3、寂しさを誤魔化す虚像
昔はこんなではなかった。普通のどこにでもいる子どもだった。特に不幸だった訳でもない。恵まれてもいなかたったが。
何がきっかけかなんておぼえちゃいない。ただ、一番古い記憶は家の前に立つ年上の男の子。顔が醜く歪んだ男の子。きっとそこからレールは歪んで、捻れて、おかしな方向へと形を変えていったのだと思う。
普通は綺麗な記憶なのだろう。親と食べる食事風景とか、友達と遊んでいるだとか。たんなる夕焼け空とか、お花を見ただとか。
記憶のスタートはその持ち主の人生のスタートなのだと思う。自分はスタートからしておかしかったのだ。
壁は昔から感じていた。高いとかじゃない。
きっと、ぐるりと自分を囲む分厚い壁。
高くはない。でも、上に登っても壁の終わりは見えない。
穴なのだと気付いたのはいつだったろう。
壁の上に誰もいないのではなく、見えないと気付いたのは?
歩いたところでどこにもたどり着かないと気付いたのは?
ずっと1人なのだと気付いたのは?
きっと、自分は狂っているのだと気付いたのはずいぶん遅かった。
あれは小学一年生の時だ。まだ、希望を見ていた。でも、寂しくて、苦しくて、悲しくて……泣くことは出来なくて。
中庭の大きな木にもたれて座っていた。
大きな木から声が聞こえたような気がした。聞き直す。優しそうな声。言葉が分からないのに伝わってくる。
――泣いているのかい?
泣いてなんかないと答えた。泣くのは弱い子がすること。自分は弱くてはいけないから泣かないんだと。
――辛くはないかい?
はて、辛いとはなんなのだろう。悩んでいると大きな木はさらにたずねてきた。
――止めたいとはおもわないのかな?
思わないと答えた。ずっと母に教わってきたのだと。泣いたらもっと悲しくなる。悲しくなるともっと泣きたくなる。そして弱くなるのだと。負けてはならないと。
――いいこだね
少し悲しそうな声だった。誉められるのはうれしい。自分は素直にありがとうと答えた。
それから、よく大きな木と話した。人前だと変な顔をされたり、馬鹿にされるからこっそりと。
大きな木は距離があっても話が出来たから授業中にこっそり話したりした。
大きな木は他の植物と話せるようにしてくれた。椿や柿のような木から、シロツメノクサのような小さな花までたくさんの話し相手がいた。
しかし、自分は寂しいままだった。
老、と話し掛ける。
聞くと大きな木はずいぶんな年らしい。なので、名札のかかっていないため名前がわからなかった大きな木を老と呼ぶことにした。
――どうしたのかの?
年をとったと聞いてから、老の話し方は老人くさくなった。聞き手の問題なのだろう。
「一緒にいかない?」
卒業の春だった。
老は自分についてきてくれた。そのころ、ミズが生まれた。文字通り生まれたのだ。自分の中に。
たくさん読んだ小説・漫画・童話の好きなキャラクターがいっしょくたに混ざって出来たのだと思う。ミズは憧れの存在であり、自分であった。第三者の視点から見てくれる自分。自分を否定しない第三者。自分の感情をコントロール出来ない自分にとって、ミズはレール―――ジェットコースターのようなめちゃくちゃなものではあるが―――を踏み外さない為のストッパーでもあった。
このころから、自分は現実を否定し始めた。
普通になれないのなら、普通になれる世界を欲した。
話して壁を感じるなら、人と触れ合うことが苦痛なら、諦めた。
小説や漫画と言った、優しい世界へ。
自分を否定されない世界へ。顔を合わし、理解できるものを傍に。
ミズや老は仲間が増えることは歓迎したが、自分の世界に閉じ籠ることには反対した。だから、最低限の現実と最大限の夢を往き来した。
そうして自分は静かに密かに自分とは違う第三者を第三者であるが自分であるものたちを増やしていったのだ。
19歳にもなってと思われるかもしれないがいまだに、ミズ達は自分のそばにいる。
妄想だとなんだと言われようと自分にとっては数少ない理解者であり家族だ。離れるつもりはない。
・・・・・・娘に理解してもらえるかは自信がないが。




