第28話 疑惑と異変
ルウトが学校に行っている間、コロは家でルウトの母、アンナとお留守番をしていた。アンナが洗濯物を干していると、コロも外に出てくる。
「いい天気ね、コロちゃんも気持ちいいんじゃない?」
「プーー!」
コロはご機嫌で、庭を駆けまわっていた。
「あんまり遠くへ行かないようにね」
「プゥ!」
コロはアンナから離れて、少しだけ森の近くまで走った。だが途中で足をピタリと止める、よく分からない違和感があったからだ。
森の奥……何かいる。コロは胸がざわつくのを感じていた。
◇◇◇
クレティアス学院、学院長室。
ソファーに腰を掛けていたのは学院長のスノウ・フォレスト。対面には聖十字教会司教トリーヤ・バルドウの姿があった。
トリーヤは目の前に用意された紅茶に口をつけ、持っていたカップを静かに受け皿に戻す。「フォフォフォ」と笑うスノウと、穏やかに会話をしていた。
「やはり、ここに来た目的は環境の変化を調査するためかのう」
「はい、教皇様の命により六人の司教は各地に散りました。北の地では巨大な氷山が溶け、東の地では森林が砂漠化しているそうです」
「ふむ、噂には聞いていたが、思っていたより深刻なようじゃのう」
スノウもまた、テーブルの上に用意されていた紅茶を口に運ぶ。紅茶の表面が揺れているのを見ながら、最悪の事態を考えていた。
「魔獣の活動も活発になっておる。それも明らかにおかしい……バリスクの街まで来た一番の理由はそれじゃな?」
「……はい、ガリアの森周辺を調べましたが、森の浅い箇所にまで魔獣の痕跡がありました。通常の動物も生息域が変わっているようです」
「“深緑の隠者”がおるのだ。魔獣が人間の生活圏に来ることは無いと思うがのう」
「それが……」
トリーヤは口ごもり、険しい顔になった。よほど言いにくい事があるのかと、スノウは心配になる。
かつて魔道を教えた愛弟子。その弟子が困っているなら、力になってやりたいと思っていたが――
「……聖獣の確認に行っていた騎士団の報告では……アグリロートスの姿は無かったそうです……」
「なんじゃと!?」
予想外の言葉にスノウは驚愕した。聖獣は決まった生息地に留まる。その場所で生きるのに必要な“マナ”を取り込むためだ。
にもかかわらず、その場所にいないということは聖獣にとって死を意味する。
「バカな……」
「まさかとは思いますが、魔獣に襲われたということは……」
「ありえぬ! アグリロートスは七大聖獣の中でも唯一“聖なる光”を使える聖獣じゃ。魔獣は襲うどころか、近づくことも嫌がるはず」
部屋を沈黙が支配する。二人はこれがどれほど深刻な事態か分かっていた。
「もし本当にアグリロートスがいなくなってしまったら……」
「彼の聖獣は、ワシら人間が住む街と、ガイアの森の奥にある深淵の谷との中間地点におった。そのおかげで人々は平和に暮らすことが出来たのじゃ」
「その聖獣がいなくなるなど由々しき事態です」
「いつ何が起こってもおかしくないのう」
「スノウ先生、聖獣がいなくなる理由に心当たりはありませんか? このままではバリスクは人の住めない街になってしまいます!」
「ふぅむ……」
スノウは腕を組み、目を閉じて考え込む。
「あるとすれば、“人”が聖獣を連れ出したのかもしれぬ」
「人が!? そんなバカな! 信仰すべき聖獣を捕えるなど、そんなことをする人間、いるはずが――」
「一人馬鹿げたことをやりそうな人間に心当たりがある。違っていてくれればいいのじゃがのう」
◇◇◇
アルとパメラはコロに会うため、僕の家まで来てくれた。
「ただいまー、母さん。アルとパメラが遊びに来たよ」
僕が声を掛けると、奥の部屋から母さんの「ハーイ」と声が聞こえてくる。小走りにこちらに来るが、何か様子がおかしい。
「あら、いらっしゃい。アル君、パメラちゃんゆっくりしていってね」
「母さんどうかしたの?」
「それが、コロちゃんが変なのよ!」
「コロが!?」
急いで部屋に行くと、コロがベッドの上で丸まり、小刻みに震えている。何かに怯えているようだった。
「どうしたの、コロ?」
「プープー」
コロは何かを訴えかけてくる。抱き上げて落ち着くように撫でるが、コロの不安は収まらないようだ。
「なあ、ルウト? コロは何か言ってるのか?」
「何か、ガイアの森から怖い物が来るって……」
「ガイアの森から?」
「それよりルウト、よくコロの言ってることが分かるわね。アルも、ちょっとは不思議に思わないの?」
パメラが呆れ顔で言ってくる。
「信頼があれば、言葉ぐらい分かるだろう」
「分からないわよ!」
僕は部屋の窓を開けて、外の様子を見た。
既に日は沈み、辺りは暗くなり始めている。ガイアの森は一見変わりないように感じるが、何故か嫌な雰囲気がある。
灰色熊のような危険な動物がいるのかとも思ったけど、そんなレベルじゃない。
何か途轍もなく良くない事が起こりそうな………。
カンッ、カンッ、カンッ!
「なに?」
「何の音だ!?」
激しい音に、パメラとアルが困惑する。
これは確か緊急事態を告げる鐘の音じゃないのかな!? 今まで一度も聞いた事が無かったけど、父さんが以前そういう鐘があると言っていた。
「やっぱり何かあるんだ。避難しなきゃ!」
◇◇◇
薄暗くなり始めたバリスクの街で、大勢の騎士が行進していた。先頭にいるのは司教のトリーヤ・バルドウ。
その隣には騎士団を統率する騎士団長、ライカ・エンバードがいる。
屈強な体躯で、髭を生やした精悍な顔立ちをしているライカ。トリーヤよりも年配だが、若くして大司教にまで上り詰めたトリーヤを心から尊敬していた。
彼等は街の外で待機していた五千の騎士団から五百名を率いて、ゴドリックの屋敷に向かっている。
逃げられないよう屋敷の四方を囲むと、正門からゴドリックを尋ねた。
「こ、これはトリーヤ様。今日はどうされましたか?」
慌てて出てきたのは、この家の執事だった。
「クレーバー氏にお会いしたかったのですが、ご在宅ですか?」
「申し訳ありません。主人は只今出かけておりまして……」
「それはおかしいですね」
トリーヤは困り顔で、わざとらしく顎に指を当てる。
「家の中にいることは事前に確認しているのですが……本当にいらっしゃらないのですか?」
「いや、それは……」
執事は顔面蒼白でしどろもどろになり、何とか言い繕おうとしていた。それを見たトリーヤは無駄な問答だと思い、騎士たちに家の捜索を命じた。
「お、お待ちください!」
数十名の騎士が家に雪崩込み、それほどの時間を掛けることなくゴドリックを見つけ出す。庭に引きずり出されたゴドリックは騎士たちに喚いていた。
「ワシを誰だと思ってるんだ! 許さんぞ貴様ら!!」
激高しているゴドリックだったが、トリーヤの姿を見ると「ヒッ」っと情けない声を上げて、借りて来た猫のように黙りこむ。
「ご無礼をお許しください、緊急の要件でしたので」
「トリーヤ様、私が何をしたと言うのですか!?」
「それを知りたいんですよ」
全てを見通すような翡翠色の瞳がゴドリックを捉えて離さない。ニッコリと微笑むトリーヤを見てゴドリックは背筋が凍るのを感じた。
「全てを話してもらえますか? クレーバーさん」




