第22話 侵入と変化
クレーバー商会、事業本部――
「何!? “審議会”だと!」
街の中心部にあるレンガ造りの立派な建物。ゴドリック・クレーバーの営む商社の本部がある。ここでは王都からの物品を仕入れ、街で卸していた。
その建物の中にある執務室で、ゴドリックは秘書から予想外の報告を受ける。
「はい、クレティアス学院のスノウ学院長が、州議会に臨時の“審議会”を要請したそうです」
「それは、あの“魔獣”についてか?」
「そのようです。生徒から魔獣を接収するのは問題があると……」
「はっ、学院長風情が生意気な!」
ゴドリックは高級な革張りのソファーにドカッと腰を掛け、咥えた葉巻に火をつける。大きく煙を吐き出すと、口元を緩めた。
「まあいい、審議会など開いても無駄だ。大多数の議員はワシの派閥だからな、奴に出来ることなど何もない」
◇◇◇
その夜、ルウトの父レガンスは、遅くに自宅に帰ってきた。
「え? 審議会が開かれるの?」
「ああ、学院のスノウ学院長が訴えてくれたみたいだ。私では何とも出来なかったからな、感謝するしかない」
レガンスは役場で聞いた話を、すでに寝てしまったルウトの代わりに、妻のアンナに話ていた。
「それでコロは戻ってくるの?」
「分からない、議会の採決の結果によるからな……何とも言えない」
「そんな……」
「とにかく、明日にでも学院長に会って話をしようと思う。何か協力できることがあるかもしれないからな」
父と母がリビングで話をしている時、ルウトは布団の中にクッションを詰め、寝ていることを偽装したあと、窓から抜け出す。
音を立てないように、そっと地面に足をつけるとそのまま家を後にした。
◇◇◇
深夜、大きな屋敷の前に三人の子供の姿があった。三人は屋敷を囲む鉄柵の前まで来ると、辺りの様子を伺いながら、正門へと近付いて行く。
正門は大きな鉄の門で、内側から鍵が掛けられ外からは絶対に開かない。
パメラはルウトに目で促す。ルウトは担いでいるバッグからキラキラ光る“ニジ”を取り出し、門の前に置いた。
ニジは門の隙間からスルスルと中に入る。形を自在に変えることの出来るスライムなので、どこにでも入る事が出来る。
ルウトはガラスの板を出し、画像をタップした。
すると、門の内側にいたニジが変化していく。透明な人型になると、徐々に皮膚や服などの質感や色が再現されていった。
そこにいるのは間違いなく、ルウトそのものだ。
「ニジ、お願い」
ルウトが小声で言うと、ルウトの姿になったニジが正門の鍵を外した。アルが門を押し開け、三人で中に入り、また門を閉める。
ニジをスライムの形に戻し、気づかれないよう足早に本宅へ向かう。
この時、パメラは改めてニジの凄さを感じていた。
(やっぱり、こんなスライムは見たことが無い。ルウトとアルは珍しいだけだと思ってるみたいだけど、もしも世界に一匹しかいないとしたら……)
警備の男が見回りにきた。パメラは杖を取り出し、男の死角から魔法を放つ。男はフラフラとよろけ、壁にもたれ掛かると、そのまま座り込み眠ってしまった。
「行きましょう」
「おう!」
「うん!」
三人はテラスを抜け、屋敷の中へと入って行った。
◇◇◇
ゴドリック邸、地下二階――
頑丈な鉄扉の部屋。檻に入れられているコロは、相変わらず檻を前足で叩いたり、柵に噛みつくなど脱出を試みていた。
しかし、まったく歯が立たない。いいかげん諦めかけていた。そんな時――
「プ?」
ずっと檻を叩いていた前足に異変を感じる。
爪の形が変化していた。それは以前、自分が食べた穴を掘る動物の爪に似ている。その爪で思いっきり足元を叩いてみた。
今まで傷一つ付かなかった檻が、明らかにへこんでいる。
コロは何度も檻の下板を爪で叩く。背中の筋肉が盛り上がり、力が強くなっていたため何度も叩いていると檻は軋み、徐々に壊れていく。
この時、コロはまだ気づいていなかった。
自分の能力が暴走し始めていることに――
◇◇◇
僕たち三人は、何とか屋敷の中まで入ることが出来た。
家の中は想像より大きく、煌びやかな調度品や家具が置かれ、リビングと思われる場所には、デカデカとゴドリック・クレーバーの肖像画が飾られている。
「うわー、趣味わる!」
アルが顔をしかめて言う。「悪いよ」と窘めるが、正直、僕もそう思った。
でも、これだけ広いとコロがどこに居るのか皆目見当がつかない。どうしようかと考えていると、パメラが口を開く。
「この屋敷の使用人から聞き出すしかないわね」
「聞き出すって、どうするんだよ?」
アルが怪訝な顔でパメラに聞いた。
「一旦、眠らせて、その後真実を話す魔法をかけるの。本人は話した事も気づかないわ、情報を取るにはこれが一番よ」
僕とアルは顔を見合わせる。パメラは絶対敵に回しちゃいけない……それが二人の共通認識になった。
パメラは部屋の掃除をしている女性に目を付ける。女性は白と黒のメイド服を着て、テーブルや椅子を拭いていた。
周りに人がいない事を確認してから、パメラはゆっくりと近づく。
眠りの魔法は遠くからでは効果がないらしい。僕とアルは邪魔にならないように、部屋の物陰に隠れて様子を見る。
パメラは魔法が掛けられる距離に近づくと、持っていた杖を掲げた。
その時、急に玄関の方から声が聞こえる。騒がしいと思ったら、使用人たちが集まり出し、掃除をしていた女性も玄関に向かう。
パメラは慌てて戻ってきた。
「何だろう?」と僕が聞くと、戻って来たパメラが「分からない」と答える。玄関の扉が開き、でっぷりとした男が入ってきた。あれは――
「ゴドリック・クレーバー!」
パメラが声をなるべく押し殺して叫んだ。確かに肖像画の人だ。
「こんな時間に帰ってくるの?」
僕は少し驚く、もう深夜の時間帯だ。
だから、こんな遅くまで使用人が掃除をしてたのか……家に入ってきたゴドリックに、一列に整列した使用人たちが一斉にあいさつをしている。
「変わりないか?」
「はい、問題ありません」
執事のような人と話をしていた。その時、パメラに強く肩を掴まれる。
「チャンスよ!」
「え?」
何のことを言ってるのか、さっぱり分からなかった。
「ニジよ! ゴドリックに触れることが出来れば、ニジをゴドリックに変身させることが出来る!」
「ええっ!? そ、それはそうだけど」
そんなこと簡単にできるだろうか? と疑問に思いながら、僕はバッグの中に入っているニジを取り出した。




