第27話 来客と眩暈
檻を持った男の人は、檻をゆっくりと床に置き、中からコロを抱き上げて取り出した。コロは「フー!」と鳴きながら藻掻いている。
「フフ、私は嫌われてしまったかな?」
「ルウト、この司教様がコロを連れて来てくれたのよ。お礼を言いなさい」
「司教様!?」
司教様って物凄く偉い人なんじゃなかったけ、教会のことは詳しくない僕でも、それぐらいの知識はあった。
「そうだぞ少年、トリーヤ様のご助力があったおかげで連れて帰れたのだ。審議会では処分されると決議されておったからな」
「やめないか、ピオ」
司教様の隣にいた男性がそう言ったので僕は凄く驚いた。司教様のおかげでコロは助かったのか……。
「司教様、ありがとうございます! コロが戻ってきて、とっても嬉しいです」
「この動物はコロって名前なのか、良かったねコロ」
司教様はコロに顔を近づけ、笑顔でモフモフしながら揺らしていた。
「プーーッ!!」
コロは前足で、司教様の右頬を思いっきり殴り飛ばした。
「「「なーーーーっ!?」」」
手から飛び降り、僕の胸に飛び込んでくる。
「プーー!」
「コロ! 司教様に何てことを……」
「アハハハ、やっぱり嫌われているようだ」
司教様は笑顔で流れる鼻血を拭っていた。
「もももも、申し訳ありません!!」
「せ、責任は全て親の私たちにあります! お叱りは私たちが!」
父さんと母さんが膝を突いてあやまっている。コロがとんでもない事をしたんだとゾッとした。
恐る恐る司教様を見ると、穏やかな顔で首を横に振っていた。
「いやいや、やめて下さい。不注意だった私が悪いのです」
「しかし……」
父さんの言葉を手で制止、司祭様は微笑んで僕に話しかけてきた。
「今日、私が来たのはルウト君、君に話を聞きたくてね。大勢で押し掛けてしまいました」
「僕にですか?」
父さんと母さんは立ち上がり、「それではこちらへ」と司祭様をリビングへとお通しする。僕もコロを抱きかかえながら、ついて行った。
父さんに座りなさいと言われ、リビングの椅子に腰かける。
両親は立ったままでいようとしたが、司教様に「座って下さい」と促され僕の隣に座った。
テーブルには僕を中心に左右には父さんと母さん、対面に司教様が座り、御付きの人たちが後ろに並んで立っている。
「そう畏まらないで、ルウト君。簡単な質問があっただけなんだ」
「は、はい」
「まず、その獣。コロはどこから連れてきたのかな?」
「ガイアの森です。家に近い所まで来ていました」
いくら司教様でも、いきなり本当のことなんて言える訳がない。何とか、コロのことやガラスの板のことは隠し通さないと。
下手をしたら、またコロが連れて行かれるかもしれない。
「そうか……ここはガイアの森から近いからね。よくガイアの森には行ったりするの?」
「はい、奥にまではいきませんが、昔から遊びに行ったりします。でも最近、灰色熊が出たんでなるべく近づかないようにしています」
「それは聞いてるよ、危なくなっているようだね。他にも変わったこととか、あるいは気づいたことなんてあったかな?」
「あとは……スナアルマジロが森にいたり、ちょっと昔とは違う感じがします。うまくは言えないですけど……」
「そうなんだ」
司教様は何かを調べてるんだろうか? 僕が知ってることなんてほとんど無いけど、こんな受け答えで大丈夫かな。
「ところでコロは君に凄く懐いてるみたいだけど、最初から仲がいいの?」
「はい、最初から懐いていました」
「…………そう、最初からなんだ」
その後、いくつか質問されて「いや~遅い時間に長居して申し訳ありません」と謝り、司教様は御付きの人たちと一緒に帰り支度を始める。
僕と両親は外まで見送りに出て、「ありがとうございました」と改めて頭を下げる。司教様は「大した事はしてません」と言って帰ろうとした時――
「そうそう、ルウト君。言い忘れていたが、審議会ではコロの処分が決まってしまったので、助けるために教会預かりにしたんだ。大丈夫だとは無いと思うけど、コロが何か問題を起こしたら教会で保護することになるから、気を付けてね」
「はい、分かりました。本当に色々ありがとうございます」
司教様は僕の言葉に安心したように、ニッコリ笑い帰っていった。
コロを取り返してくれたことに、心の底から感謝する。司教のトリーヤ様か、偉い人なのに感じのいい人だったな。
そんな事を考えながら、夜の闇に消えていく司教様の背中を見送った。
◇◇◇
ゴドリック邸――
ゴドリック・クレーバーは青ざめていた。コロを教会に取り上げられたことも痛手だったが、それ以上に問題だったのが“聖獣”の所在だ。
「まだ見つからんのか! あんなにデカイ獣なんだぞ、そう簡単に見失う訳ないだろうが!!」
「しかし、どれだけ探しても痕跡一つありません」
執事がゴドリックをなだめるように言うが、怒りは一向に収まらない。
「分かっているのか!? あの“聖獣”を捕まえるのにどれだけの金と労力を使ったと思っているんだ。買い手も見つかっていたのに……」
ゴドリックは聖獣を捕えるため、金でどんな悪事にも手を染める連中に金を叩いていた。それは退魔の力を持つと言う、ガイアの森の聖獣を高値で欲しがる金持ちがいたためだ。
それなのに、その聖獣が忽然と姿を消した。
「消えて無くなる訳がないだろう、どこかに逃げたんだ!」
「旦那様、もしかしたら死んだのかもしれません」
「何だと!?」
執事の予想外の発言に、ゴドリックは驚倒する。
「聖獣は死ぬと、死体を残さず消えると何かの本で読んだことがあります。あの聖獣は、ここに来た時から具合が悪そうでした」
「そ、そんな……聖獣のためにガイアの森に近い環境を地下につくったんだぞ……なのに死んだというのか!?」
ゴドリックは眩暈がし、足元がフラつく。それは単に金を失ったからではない、聖獣は国にとって信仰の対象。
その聖獣を死なせたとなれば、間違いなく死罪だ。
まして今、街には聖十字教会の司教が来ている。何もかもがゴドリックにとって悪い方向に進んでいた。
心配そうに自分を見つめる執事に、語気を強めて言い放つ。
「いいか、このことは誰にも知られてはならぬ、絶対にだ!」
◇◇◇
翌日―― 僕は、アルとパメラに昨日コロが戻って来たことを伝える。
二人とも大喜びしてくれて、ホッとした様子だ。こんな時、同じクラスだったら良かったのにと心底思う。
「本当に良かった。昨日、審議会があるって聞いて心配してたの。それで司教様が助けてくれたってどういうことなの?」
「僕も詳しくは分からないんだけど、司教様が口添えしてくれたんだって」
「きっと学院長よ! 学院長が司教様にゴドリックの横暴を訴えてくれたのよ。教会があんな理不尽を見過ごす訳ないわ!」
「それで今日、帰りにコロに会いに行こうと思うんだけど、お前もルウトの家に来るだろう、パメラ」
「当然よ! この前捕まった時はちょっとしか会えなかったしね。久しぶりに丸っこい体をモフモフしたいわ」
僕たちは笑いながらコロのことを話した。こんなに楽しい気持ちになったのは、いつ以来だろう……。
やっと、やっとコロが戻ってきたんだ。




