第23話 掘削と淡い光
僕は手の上でプルプル震えているニジに向かって聞いてみる。
「あのおじさんに見つからないように、触れることなんて出来る?」
しゃべる事が出来ないので、返事はもちろん無いけど、何故か「大丈夫!」と言っているような感じがした。
ニジをそっと床に置くと、キラキラと輝く体をスッと伸ばす。
体はどんどん伸びていき、ゴドリックさんの足元まで近づいた時には、糸のような細さになっていた。細すぎて、虹色の輝きもまったく見えない。
そこから気づかないように足から這い上がり、ゴドリックさんの皮膚に触れる。
今度は体をスッと縮めていく。波が引くようにニジの細い体は床のタイルや絨毯を通り、元の形へと戻った。
「ルウト」
パメラに促されて、僕はガラスの板を確認する。間違いなくゴドリックさんの画像がそこにあった。
「でも、これどう使うの? 変身させても、しゃべることは出来ないよ」
「ニジって、人を中に入れた状態で変身できる? 着グルミみたいな感じで」
唐突な提案だけど、僕はニジに聞いてみる。何となくだけど「出来るよ!」と言ってるような感じがする。
「なれるみたい」
「よくニジの言ってること分かるわね……」
パメラは半ば呆れ顔だった。
「じゃあ、アルお願いね」
「えっ! 俺!?」
「あんたは今の所、全然役に立ってないんだから、それぐらいしなさいよ!」
パメラの言葉にアルは「ぐぬぬ……」と歯ぎしりしていたが、結局アルが試してみることになった。
「準備はいい、アル」
「いつでもいいぞ、ルウト」
アルの頭の上にニジを乗せ、ゴドリックさんの画像をタップする。頭のニジから、ドバッと液体が溢れ出て、アルを包み込んだ。
形が変わっていく。でっぷりとしたお腹、禿げあがった頭に、髭の生えた意地悪そうな顔つき。見た目は完全にゴドリックさんだ。
「すごい……やっぱり本物にしか見えないわね。アル、今どんな感じ?」
「うーん、何か目の前が透明な膜で覆われてる感じかな……でも動く分には、特に支障はないぞ」
アルが体を動かす。アルの動きに連動してゴドリックさんの体も動くようだ。瞬きや、口の動きなど、おかしな所は特に無い。
アルがしゃべるとゴドリックさんが話しているように見える。ただ……
「ちょっと、声どうにかならないの!? 明らかに変よ!」
「仕方ねえだろ、おっさんの声なんか出せねーよ!」
「もっと低い声を出せばいいのよ。本当に不器用ね!」
「何だと!」
「こ、ここで喧嘩はやめようよ、声が聞こえちゃう」
僕の言葉で二人は冷静になり、改めてどうするか話合う。
「コロがどこにいるのか知っているのは警備の人だと思うわ。あそこにいる黒服の男に聞いてみましょう」
「大丈夫か? バレないかな……」
アルはかなり心配そうに、眉をハの字にして言っているが、顔がゴドリックさんなので違和感しかない。
「大丈夫よ。ゴドリックは高圧的な態度で、上から物を言うはずよ。それを真似して相手に何も言わせないようにすればいいわ」
「パメラはゴドリックさんのこと知ってるの?」
「知ってるも何も、ゴドリックはこの街の嫌われ者よ。態度の悪さも相当だって聞いたことがあるわ」
そうなんだ。僕は全然知らなかったのでパメラに感心していると、横でアルが「まあ、あのグランドのおやじだしな……」と悟ったように言っていた。
そして僕たちは作戦を実行に移す。
アルは緊張しながら警備の人に近づいて行く。
「旦那様、どうかされましたか?」
男は少し慌てた様子で聞いてきた。本物のゴドリックさんが二階へ行ったので、もう降りてこないと思ってたんだろう。
「う、む……この前来た、あの獣……今、どうしている?」
アルは精一杯のしゃがれ声で警備の男に聞く。気づかれないか凄く心配だ。
「旦那様、声はどうかされたのですか?」
「よ、余計なことは言わんでいい! 聞かれたことだけ答えろ!!」
「ハ、ハイ、申し訳ありません。あの“魔獣”でしたら地下で大人しくしているそうです、特に問題ないかと……」
「そうか……それならいい」
そう言ってアルは、そそくさとこちらに戻ってくる。
「地下らしい、どっかに階段があるのかな?」
「取り合えず、警備の人に見つからないように探しましょう」
僕とパメラが行こうとすると、アルが「待ってくれ」と言ってきた。
「なあ、この変身解除してくんねーか。ずっとおっさんは嫌だよ」
アルはペタペタと自分の顔を触りながら僕に頼んでくる。僕も解除しようとすると、パメラに止められた。
「待って、一度解除すると、もうゴドリックになれないんでしょ? もったいないわ、しばらくそのままの姿でいましょう」
「え~~~~!」
パメラの提案に、アルは心底嫌そうな顔をする。
僕たちは警備の人や、お手伝いさんに見つからないように部屋を回り込んで階段を探す。幸い家が広いので、隠れながら移動するには丁度良かった。
◇◇◇
コロはひたすら床に穴を掘っていた。
すでに檻の板を破り、部屋の床にまで穴を開けていた。今までの鬱憤を晴らすように掘り進めると床が貫通して、向こうの空間が見えている。
「もう少しだ!」とコロは思い、必死で掘り続けると足場が崩れ、コロはそのまま下へと落ちていく。
「プ~~~」
床にぶつかって何度かバウンドする。もふもふの体で衝撃を吸収したので、特に怪我もなくコロは立ち上がる。
頭からは角が生えてきて、背中にはアルマジロの皮膚が現れる。コロはさすがに変だと思い始めていた。
ルウトと離れ過ぎたせいだろうか? そんな事を考えながら、コロは長い廊下を当ても無く歩いて行く。
コロの体はメリメリと音を立て、異形の怪物へと姿を変えていった。
まともに歩くことが出来ず、フラフラと廊下を進んでいく。そんな時、廊下の突き当りの扉から僅かな光が漏れていることに気づいた。
それはまるで自分を呼んでいるような、不思議な光だとコロは思う。
導かれるように、コロはその扉へと歩いて行く。扉に辿り着くが、固く閉ざされていて開きそうにない。
コロは扉を叩きだす。
体はいつもより二回りほど大きく膨れ上がっているため、強い力で扉を叩き、遂には破壊してしまう。
ギイィィと音を漏らす扉を抜け、中に入るとそこは異質な部屋だった。
建物の中とは思えないほど一際大きな空間で、床には土が敷かれ草花や木が生い茂り、至る所に川が流れている。
人間が見れば、本当に部屋なのかと疑いたくなる場所だ。
その部屋の奥、淡く光る何か大きな物がある。コロは奥に向かって歩き出す。すると今まで変化していた体が、徐々に元に戻っていく。
コロは不思議に思うが、体調が良くなったとトコトコ進む。
光を放つ物を見上げると、それは大きな“樹”だった。十メートル以上あろう樹が、神々しく光っている。
コロが「なんだろう?」と見ていると……
“樹”はゆっくりと動き出す。間伐材が割れるような音を立て、上から小さな木片がパラパラと落ちてくる。
「プッ!?」
コロは慌てて降ってくる木を避ける。危ないと思い少し距離を取ると、ドスンッと目の前に何かが落ちてきた。
後ろに下がって全体像を見ると、それは大きな足、蹄の付いた足だ。
見上げると、“樹”だと思っていたものの形が変わっている。巨大な雄鹿、樹の体を持つ雄鹿である。
コロが呆気に取られていると――
『……誰だ……そこにいるのは……?』
「プウ?」
これがコロと、”深緑の隠者”との運命的な出会いであった。




