」
アストライアが鬼の形相でルーデルを睨んだので、ルーデルはすぐさま口を閉じて目を逸らした。
覚悟を決めたアストライアが染料を手に絞り出すと、アレクシオスの銀髪の根本から丁寧に染料を刷り込み始めた。
「これで良し。後は伊達メガネでも掛ければ、まあバレないだろう」
アレクシオスが鏡を見ながら満足そうに呟いた。後ろではアストライアが悲しそうにその後ろ姿を見つめている。アレクシオスが振り返ってアストライアに言う。
「アストライアも何か変装をした方が良いんじゃないか?せめて髪を隠すとか。君、目立つし」
アストライアは大柄で豊満な金髪の美女なので、どういう立場とか関係なく目立つ。それを聞いたアストライアがピクリと反応した。危機を感じたルーデルが忍び足で後ろずったが、アストライアの反応は意外なものだった。
「だったら、アンタが私の髪をまとめてよ。昔はたまにやってくれたじゃない……」
アストライアが目線を床に落としながら、恥ずかしそうに床をつま先で蹴る。それを聞いたアレクシオスがアストライアに言う。
「分かったよ。だったら早くここに座って」
そう言ってアストライアを鏡の前の椅子に座らせると、慣れたような手つきでその豊かな金髪をまとめ上げた。
帽子を被り伊達メガネをかけたアレクシオスが街の役場に来ている。
「帝国と王国の交流のために、この街を帝国に紹介する記事を書いているんです。もしよろしければ、詳しいお話を伺えないでしょうか?」
役人は胡散臭そうにアレクシオスを見つめる。アレクシオスはめげずに、真剣な表情で言葉を重ねていく。
「来年は王国と帝国で起きた戦争が終わってから40年が経ちます。もしかしたらこれを機に何かしようとする人達が出るかもしれません。事実、魔族の国ヴォルガルドでは新生魔王軍という形で不満が噴出しました。そう言ったことを未然に防ぐためにも、交流して互いを理解し合うべきだと思うのです」
アレクシオスの真摯な言葉に、対応していた役人も徐々にその気になって来た。役人が心を許したように、何気ない話をアレクシオスに振っていく。
「最近では演劇が有名ですね。それに伴って多くの芝居役者や、演劇の演出人なんかが集まってきます」
と言った最近の話や、
「40年前、王国と帝国の戦いが終わってから、この街は帝国と王都、王都と他の都市との交易の拠点として発展してきました」
と言った都市の成り立ちについてアレクシオスに話していく。アレクシオスは真面目にそれらの話のメモを取っていく。
役人が続ける。
「そう言えば、最近話題の魔人が50年前にこの都市にいたそうですよ。なんでも娼館を経営していたそうです」
それを聞いたアレクシオスが喰いついた。
「そのお話、もう少し詳しく聞かせていただくことは出来ますか?」




