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最果てのテスタメント  作者: pu-
第五章 誰もが世界に望んだこと
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7.未来は決まらず

 それから、『システム=ワールド・エンド』からの応答はなくなる。


「……最後は丸投げかよ」


 身体から文字が流出し終えたのだろう。足元にあった文字は音もなく真正面、距離にして五メートルくらい先まで移動し、盛り上がる。何かを形成しているようだ。


「なんだ……?」

『なんだとは随分じゃないか?』


 正面の何かからの肉声が耳に入ると、まるで先程から存在していたかのように男児が一人座っていた。黒い瞳と髪や服装などに特別なものは何一つない。

 蔑視を向けるそれは、歳にして三歳くらいであろうか。

 しかし浮かべた表情、声質は実に大人びている。それにどこか、漠然とした既視感さえあった。

 自分以外の何者かがいる。この状況をなかなか呑み込めずにいた。

 が、子供の右手に握られている物騒なものが目に入り、一気に緊張が走る。


『まぁいい。時期に分かる』


 武骨な両刃の長剣――剣の根元に一角獣(アインホルン)の意匠があるということは、イルレツァリア皇帝騎士団が使うものだ――の切っ先を地に引きずらせながら、ゆっくりと近づいてくる。


『ただしそれまで、お前が生きていたらの話だけどな!』


 子供が一歩踏み込むと同時、身体を右へ回転させる。

 文字通り振り回される凶刃を、アリュオンは未だ現状が掴めない中で反射的に弾く。


(……弾く?)


 自らの行動の違和感に、右手に(・・・)持っているものを(・・・・・・・・)見つめる(・・・・)

 するとそこには、メーアに叩き潰されるまで装備していた剣が。

 無論、〝オケアノス〟になってからは、『アリュオン』という自分を構成する際には必要のないものであったため、それは再構成されなかったはずだ。


(今は理由なんてどうでもいい!)


 明後日に向きつつあった思考を中断させてでも、正面の子供へと修正させる。この時にはもう、再度子供が身体を右回転させていのだから。

 足首辺りを狙われていると判断し、後ろへと強く跳ぶ。


 普段なら一、二歩程度の間合いしか開けないはずだが、アリュオンは状況把握が満足にいっていないことから無意識に過剰な防御反応を取ってしまった。

 心境は見透かされていたのだろう。もしくはそうなるよう仕向けられていた。どちらにせよ、二回転目の攻撃は距離を完全に詰められていた。


 本能が剣の腹で右脚の外側を防御する。

 脚を守ったのは勘だった。が、上手く嵌り、二つの金属が悲鳴を上げ、剣花を散らせた。

 しかし、状況はより悪化へ。

 今の衝撃により、アリュオンは空中で足払いを喰らい、バランスを失う。受け身も取れず右半身を強く地に打ちつけた。


 そして、三撃目が!

 立ち上がろうにも右脚は先の衝撃で痺れている。加え、回転力が付加した垂直落下の刃がどこを狙ってくるのか分からない。

 その状況でアリュオンが取れる行動は一つ。

 剣を握る右腕を精一杯伸ばし、回転攻撃の軸――子供の身体を狙う。相討ち覚悟で。

 剣尖が身体に触れるかどうかの刹那、子供が後方に吹っ飛ばされた。


 すぐには理解できなかったが、子供が剣を手放し、無理矢理アリュオンの剣を回避したようだ。投げ出された長剣は、明後日の方向で耳障りな音を鳴らせていた。

 この機を逃がすわけにはいかない。アリュオンは追撃を図ろうと立ち上がるが、子供の姿はどこにもない。

 目を離したのは立ち上がる際の、一瞬にも満たない時間のはずだ。どこかに移動できるはずもない。


「消えたっていうのか?」

『気を緩めるなよ』


 咄嗟に、真後ろに振り返る。

 視線の先にいた者の手には一角獣(アインホルン)が刻まれた長剣ではなく、海賊達が好んで使う――というよりは、何かと調達しやすい――ナックルガードのついたサーベル。アリュオンが今手にしている改造されたものとは違い、いくら軽量剣であるとはいえ、子供には手に余る代物だ。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 何よりの問題は、対峙する黒い瞳と紙を持った少年の姿だ。その姿はまるで……


「……俺?」


 瓜二つのそれ。まるで目の前に姿見でもあるかのようだ。

 自らと睨み合う現状に、先の子供も自分であったことを察す。が、己と戦わせられる理由に見当がつかない。

 解けぬ混乱。しかし、こちらの都合などお構いなしに、自分が突っ込んでくる。

 右斜め四五度。力任せに振り下ろされるそれを、アリュオンはサーベルで受ける。鉄同士の悲鳴が上がり、剣花が散る。僅かに押されたのは武器の重量差だろう。目の前の敵が丸っきり自分と同じなら。


(こいつは……こいつらは、本当に俺なのか?)


 鏡を碌に見ることのないアリュオンにとって、己の顔をまじまじと見るのは奇妙極まりなかった。自分の顔とは分かっているが、本当にそんなだったのか見るほど疑わしくなっていく。


(てめぇに襲われて、なおかつてめぇを襲うっつうのは気分が悪くなるどころか、頭がおかしくなりそうだ……)


 頭を小さく振り、冷静さを取り戻す。

 サーベルの重量差に対抗するには、そのデメリットを突くしかない。

 回転攻撃と同様に、アリュオンは間合いを詰めていく。子供用に造られたこの剣は、従来のサーベルよりも長さが短い。ゼロ距離の接近戦ならこちらが有利だ。

 敵もそれを懸念していたのだろう。接近されまいとサーベルを短く持ち、小さく斬りかかる。


 何度となく斬り結んでいくと、次第にアリュオンが押し返すようになっていく。

 ここぞとばかりにアリュオンは力の入れ方を相手への衝撃から、斬撃の速さへと重点を変えた。すると敵はついに防戦一方へと追いやられていく。

 状況の転機を見逃すことなく、攻撃の手をじわりじわりと相手の頭の方へと上げていく。

 と、釣られるように敵は防御を上へ。アリュオンは開いた腹目がけ、渾身の力を込めて踏みつけるように蹴りをお見舞いした。

 倒れこそしないものの、敵の動きは一瞬止まる。


 一方、アリュオンは蹴った勢いを回転力へと変換させ、先程まで戦っていた敵と同様に回転攻撃を仕かける――のではなく、遠心力を利用してサーベルを敵の右半身目がけて投げ飛ばす。

 相手に刺さろうが弾かれようが、ましてや当たらなくとも構わなかった。


(どっちにしたって、反射的に防ごうとするはず!)


 相手が自分だからなおさら分かる。不測の攻撃に対して自分が取れるのは、回避ではなく防御の一択だ。現に、敵は迫るサーベルの軌道上に剣を挟むことしかできない。

 意識の外に追いやられた敵の左脇を、アリュオンは強く踏み込み、腰と肩を連動させて力の限り殴る。拳に衝撃が跳ね返ってきたのは、ほんの僅か。

 満足な感触すら味合わない間に敵たる自分が消え、その延長線上、五メートルくらい先に何者かが立っていた。


 今度は二〇代後半くらいだろうか。身長があまり高くなっていないことの他、目つきが悪く、無精髭を生やしている。

 そしてその手には、今までの不釣り合いの剣ではなく銀の戦斧が。

 アリュオンは光具合から察した。グリフォン(グライフ)の意匠が施された親父(グライフ)の斧であることに。


 思わず笑ってしまった。

 その格好に。

 その、あまりにも不格好さに。

 そのみっともなさが、あまりにも似合っている。相応の姿だ。


 今なら一切の疑いなく断言できる。そこにいるのは紛れもなく自分だ。今まさに抱いている、理想の姿だ。自分は他ならぬグライフに憧れ、同じような人間になりたいと思っていた。

 先程まで対峙していた自分も姿こそ当時のものだが、不相応の武器は憧れの象徴だ。親を事故で亡くすまでは帝国騎士団に。《ブルーレイス》に拾われた時は一人前の海賊になりたかった。

 憧れだけを追った顛末がこの様だ。

 見た目だけの、下らない、張りぼてでできた、何者にもなれない紛い物。


「ほんと、格好悪いんだな」


 もはや負けるとは、これっぽっちも思わなかった。

 いや、逆だ。目の前の自分の未来の姿では、何者にも勝てない。そう確信できた。

 まるでグライフのように、力強く『理想の自分』が銀斧を振り下ろす。

 アリュオンに恐れはない。装備していた相応の剣でそれを受ける。本来なら、軟な剣など斧の前では防御にもならない。それを叩き割るついでに頭も真っ二つにできる。

 しかし、ここではそうはいかない。意志はもう、虚ろな理想を越えている。断絶できている。


 いとも簡単に銀斧を弾くアリュオン。

『理想の自分』はそれに怯むことなく、次々に攻撃を行う。

 そのどれもがもっともらしいが、今まで戦ってきたどの自分よりも不抜けたもの。躱すことも往なすことも、跳ね返すことだってできる。どれもが真似でしかないのだから。まるで中身が伴っていないのだから。

 勇ましくあろうと見せつけるだけのそれに、アリュオンは恐れることも躊躇うことなく真っすぐ刃を突き出す。

 そして吸い込まれるかのように、『理想の自分』の胸をサーベルが貫いた。


 出血も悲鳴もない。が、終わりの感触ははっきりと伝わった。

『理想の自分』を倒すとともに、周囲でも消失を始める。

 暗黒でも光でもない、世界の消失――『システム=ワールド・エンド』から情報がなくなり始めているのだ。

 なんのために自らと戦わせられたのか、アリュオンには分からなかった。


 ただ今は、それの問いを求めることが最重要なことではない。『システム=ワールド・エンド』から外界へと転送される最中、アリュオンは自らが立つべき場所を何よりも優先して思う。

 自分が咎人となった理由が、そこにあるから。

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