103「地下神殿の戦い」
五人目の男を締め上げた直後、俺たちはようやくルルティナたちの行方らしきもののしっぽを捕まえることができた。
「で、手配書の少女がどこにいるか、本当に知っているんだろうな?」
「う、嘘じゃねぇ。マ、マジで知ってるって……手を、手を放してくれよう」
俺とアスティアのコンビニよって凸凹の刑に処された男が泣きわめく。
ちょっと焦りで冷静さを欠いてるな、俺。
そっと手を放すと一八〇センチを超える男はどべっと雪の上に転がった。
「とっとと、話しなさい! あたしはクマキチと違って気が短いのよっ!」
おおう、怖え。
アスティアはうつ伏せになった男の首筋にナタを突きつけると激しく吠える。
なんちゅーか、アスティアは親族だけあってルルティナに非常に似てるんだが。
性格はまるっきり似てません。
「ひいっ。いう、知ってること全部いうから、痛いのはやめてえええっ」
この男もたいがい根性なさすぎる気もするが。
黒髪を振り乱しながらアスティアがグッとナタに力を込める。
盆の窪のちょっと上あたりを傷つけられた男は泣きわめきながら、情けを乞うておる。
あ、じょわわわあ、と雪面にお池が広がってるよう。
漏らしたんだね。
わかるよ、その気持ち。
アスティア姉さんの根気のよい聞き取り調査でいろいろわかったぞい。
まず、ルルティナたちは現時点で誰も賞金稼ぎグループのギャスパル一味には捕まっていないらしい。
なんでも、ルルティナたちは森の中でバラバラになって逃げたことにより、ギャスパル一味も手分けして彼女たちを追わなければならなくなったようだ。
一味の人数は今現在、六〇人を超しているらしい。
けれど、コンラッドや追跡途中で俺らがボコった人数を合わせると、残りは五〇人弱といったところだ。
「けど、マジでぼやぼやしてらんねぇな。で、おい、へっぽこ。おまえたちの親玉であるギャスパルとかいう野郎はどこなんだ?」
ギャスパルの名前を聞いてアスティアの表情が歪む。
聞けば、彼女は各地でゲリラ戦に転じていた一族を残らず殺されたり売り払われたりして恨み骨髄のご様子だ。
「親分は、逃げた獣娘を追ってこの先の神殿に行った……詳しいことは知らねえよう」
この先?
神殿なんてあったっけか?
ついつい困ってアスティアを見るが彼女も困り顔。
まあ、俺が知らんことを彼女が知るはずもないか。
「クマキチ。もしかしてこの男がいっているのは、ヴァリアントの森の地下にあるといわれる白の女王の神殿かもしれないわ」
白の女王?
そういえばルルティナがそんな話をしていたような。
その話ってメジャーなのかしらん。
「あたしも聞いたことがある。たぶん、ルルティナたちは逃げ場に窮して地下神殿に向かったのかもしれない」
そっか。
なら、そこで寝くたばってる野郎、俺たちに神殿の居場所をとっとと教えんかい。
勇んで踏み踏みしていたら、男はいつの間にかシーンとお眠りあそばした。
この場合は永眠の意味だが。
だが、しかしシロクマとウェアウルフの嗅覚を舐めんでもらおうか。
俺たち名コンビは鼻をクンカクンカさせて、地下神殿の入り口を守っている男をすぐに見つけ光の速さでぶっ飛ばした。
ふ。俺必殺の高い高いを受けた見張りの男たち三人はすでに木へと登っている。
ばいびー。
「しっかし、こんなわかりにくい場所に秘密の入り口があるとは」
目の前には、なんてこたぁない地面がバクッと開いて階段が続いている。
「クマキチ、気をつけて。ニンゲンや侵入者を阻むトラップが隠されているかも」
「ちょい待ち。アレを持ってゆこう」
俺は暖を取るために焚かれたかがり火から燃えさしを取ると松明とした。
「ああ、そうね。クマキチは意外と冷静なのね」
「いや、なに」
かつて少年の日々に散々遊んだRPG魂が燃えるだけなのだ。
「ホラ、ダンジョンに明かりってお約束でしょ?」
と、のたまう俺であるがアスティアはどこか困り顔である。
すまん、非常時に不謹慎だったな。
俺は反省できるシロクマなのだ。
「クマキチ、ギャスパルは恐怖と力で集団を率いているわ。つまり、やつさえ捕らえられれば、この襲撃そのものを押さえられるはず」
「なるほど」
さまざまな思いが俺の中を交錯する。
もしかして森の中に逃げた姉妹のうちひとりが、すでに――。
けど、最悪の状況を思いやっていても事態が収まるはずもない。
剣の腕が立つヴィオレットも先に向かってくれたのだ。
あとは、みなの生命力と俺の運に賭けるしかないな。
ぶっちゃけ、この先にいるのは姉妹全員ではなく、誰かひとりだけかもしれない。
けれど、中にいる敵の親玉さえ押さえれば交渉の余地はあるってことだ。
ええいままよ、とばかりにダンジョンへと乗り込んだ。
ズンズンと即席の松明で照らしながら螺旋状の階段を下りてゆく。
中は外に比べて空気が安定しているのか、ずっとあたたかだった。
「アスティア、すべるから掴まって」
なんの気なしにそういって手を差し出す。
けれどアスティアはボーっとなって俺の真っ白でもふもふな手を見ているだけだ。
なんだよ、別に変な病気なんてないぞ。
「あ、ごめん、ん、ありがとうねクマキチ」
慌ててアスティアは俺の手のひらをそっと両手で握ってくる。
いや、まあ、それじゃあバランスが……。
別にいいんだけどさあ。
「えへへ」
なんか小さく笑っているが、石造りの階段が湿ってすべすべしているのは事実だ。
足元に気をつけて転ばないように。
階段を下りきると、目の前には広々とした大空洞が広がっていた。
天井には大きく育ったつららが幾重にも連なっている。
上をよーく見ると薄ぼんやりだが自生している苔が光っているのがわかった。
こりゃ、松明はいらないくらいの明度だな。
思っていた以上に中は幻想的な光景だった。
目の前には一本の狭い道が奥まで伸びていて、周囲は地下水による湖が広がっていた。
なんちゅうか、ここまでファンタジー過ぎると現実感というものがない。
なんらかのアトラクションを体験しているようで現実味が薄れるぜ。
「わー、顔が映る」
アスティアと並んで湖を見ると、ぼんやりと自分たちの姿が鏡のように映っていた。
言葉では表現しきれない美しい地底湖の風景――。
俺とアスティアは状況を忘れてしばし足を止めて佇んでしまう。
「あそこが白の女王の神殿かな」
道の伸びた先には小さな島がある。
幅はそれほど広くない。
軽自動車がギリギリ一台進めるかどうかというところだ。
苔の明かりで照らし出された真っ白な建物が見えた。
「気をつけましょう。ここは一本道よ。必ずギャスパルはあそこにいるわ」
でなきゃ困るよ。
急ぎ足で小島を目指す。
気ばかりが焦るが中々島は近づいてこない。
「クマキチッ!」
アスティアにいわれるまでもない。
小道の終わりにはズラッと大きな盾が並べられ、隠れた射手が俺たちめがけて矢を放ってきたのだ。
にゃろう。
徹底的に俺とやり合おうってつもりかよ。
十四、五人の男たちが矢継ぎ早にボウガンを駆使し射殺そうと躍起になっているのだ。
耳元を異様な風切り音が鳴って矢が通り過ぎてゆく。
距離や位置を図っていたのか。
男たちは俺たちの立ち位置へと的確に矢を集めて来る。
「だああっ。うざいっ!」
雄たけびを上げながら腕を振り回し矢を払う。
バラバラッと落ちた矢が湖の中に飛沫を立てて吸い込まれてゆく。
くそう。
こっちにはアスティアがいるのだ。
この程度の矢では俺の被毛は貫けないが――。
「あたしには構わないで!」
俺の逡巡を見抜いたアスティアが勢いよく湖に身を投げた。
マジか。
けど彼女の思い切りのよさを無駄にするわけにはいかないぜ。
こうなりゃ怖いもんなしよ。
「そんじゃあ、いっちょカマしてやろまいか!」
シロクマの力を見誤ったな――!
俺は四つん這いになりながら一気に敵との距離を詰めた。
矢に対する恐れはない。
怒りがそれに勝った。
必殺のシロクマスタンピードだ。
なんか適当につけた技名だが効果は幾多の戦場で実証済みだ。
俺のタックルを防げるような人類はまず存在しない。
頭から集団のど真ん中に突っ込んで、まず陣形をズタズタに引き千切った。
けたたましい声があちこちから上がり、やがてそれは明確な悲鳴に変わった。
幾人かをすくっては天高く投げ上げ動きやすい空間を作る。
このくらいでいいか。
俺は両手の指関節を世紀末戦士のようにペキパキと鳴らす。
みるみるうちに男たちの顔が青ざめる。
「さあ、死にたいやつからかかってこいや!」
残る敵の数は八人。
今の俺にとっては赤子の手を捻るようなもんだ。
左側から手斧を掴んだ男が殴り掛かって来る。
オイオイ、それって完全に殺す気ですよね。
んじゃあ、こっちも容赦はしねえぞ。
「おっしょい!」
振りかぶってのカウンターパンチ。
強靭なシロクマの爪も添えて。
抉られたトマトのように顔をひしゃげさせた男がすっ転ぶ。
右側からは、頭を使ったのかリーチを生かして槍でチクチク刺して来る男がいた。
「かいいぜ」
脇腹をこれ見よがしに指先でポリポリと掻く。
男は槍の穂先と俺を交互に見ている。
別にアンタの手入れが悪いわけじゃない。
この程度の槍で厚い腹の皮をツンツンされてもどうということもないだけだ。
どりゃせいっ。
素早く槍を取り上げて思うさまぶん殴る。
柄のところがバキッと折れて男の頭は胴体へとめり込んだ。
「あら、やりすぎちった」
折れた槍は邪魔なのでぽーいと投げる。
男たちが蒼ざめた顔で俺を見上げている。
今度はこっちの番だ。
俺は素早いフットワークを生かして、右に左に小刻みにジャブを打つ。
と、いっても重量級のシロクマのジャブだ。
一撃食らえば人間の頭など消し飛んでしまう。
ジグザグに動きながらジャブの嵐をかましてゆく。
あっという間に四人の男が地に転がった。
「ひ、ひいいっ。バケモノ……」
「がうっ」
は、いけない。
逃げるやつを見ると反射的に追ってしまうんだよな。
俺は逃げ出した男の頭をかぷかぷしながら我に戻った。
つーても、俺の牙は男の頭蓋骨をすでに突き破っているのでそこはかとなく苦い液が口中に広がっているので複雑な気分になる。
顎の力でぷーらぷらさせていた男をぺいっと吐き出す。
「なあああっ!」
残った最後のひとりが右側から斬り込んで来た。
俺は右腕をL字に曲げて斬撃を受けて挟み込み、力こぶを作ってへし折ってやった。
バギッと刃のへし折れる音を聞いて男がへなへなと座り込む。
「た、助けてくれ。お願いだ、命だけは」
「調子のいいことを」
許せない。
怒りが俺の身体の奥底から泉のように湧き出して来る。
「許してくれえっ」
「アスティアが助けてくれと頼んだとき、おまえたちは聞いてやったのか!」
一瞬にして、怒りで視界が赤く塗り潰された。
憤怒が籠った右の張り手が一撃で男の首を弾き飛ばした。
噴水のように頭を失った男の首が血煙を上げる。
蹴り飛ばしたサッカーボールのように転がった頭をピタリと男が靴の裏で止めた。
「おーいおいおい。随分と酷いことをしてくれるじゃないか」
野犬の毛皮を着込んだ男は圧倒的な劣勢状態であってなお、暴風のような荒々しさを身にまとっていた。
その男と目が合った途端、俺はすべてを悟った。
コイツがすべての元凶だと。




