第37話 潜入とガリアの森
ルウトが森へと入っていった頃、アルは自宅でパメラと話合っていた。
「心配だな……いくら大勢の騎士団がいるとは言え、あのガリアの森の深部へ行くんだぜ」
「そうね、でも私たちにはどうすることも出来ないわ」
「そうだよな……それにコイツ」
アルの目の前にはニジがプルプルと体を揺らしている。ルウトが狭い水筒に入れておくのが可哀そうだと言って、アルに預かってもらっていた。
「預かったはいいけど、コイツどう世話すればいいんだ? スライム以外に何か食うのかな?」
「それは分からない。この子の生態は謎の部分が多いし」
「それに、さっきから変な動きを繰り返してるんだけど……」
ニジはキラキラ光る体を器用に動かし、何かを訴えかけるように二人に見せていた。
「俺たちに何か伝えたいのかな?」
「う~~~ん」
パメラはニジを机の上に置き、つぶさに観察しようとする。だが、漠然としたニジの動きは容易に理解できない。
「ひょっとして、ルウトやコロに関すること?」
パメラの言葉にニジが反応し、ウンウンと頷くような仕草をした。
「当たってるんだ! こうやって“はい”か“いいえ”で答えられるような聞き方をすれば分かるんじゃないか?」
「二人に会えなくて寂しいってこと?」
今度は体を横に振るような仕草を見せる。
「違うのか……じゃあ、二人が危ないって言いたいのか?」
ニジは激しく体を縦に振る。
「危ないってことなの!?」
「でも、どうしてそんな事が分かるんだ?」
ニジは、その後もヘンテコな動きを繰り返す。アルとパメラは真剣に意図を汲み取ろうとした。そして――
「ルウトやコロの所に連れてけって言ってるの?」
ニジは今までで一番体を震わせ、同意しているようだった。
「自分が何とかするってことか!? いや無理だろう」
「そうだけど、ニジはやる気みたいよ」
アルとパメラは困惑してしまう。ニジには不思議な力があるのは知っているが、正直とても戦闘向きではない。
ガリアの森は激しい戦いになるだろう。そんな所に自分たちが行ってもいいものか悩んでしまった。
「それに、今から行ったって追いつけないよ。向こうは馬だぜ! どうやったって無理だ」
アルの言葉にパメラは、何かを思いついたようだ。
「一つだけあるわ! 馬より速い移動手段が」
「え?」
◇◇◇
休校で誰もいないはずのクレティアス学院にパメラとアル、二人の姿があった。
広大な敷地面積のある学院の奥には、アモンズが管理する飼育場がある。普段は立入禁止だが、休みになっているため咎める者は誰もいない。
アモンズ自身もガリアの森へ討伐に向かったので不在だ。
パメラたちは飼育場の更に奥。“魔獣”がいると言われる地下施設に入っていく。檻に入った様々な魔獣が唸り声を上げていた。
そんな中パメラは、お目当ての魔獣を見つける。
「おい、こいつって……」
「そう、この魔獣なら、あっと言う間にルウトに追いつくわ」
しかし強固な檻に入れられた魔獣は、とても出せそうにない。そのことをアルに指摘されると、パメラは余裕の笑みを見せる。
「そのためにニジがいるのよ!」
パメラはニジを地面に置くと、「頼んだわよ」と言って檻の中の魔獣を指さす。ニジは体の一部が長く伸ばし、魔獣の体に触れる。
キュルキュルと伸びた体を戻し、元の姿になったニジ。「これでよし!」と言ってパメラは地下から外へと出て来た。
「うまく行くかな?」
「やってみなくちゃ分からないわよ、ニジお願いね!」
ニジはプルプルと体を震わせ、徐々に変化させていく。パメラの眼前にいるスライムはどんどん巨大化し、一体の魔獣へと変貌した。
「さあ、乗りましょう」
「え、ちょ、ちょっと待てよ、パメラ!」
二人は魔獣の背中にしがみつく。
大きな翼を広げ、空に舞い上がった“ワイバーン”は、一路ガリアの森に向かって滑空する。
「行っけーーーーー!!」
「うわぁぁぁあーー!!」
楽しそうに笑うパメラと、泣きそうなアル。対照的な二人を乗せたワイバーンは、馬の数倍の速さで大空を駆けた。
◇◇◇
ガリアの森に入ってから数時間が経った。騎士団の先頭にいる人たちは、すでに交戦状態に入っている。
魔法による爆発音がここまで響いていた。
僕が抱いているコロも、不安そうに辺りを見回している。「大丈夫だよ」と宥めるが、僕自身も不安で仕方なかった。
「第一大隊が増援を要請しています。いかがされますか?」
トリーヤ様の近くにいるのは騎士団長のライカさんだ。ライカさんの元には慌ただしく伝令の人が来て、状況を説明している。
「被害の多い所には順次戦力を投入してゆけ! 目的の魔獣が出てくるまで必ず持ちこたえろ!!」
トリーヤ様が指示を出し、ライカさんが現状に対応していく。
だけど魔獣に襲われているのは先頭だけではない、四方八方からも怒声や悲鳴が聞こえてくる。
恐怖が高まり始めた時、前方から一際大きな叫び声が聞こえてきた。
見ると土煙を上げながら何かが迫って来る。ライカさんが守りを固めろと指示をだすが、それを蹴散らし進んで来た。
巨大な猪だ。体高で三メートル以上ある。
しかも一頭ではない。三頭が一つの塊のように向かってくる。騎士団も全力で止めようとするが抑えきれない。
激しい衝撃があり、視界が暗転する。気づくと目の前に地面があった。僕とコロは馬から投げ出されたようだ。
ズキズキと痛む体を起こし辺りを見ると、トリーヤ様やライカさんも倒れていた。猪に吹っ飛ばされたんだ。
二人とも立ち上がろうとしている、無事なようでホッとした。
だけど僕が抱いていたコロがいない。
「コロ!!」
大声で叫ぶと「プー」と鳴き声が聞こえる。振り返ると、こちらに向かってコロが走って来た。かなり遠くまで吹っ飛んでたみたいだ。
「良かったコロ! ごめんね、手を放して」
「プゥーー」
僕はコロを抱きかかえ、トリーヤ様の元へ行こうとした。その時、上空からキーキーと怒りに満ちた鳴声が聞こえてくる。
見上げると薄暗い森の上から多数のガーゴイルが鋭い爪で騎士団に切り掛かっていた。更には空を飛ぶ巨大なムカデのような魔獣もいる。
ムカデはゆっくりと下降し、強靭な顎で騎士の鎧や盾を噛み砕く。
地上では大型の魔獣、血舐め熊やダイアウルフが集団で襲って来た。
そして止めることの出来ない巨大な猪が再び向かってくる。為す術なく蹂躙され、瓦解していく討伐隊を目の当たりにして、僕は改めて思った。
ガリアの森の深部……やっぱり人が入っていい場所じゃないんだ。




