5、潰せるものから潰しましょう
「よし、一つ一つ整理していこう。」
面倒なことは嫌いだが仕方ない。
「ひとつ、僕の名前が分からない。でも、ミズは分かる。そこまではいいな。」
娘が寝たので、小声で話す。
「ああ、……?」
「今度はなんだ。さっさと答えろ。」
「いや、お前の名前が出てこない。」
「はあ?さっき連呼していただろ?」
「いや、まじめに。さっきまで考えなくても出てきたのにいくら考えても出てこない。……なぜかはわからん。」
しどろもどろで頼りない。なんでこんなのを作ったのか、昔の自分に訊ねたくなってくる自分を必死になだめる。
「分かった。お前も分からないんだな。どう分からない?」
「欠片も。おかしいな。さっきまではあったんだが…」
「時間差ってこと?うっとしいな。」
頭を抱える。後ろでまたミズが口が悪いだのなんだのと吠えているが関係ない。というか、もう泣きたい。これで自分の名前は―――奇跡的にミズか自分が思い出さない限り―――永遠に失ってしまった可能性が高いのだから。
「もういい。そのことについては考えない。次!娘の名前は?あたしには分からないんだけど。」
「そっちは、もう全然分からん。大体、俺はその名前反対だったし。」
それは、初耳だ。娘の名前はこの娘の父親が名づけたものだ。その後、いろいろあって別れたのだが、考えてみればミズはその男と付き合うところからすでに反対していたのでおかしい話でもないが。
「じゃあ、お前に聞くのはこれが最後だ。心の声が聞こえないっていうのは?」
ミズができたころから、声を出さずに会話することができるようになった。というより、存在自体が変わった。
老と話していたころは言うなら、木の精霊と話しているとか、そんな感じだった。あくまで自分ではなく他人。なので話すときは声を出さなければ会話が成立しなかった。だが、老はついてくるときに自分の中にはいってきた。つまりは、自分の一部になったのだ。ミズもそう。
そのせいで、ミズが思ったことに対してもいちいち反応してきてうっとうしかったが、代わりに声を出さずに会話できるようになった。……気を抜くと口に出してしまい、親からよく独り言がうるさいと怒られたが。ついでに言うなら、ミズ達の考えていることは分からない。自分からミズ達への一方通行なのだ。
つまりは、心の声が聞こえない、なんて状況は本来ならあり得ないのだ。ミズたちが自分の一部である限り。
「そのまんまだよ。いつもなら意識しなくたってわかるお前の考えがまったく分からない。聞こえてこない。」
「それは……ちょっとうれしいけど。」
心の声が垂れ流しというのはなかなかに恥ずかしいものである。聞かれたくないことまで聞かれてしまうのだから、プライバシーなんてあってないようなものだ。
「あと、老達を感じない。薄く感じるような気もするが、お前からじゃない。遠いというか、存在自体が薄くなっている…?」
「どういうこと?」
「老達は、お前の中にいるのか?」
「………。」
言われてみれば、自分が困っている状況で何のアクションもないのはおかしい。いつもならもうとっくにアドバイスなり、相談相手になるなりしているはずだ。
「老……聞こえたのなら返事を。」
いつもなら返ってくる優しい声が聞こえない。
考えてえ見れば、ミズはなぜ目の前にいるのだろう。蹴れたということは、身体があるということなのだ。こんな不思議な状況だからと特に深く考えなかったが、そこから考えなければならないのかもしれない。
「とりあえず、私とこの子の仮の名を考えましょう。」
誰かの思い通りに動いているこの状況は腹立たしいがどうしようもない。
とにかくやれることからやっていくしかないのだろう。
「名前と言ってもなぁ」
娘の名前すら5ヶ月かかって案の一つも出て来なかった自分にはハードルが高い。自分が初めて名付けた名前はタンポポだ。ちなみに相手は犬のぬいぐるみ。センスの無さが光りすぎて黒歴史以外のなにものでもない。
「ミズ…任せた!!」
「うぇ!?俺にそんなことできる訳ないだろう!?」
どこまでも役に立たない。始めから期待はしていなかったが。
仕方ないので自分で名付けよう。
「うーん…青…海、空…花…秋桜…動物…魚、猫…きつね…狐?」
好きなものを思い当たる順に並べていく。
「よし、オレの名前がウカ、この娘がミケ!」
自分と娘をさして、ミズの様子を伺ってみる。
「ミケって!猫か!」
「いや、宇迦之御霊神から?」
「ってだれ?」
「ウカノミタマノカミ!!お稲荷さんの一番偉い人!」
ちょっと違うけどニュアンスは間違ってないはずだ。
「ミケはどこから?」
「宇迦之御霊神の名前の一つに三狐神っていうのがあるの。そこからミケ。」
ちょっと違うけど間違ってもいない。説明するのが面倒だ。大体、持っている知識は同じはずなのだが…
「相変わらず物知りだなぁ。」
馬鹿に過度な期待は酷だ。
「センスに自信ないしこれでいっか。」
神様の名前をパクっただけだが、自分のセンスの悪さは自覚している。無難に行くのが一番だ。
言い終わるか終わらないか、絶妙のタイミングでピロローン、と音が鳴る。しかし、特に変化はない。
「果てしなくビミョーだ。」
すると抗議をするかのようにミズが持っていた説明書が自分のもとに飛んで来る。
ミズが奇声をあげながら引きずられてくるが気にしない。
私の目の前でピタッと止まるとペラペラ、と表紙、1ページ目がめくられ、2ページ目が開かれる。
そこには見開きで大きく一言だけ書かれていた。
『新しい世界の神様になりましょう♪』
読み終えると説明書はパタッと落ちた。床はないけど。
「・・・・・・これは、あれか。このボクに、ケンカを売っているのか。」
「わかったから、とりあえず落ち着こう。な?」
バカだが優秀なストッパーが自分を宥めた。




