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最果てのテスタメント  作者: pu-
第五章 誰もが世界に望んだこと
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6.望みは知らず

 ――そして、保存されていた世界の全てが、アリュオンの身体に転送される。


 知っている世界の姿。知らない世界の姿。そして、知るべき世界の姿。

 見慣れた情報はあるが、多くが未知。そのほとんどが自分達が住む世界ではないどこかの情報。何もかもが違い、おおよそが同じ。何に差異があり、同一なのかは理解に苦しむ。

 全てが初見であるため、情報の処理が追いつかない。ネットワークから断絶された状態では、処理の補助は求められない。自分一人では、破損がないように保存をするのがやっとだ。


 ただそれでも、知った。

 この世界の本当の姿を。

 世界の産声と、今際の声を。


 いくつも(・・・・)いくつも(・・・・)いくつも(・・・・)……




 アリュオンが次に気づいた時に立っていたのは、一見〝オケアノス〟達がいたようなところではあったが円卓はない。

 ただ、ほとんど何もないという点では一緒だった。

 部屋の広さはシュトゥルム・ケーニヒ号の船長室よりやや広いくらいの、実に狭い空間。しかし、不思議と窮屈さはない。むしろ無限にも等しい感覚さえある。目視の情報としてはそれくらいで充分ということなのだろう。


 その中にある、自分以外の唯一。

 それは部屋中を飛び交い、這いずり、明滅する『言語』。

『言語』は様々な形をしており、持つ情報量が膨大過ぎて空間の広さが把握できない。

 そして当然のように、アリュオンを通り抜け、綴り、吞まれる。

 そこでようやく、自分もまた、この空間の一部なのだと認識した。


《オケアノス・ナンバー7XY‐29E・・・固体銘〔アリュオン〕>>>承認》


 今度のそれは声ではなかった。そもそも、音すらない。

 認識だ。

 言葉としてではなく、意味としてそれを自分の中へと取り込んでいた。


《ここは惑星間情報共有システム『ワールド・エンド』。ここでは各世界の『なれ果て(・・)』、ないしは全ての『終わり(・・・)』までが保管されています》


「ここが『ワールド・エンド』……?」


 いくら〝オケアノス〟とはいえ、システムの最深層の情報は全く分からない。それどころか、どうして自分がここにいるのかすら理解できない。

 何せ、本来なら『ワールド・エンド』へのアクセス権は〝オケアノス〟ですら持っていないのだから。加え、〝オケアノス〟のネットワークから外されたため、情報の補佐が望めない。


《〝八番目の怪物〟の言葉を借りるなら、あなたが狭間の咎人ではなく〝オケアノス〟の咎人だからです》


 こちらの心境に対して簡素で無機質な返答をしたのは、それもまたこの空間そのものであるから。

 同じものだから当然、心――というよりも、胸中での思考――も共有している。


「ならなんで、俺なんかが〝オケアノス〟になったんだよ!」


 把握していることだが、それでも口に出さずにはいられない。

 感情をぶちまけたかったから。それを理解できるほど賢しくはないし、受け入れられるほど大人でもなかったから。


《〝リヴァイアサン〟の咎人(たんまつ)聖域(メインサーバー)に不正なアクセスを行い、利用権限の一部を改竄しました。その復旧をしていた際に、あなたの生体データが真っ先に上がって来ました。そして同時期。それ以前からデータベース『情報の海』に大量の情報がアップロードされており、情報制御のためのファイルサーバーたる〝オケアノス〟の許容範囲を超え、その補充が必要となった――結果、あなたが真っ先にファイルサーバーの母体として選択されました》


 一切の思惑を持たずに返答したのは、システムとして当然のこと。それはどこか空中を目一杯殴るような、手応えのない虚無感を抱かせる。


 だからこそ、問わずにはいられない。

 自分は〝家族〟などと内輪にこもった〝オケアノス〟や、こんな感情の一切を感じさせないものとは違うのだと自らに言い聞かせるため。

 ほんの少し前の自分ではなくなったことを。人間ではなくなったことを認めることが怖かったから。


「じゃあ、お前らは。〈水伯〉は何がしたいんだ?」


《〈水伯〉と称されるこの『システム=ワールド・エンド』の役割は、各世界の始まりから終わりまでを記録した遺言(テスタメント)を、他惑星と母星とともに管理・共有すること。そして、いずれ向かう人類の次のステージとして召喚してしまった、終末たる『約束』――『新世界』から、人類を救うために必要な情報を集めています》


「難しいことなんか分かるか! 簡単に言え!」


〝オケアノス〟という高次体でありながら、何も分からない現状に思わず苛立つ。

 脳が、存在がいくら変えられようとも。心は変わっていないから。変えられていないから。処理が追いついても精神が追いつかない。

 すると、分かりやすくするためなのか。突如として周囲の『言語』が忙しなく変異し、アリュオンの中へと組み込まれ、映像として浮かび上がる。

 いくつも。いくつも。いくつも……


 そこにある光景は、まだ『システム=ワールド・エンド』が造られる前の世界。

 際どいながらも正常を保っていた世界。いや、誤魔化し続けていた世界かもしれない。


 その映像は、明らかに自分達がいる世界とは画している。

 文化、文明の違いだけではなく、自然体系なども根本からして違うもの。また世界によっては、自分達『人間』とは似ても似つかない『人類』さえも。

 ただ、そういったものがある一方で、差異が分からぬほど酷似している世界もまた同様に無数ある。


《かつて人類は全知を手にし、全能を使役するため、数多の世界に渡ることを決意しました。他次元を渡っていく過程として、環境に応じた進化をし続けた。それは結果として、人類という枠をより多分化させました。人類の多分化は真理の追究に対してより多くのアプローチが可能となり、飛躍的に全知へと近づいた》


 と、映像が突如として歪む。

 画が乱れ、萎み、世界を繋げていたもの――それは機械的なものではなく、人類が目指していた目標。あるいは意志――が次々に断絶していく。そして、孤立した数多の世界の映像が突如として消え、触れることさえできなくなる。

 それは現在起こり続けている世界の崩壊を暗示するものであり、現在の世界の姿そのもの。『システム=ワールド・エンド』を造らざるを得なくなった理由でもあった。


《しかし、人類発生有史の〔この情報は現時点に於ける開示レベルが必要値に達していないため、再生できません〕自らの手で、全人類(・・・)が限りなく(・・・・・)全知全能に(・・・・・)近づくこと(・・・・・)のできる(・・・・)システム(・・・・)――『システム()ワール()ド・イズ()マイン()』を構築してしまいました》


「おい!」


 重要な部分を端折られたことに対し、反射的に声を上げるが、『システム=ワールド・エンド』は構うことなく話を進めた。


《全知全能とはつまり、全実在(・・・)そのもの(・・・・)を指す。時空の一切を無視し、全てを(・・・)招来させて(・・・・・)しまう(・・・)ことの真意に人類は未知の恐怖を抱き、既知の終末に絶望した》


 映像の中の人類が次々、『システム()ワール()ド・イズ()マイン()』を使用し始める。

 それは本来の目的である全知全能の習得ではなく、むしろ真逆。


《結果として人類の多くが、いずれ訪れる極無と、全知全能獲得の当然の弊害――極限化した相互理解、また独自性の淘汰によって発生するアイデンティティの喪失から逃れるために『システム() =ワール()ド・イズ()マイン()』を使い、理想郷『新世界』を創造。各々がそこにこもり、孤立が始まりました》


システム()ワール()ド・イズ()マイン()』によっていくつもの世界が発生する。

 全知全能を獲得するための道具を使って、全知全能の獲得という宿願から逃れるために。

 今、こうしている間にも世界に絶望し、自我を保ち続けるために新しい世界が創られている。


 だが、その世界に逃げてもなお、一度知ってしまった破局をそうも簡単に忘れられるはずがない。それこそ、全知に(・・・)近しいもの(・・・・・)を有してしまったのだから。


 誰もが気づいている。『システム()ワール()ド・イズ()マイン()』を捨て去れば、少なからず今抱いている恐怖からは解放される。だが結局、未知の恐怖からは脱却できない。人類として当然の業を受け入れられず、仮初の安寧に身を委ね続けている。

 世界の現状が映る中、次に見えたのは『システム=ワールド・エンド』の誕生だった。


《全ての世界(ひとびと)が孤立することによる人類滅亡。それを回避するため、他との繋がりを知る必要があった。そのためのデータを得るため、『システム()ワール()ド・イズ()マイン()』という主観が混じるものは使わず、また、そのシステムに干渉されない世界を創造しました》


 世界が次々に生まれ、死んでいく光景。

 それは『システム()ワール()ド・イズ()マイン()』によって創られた偽造の世界ではなく、限りなく自然発生に近い創生。そして、この『システム=ワールド・エンド』に来る前にアリュオン自身が見たもの。


 そこで映像を形成していた複雑な『言語』が自分から抜け落ち、霧散していく。

 再び数多の世界で使用されていた、『言語』が飛び交う空間に戻る。

 説明が終了したということだろうが、アリュオンが求めていたものとはまるで違った。


「だから意味が分かんねぇんだよ! そうまでして望んだものってなんなんだよ!」


 別にそこから声がしたわけではないが。アリュオンが天を仰いで叫ぶ。

 すると――


《検索・・・『誰もが望んだこと』>>>解析結果――》


 答え。


 全知全能とやらに近づいたとかいう者達が造った、大層素晴らしいシステムだかなんだかが必死こいて頭を回し、大がかりなことをしながら出した答えが……それ、だ。

 アリュオンはその答えを知り……ため息をついた。深く。嫌になるほど深く。

 笑いこそしなかったが、呆れてしまう。

 何せ、その答えは当たり前だったから。

 ただ、それは無理もないのかもしれない。

 それこそ、誰もが望んだこと、なのだから。


「ったく、結局はそういうことかよ」


 アリュオンが乱暴に頭を掻き毟る。


「だったら、なおさらこんなところにいる場合じゃねぇよ! 一刻も早く〝リヴァイアサン〟と〝白鯨〟の戦争を止めないと、それこそあんたらが望んだことが否定され続けることになるぞ!」


《それなら問題はありません。あなたが強く願った故に、彼らの戦争は止まります》


「どうして、俺が願ったら止まるんだよ!?」


《あなたが〈管理者(オケアノス)〉の咎人――訂正します。あなたが世界の遺志の後継者。定められた真理を超え、世界を変え得る可能性を抱いた存在だからです》


 同時、周囲の空間からアリュオンは剥離され、自分という存在が形成される。

 その過程で、アリュオンの身体中から多種多様な言語が溢れ出、まるで水溜りのように足元に溜まる。特に痛みや症状があるわけではないのだが、やはり気分はよくない。


《願わくは、人類に真なる可能性を導かんことを――》

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