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最果てのテスタメント  作者: pu-
第五章 誰もが世界に望んだこと
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8.過去は覆らず

「贖罪の時が来たんだよ、グライフ!」


 道化の面を被っていたルミナだが、徐々に繋ぎ止めていた紐が綻んでくる。宿願の達成が、そこまで近づいているということなのだろう。

 いくら感情の制御に長けていたとしても、まだ若い。溜め込んでいた身を焦がさんばかりの怒りに、構築された理性の搭は瓦解し始めていた。 

 飛び散る剣花が増え、太刀筋がやや粗暴になる。刃に感情がこもり始めたのだ。

 とはいえ、油断はできない。蓄積した怪我と疲労にグライフは徐々に押され、後方に下がって行く。


「お前のせいで父は失職し、貿易船の傭兵にまで落ちぶれた! そして《黒髭》に捕まった!」


 その残忍さで知られる《黒髭》に捕まれば、まず五体満足では死ねない。

 残虐の限りを尽くして殺されたということは分かるが、どういう風に殺されたのかなど想像すらできない。おおよそ、人間では考えられないことをしただろう。


「俺の全てはこの日のため! 復讐のために費やされた!」

「なら、俺に感謝してくれよ。俺のお陰で《博雅の徒》なんて立派な職に就けたんだろ?」

「あああああああああっ!」


 もはや思考はどこかに消え去ってしまったようだ。

 言葉にすらならない怒りだけの咆哮が上がると同時、背後から警鐘が慌ただしく鳴り響く。

 ルミナは特に気にせず、後退を続けるグライフへの強襲を図ろうとした。

 が、一方のグライフは突然、真横に跳んだ――瞬間!


「――っ!?」


 衝撃と(・・・)痛み(・・)に、ルミナは刀を手放してしまう。

 耳障りな音を立てながら刀は地を踊る。咄嗟に拾おうとするが、グライフが渾身の力で屈んだルミナの顔面を蹴り上げた。

 血を吹き、一瞬だが意識が遠のく。

 それを引き戻したのは再度の右肩に走る、焼けるような激痛と吹き飛ばされるような一撃。

 自分の身体ではないかのように、血だらけの右腕はまるで言うことを利かない。

 だが、そんなことに構ってなどいられなかった。ルミナは現状から悟ってしまったから。自分の命は今、風前の灯火なのだということに。


 ただ、この超常現象ともいえる事態にルミナは混乱するばかり。『どうして、離れた船から(・・・・・・)銃弾を(・・・)当てられる(・・・・・)? いやそもそも、どうしてその距離が(・・・・・)届く(・・)?』と。


 湧き立つ憤怒に震え、理解し難い事態に当惑しながらもルミナは入射角を推測し、身を守るために石碑に身を潜めた。

 が、三射目が彼の左の二の腕を掠めた。


 それから三度。射撃からルミナはみっともなく逃げつつ、グライフから十五メートルほど離れた石碑に身を潜めたところで狙撃が止んだ。

 肩越しに一帯を見渡す。

 と、ご丁寧なことに刀も狙撃されており、二度と振れぬほどに破壊されていた。


「おいおい。俺をその手で殺すんじゃなかったのか!?」


 煽り、ルミナの感情をさらに逆撫でるグライフ。

 シュトゥルム・ケーニヒ号の戦闘楼で鈍く光らせているシャリオリの鷹の目の脅威を、ルミナは文字通り痛いほど理解しているはずだ。下手に動けないことに、彼はますます冷静さを失っていくだろう。あとは時間の問題だ。

 船から降りる前、彼女に耳打ちをしていたのは、この狙撃。そしてグライフが後退していたのも、標準となる石碑にルミナを誘い込むためだった。

 ただ、いくらシャリオリが優秀な目を持っているとはいえ、肝心の武器が見合わなければ宝の持ち腐れだ。今回の狙撃を可能にしたのはツェツィンデヌ社の狙撃型の銃――線条銃という最新作の試作品があったから。


 しかし、モニター先を選べるほどの取引相手を有すツェツィンデヌ社が、軍や《博雅の徒》ではなく、最も信用の置けない海賊に試作品という貴重品を渡すことなどない。

 そこはトルトゥーガ港が、『船乗りの天国』と『世界の掃き溜め』が上手く現している。

 その銃は元々、試作品であり失敗作だった。捨てられたものを拾って、改良しただけ。捨てられたものというのは、どうしたって外に漏れる。特にトルトゥーガ港という特殊な場所では、そういう仕組みになっている。


 故に、博識のルミナでも想像を抱けなかった。そして、ツェツィンデヌ社はあくまでも、シェアが(・・・・)世界最高という話に過ぎない。


「どうだ、お前の復讐心を利用された気分は? どれだけ冷静ぶろうとも、俺を完膚なきまで叩き潰したくて、ほいほい俺についてきてくれたな? お陰で、いいように踊ってくれたよ!」


 屈辱にルミナは歯を噛みしめる。奥歯が欠け、鉄の味が口の中に広がる。

 もはや、掌で世界を弄ばんとしていた男は、それこそ道化になり果てていた。

 決着をつけるため、飛び出すタイミングを石碑の陰から窺うグライフ。


 が、それを掴む作業を完全に忘失してしまう。

 何故なら、少し目を離した隙に、いるはずのない役者が増えていたから。

 そして、その現象に、四人(・・)が同じような顔で面を喰らっていた。

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