第24話 コロと聖獣
ガチャリと頑丈な鉄の扉が開く。
「おい! 飯を持ってきてやったぞ、少しはありがたく……」
コロの世話を任されている男が、いつものように食事を運んできた。だが目の前の光景を見て血の気が引いていく。
檻には穴が空き、捕らえていた“魔獣”はどこにもいない。
「おいおいおい、嘘だろ!!」
男は持ってきた餌を盛大に放り投げ、慌てて檻をどかす。床には穴が空いており、下の階まで貫通している。
「た、大変だ!」
男は部屋を飛び出し、廊下を走って上の階へと報告しに行く。逃げ出した魔獣が下の階に行ったことが、より事態を深刻にしていた。
◇◇◇
「何かおかしいわ」
僕たちの先頭を歩いていたパメラが、手を軽く上げて動きを止める。見ると警備の人や、お手伝いさんが慌ただしく駆け回っていた。
「何だろう? 何かあったのかな」
「分からないわ。でも、この状況良くない気がする」
僕たちの後ろからも、人の声が聞こえてきた。
「おい! 誰か倒れてるぞ。どうしたんだ?」
「眠ってるみたいだ、全然起きない」
パメラが眠らせた警備の人だ。僕はそう思い、パメラも頷く。アルが「どうする?」と聞いてきたのでパメラは逡巡する。だが、すぐに答えを出した。
「今回は諦めましょう、このままじゃ私たちも全員捕まるわ」
コロを連れて帰れないのは残念だけど、二人をこれ以上危険な目に遭わせる訳にはいかない。僕は頷き、アルの変身を解く。
警備の人たちは、こちらではなく別の場所に向かったようだ。
何が起きているか分からなかったが、この隙に屋敷から出ることにした。ごめんね、コロ……。
◇◇◇
コロはその生き物と向き合う。嫌な感じは、まったくしなかった。暖かくて力強い光……でも、どこか弱々しさも感じる。
大きな獣は、じっとコロを見つめ、その口を開く。
『我が名はアグリロートス……神が付けた名だ。もっとも人間の中には、我を”深緑の隠者”と呼ぶ者もいるが……』
「プゥ?」
コロはアグリロートスの言葉が理解できない。ただ相手に敵意がないことだけは理解していた。
『人の言葉は分からぬか……だが、其方からは不思議な“気”を感じる。魔獣でも聖獣でも、まして普通の動物でもない』
アグリロートスは、しばし考え込む数百年生きた自分が知らない生き物。思い悩んだが一つの結論を導き出す。
『生の終焉を迎えつつある我の前に現れたのなら、其方は神よりの御使いと考えるべきか……我が力を継承する資格を持つ者……』
「プープー」
コロは、この大きい鹿に好意を持ち、遊んでもらおうと近づく。
『フフフ……今は分からんだろう。だが我の力が無くなれば世界の均衡が崩れ、混沌の時代が始まってしまう』
鹿の足に頭をスリスリと擦り付け、コロはじゃれだした。
『……元気な子だ。それに対し、我の命は長くない』
「プゥプー?」
聖獣にはそれが「どうしてー?」っと言っているように聞こえた。あるいは気のせいだったのかもしれないが、コロに向かって話始める。
『我の力は日々弱まっている……人間が山を開き、森を伐採し、川を汚す。それは少しづつ我の力を削いでいった』
コロは、この大きな鹿が自分に何か伝えようとしているのだと感じ、その場にチョコンっと座り、鹿の顔を見上げる。
アグリロートスもまた、コロを見つめ自分の最後の言葉を語りだす。
『我は人間の手によって、ここに連れてこられた。大地と切り離されては、生きていくことは出来ぬ』
「プーププー?」
コロは何となく大きな鹿の言いたいことを理解したため、「何とかならないの?」と聞いてみる。
『フフフ、やはり其方は面白いな。意思の疎通が出来るように感じる。長い時の中で我と心を通わせたのは一部の人間だけだったが、最後に其方に出会えたのは、やはり神の導きか……』
アグリロートスの体から漏れ出す淡い光が、細かい粒子となって、上へ上へと昇っていく。
「プーー!?」
『神の御使いよ……最後に其方に出会えたのは、我にとって僥倖だった。其方に我の思いを……力を託そう。さらばだ……』
そう言い残し、聖獣アグリロートスは光の粒子となって消えていった。
「プーー!」
コロは無性に寂しくなり、力一杯の鳴き声を上げる。部屋は一気に暗くなり、コロはここが地下であることを思い出す。
真暗な部屋を出ようと思った時、何か光る物があることに気づく。
それは、さっきまで大きな鹿がいた場所で輝いている。
コロは「何だろう?」と思い、淡く光っている物の所まで小走りで進む。そこにあったのは一つの“石”だ。
以前食べたことのある黒い石のように、おいしそうに見える。だけどもっと大きくて、透き通った綺麗な色をしていた。
コロは石に近づき、臭いを嗅いだり、なめたりして観察していたが、結局ガマンできずパクリと食べてしまう。
ゴクンと飲み込むと、とても幸せな気持ちになった。
「すごく、おいしい石!」コロは以前食べた黒い石より、遥かにおいしいことに驚いた。不思議なのは体の中に、あの鹿の淡い光を感じることだ。
コロは嬉しくなり真暗な中、その場を駆けまわる。
テンションが上がっていた時、扉の向こうから人の声が聞こえてきたので、コロは慌てて暗がりに隠れた。
「おい! 扉が壊れてるぞ!!」
「マジか!」
数人の男たちがギィと鳴る扉を無理矢理開き、慌ただしく入ってくる。
「何にも見えない、誰か灯りを持って来い!」
男たちは大騒ぎで灯りを用意し、こぞって奥へと入っていく。
コロはチャンスだと感じ、扉の外へ飛び出すと一目散に駆け出し、上の階に続く階段を昇っていった。
◇◇◇
僕たちは屋敷の正門から外に抜け出すことが出来た。正門の鍵は外から掛けることが出来ないけど、今は逃げる方が先決だ。
「誰も追って来ないわね、今のうちに帰りましょう」
「うん」
僕たちが屋敷から離れようとした時、何か行っちゃいけないような気がして足を止めた。僕は振り返って屋敷を見る。
「どうしたの、ルウト?」
「何かあるのか?」
パメラとアルが心配して聞いてきた。だけど僕にもよく分からない。何かに呼ばれたような、不思議な感覚がある。
僕は屋敷を囲う鉄柵に近づき、目を凝らして中を見た。
パメラとアルも僕の隣に立ち、同じように柵の中を窺う。すると暗がりの向こうから何かが来る。
「プーーッ!」
「コロ!!」
コロがこっちに向かって走って来る。逃げて来たんだ。
「俺が正門から周り込んで連れて来る!」
アルが駆けだそうとした時、パメラが止めた。
「待って! 後ろから追いかけられてる!!」
見ればコロの後ろに警備の人や、使用人の男性が全力で走って来ている。アルが正門から入れば、彼らに捕まってしまう。
だけどこの鉄柵を乗り越えることも出来ない。
「ど、どうすんだ! このままじゃコロが捕まるぞ!!」
「ちょ、ちょっと待って、今考えるから!」
パメラの魔法でもどうにもならないようだ……それなら、僕はガラスの板を取り出して、コロの画像を開いた。
「どうする気なの? ルウト」
「コロ自身に鉄柵を超えてもらうしかない!」
僕はコロの画像の下にある【飛F】の文字を右上に移動させる。




