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最果てのテスタメント  作者: pu-
第五章 誰もが世界に望んだこと
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1.命は還らず

〝オケアノス〟を名乗ったのは、全ての〝八番目の怪物〟ではなかった。

 ごく一部の〝怪物〟。肉体を捨て、『情報の海』に自らの精神を移す術を知っていた高次体のみだった。


 さらに彼らは、他の〝八番目の怪物〟を咎人として世界に放逐した。

 放逐者達だけに生殖機能を持たせたのは、交配して増加することで情報網の端末――情報収集源としての有用性が見込めたからだ。

 そしてその見込み通り、放逐された〝八番目の怪物〟の咎人達は世界へ散らばり、〝オケアノス〟の地位を確固たるものとした。


 時が経ち、〝八番目の怪物〟の咎人達は、いつしか他の〝怪物〟の咎人とも違う存在へと変質し、別の名で呼ばれるようになった。

 狭間の咎人。


 つまりは、そう――


  ◇◆◇◆◇◆


「錨を下ろしてでも、進路を変えろ!」

「目一杯、舵を切れええええええ!」

「満帆にしろ! 全速前進で海域を離脱するんだ!」


 海原を飛び交う無数の怒号。だが、この海の荒れ狂った咆哮に虚しくかき消される。

 それでも全て者は、いち早くこの二つの海から脱しようと懸命に試みていた。

 もはや隣に海賊がいようが、海軍が目の前にいようが関係ない。

 次の瞬間に、自分が生きている。それを必死に繰り返す作業しかできない。

 人間達が戦闘を止めて逃げ惑うのは、それ(・・)が唐突に始まったから。


()()()リヴァイアサン(・・・・・・・)の戦争(・・・)が、始まったから。


 真の開戦から十数分前。帝国艦隊と海賊達が入り乱れながら、戦闘をしていた頃。

 水平線よりも手前から、〝白鯨〟と〝リヴァイアサン〟の群れがそれぞれの海域から突如として姿を現す。程なくして、〝リヴァイアサン〟の群れが王海を越え、あろうことか白鯨海に侵入した。

 直後、海面を揺らすほどの〝白鯨〟の低い唸り声と〝リヴァイアサン〟の甲高い咆哮が同時に鳴り響いた。


 俄かに巨大な破裂音が一つ上がり、二つの海が大きく荒れる。

〝リヴァイアサン〟が叩き潰そうとし、〝白鯨〟が貫こうとした結果だ――誰もそれを同時に起こった攻撃と認識していたが、鬨の声を最初に上げたのは〝白鯨〟だった。

 その瞬間まで。二種の〝怪物〟がぶつかり、その血で海原を染めるまで。こんな事態が起こるなんて、誰もが想定していなかった。

〝白鯨〟の群れを発見した時でさえ、〝リヴァイアサン〟の群れを観測した時でさえ、ましてや二つの群れが接近している時でさえ。誰もが〝怪物(・・)同士の(・・・)戦争(・・)が起こるなど毛ほども考えていなかった。


 だがそれも無理はない。〝怪物〟の戦争など、人間の想像を遥かに超えている。

 神話の時代の終焉から現代に至るまで、そんなことは一度も起こらなかったのだから。〝怪物〟同士が戦争するなど、〝オケアノス〟という全ての海を管理するものがいる以上、永遠に起こるはずがないと、約束されているのだと、そう信じていたのだから。

 それが今、目の前に永遠にありえなかったことが確かに起こっている。


 尋常ではない事態を見、〝怪物〟の群れ同士の殺し合いに巻き込まれそうになってようやく、人間達は起こっているそれを『戦争』だと認識できた。

〝怪物〟同士の戦闘の衝撃は、瞬く間に二つの海に波及する。

 慌てて離脱を図るが、その時には二種の〝怪物〟の群れは人間達の船に迫って来ていた。


 視界を埋め尽くす、無数の〈蒼海の瞳〉。眼前に迫る、二種の〝怪物〟。

 まるでエメラルドグリーンの陸地が現れたと勘違いしてしまうほどの巨体を誇る〝リヴァイアサン〟は、長い首から僅かに覗かせている胴に至るまで、びっしりと硬質な鱗に包まれていた。他の部位は全て海面下に隠れているため分からないが、同様の鱗を纏っているに違いない。

 史実では〝リヴァイアサン〟の全長は優に一〇〇メートルを超えると言うが、実際目の当たりにするとそのあまりの大きさに数字など意味がなくなる。

 この〝怪物〟の身体が何メートルだろうが、近づけば船は沈む。


 対して〝白鯨〟はシロナガスクジラよりも少し大きいくらいで、五〇メートルはない(角を入れるともう少し大きい)だろう。

〝リヴァイアサン〟に比べると小柄だが、その数が〝リヴァイアサン〟の群れに比べて、ざる勘定をしても三倍近くはある。

 槍のように長い一本角は、刺されば船尾から船首を丸々貫きそうだ――いや、現に何隻も貫かれ、バラバラにされていた。


〝怪物〟達の戦争が始まってから一〇分と経たずに、王海にいた船は一隻もたりと残らなくなった。〝怪物〟同士の最初の衝突の余波に吞まれて沈んだのだ。

 辛うじて白鯨海に逃げ延びていたとしても、暴れ回る〝怪物〟が生む荒波に揉まれ、数秒前の船と同じ顛末を迎えた。


 巨大な生物の隙間を縫って、船舶は各々の逃亡を続ける。

 無理矢理進路を変えようと船尾の錨を下ろした船は、船首を持ち上げたところでバランスを崩し、大波に浚われた。その際、船首が舵を目一杯切っていた別の船の横っ腹に突き刺さり、暗い海の底へと道連れにしてしまう。

〝怪物〟達の戦いは凄まじく、〝リヴァイアサン〟を貫いた勢いで帆や船体そのものを貫かれるものや、〝白鯨〟ごと叩き潰されるものも出る。

 侵攻中の〝リヴァイアサン〟の群れに飲み込まれそうになる船は、少しでも距離を取ろうと砲撃をするものの、エメラルドグリーンの硬質な鱗は傷一つつかなかった。そして、もはやここで綴るまでもない結果となる。

 晴れていながら、天からは無数の水が降って来る。〝怪物〟達が衝突するせいで水柱が空を衝くほど昇り、重力に負けて落下するためだ。


 海は大いに混乱し、荒れ狂っていた。

 人々の阿鼻叫喚を掻き消す、二種の〝怪物〟の咆哮と絶叫が海域に響く。

 誰だって、数時間後に自分が生きているか分からないと恐怖しつつ、同時に数時間後には笑いながら酒や飯を腹一杯に詰め込んでいると楽観している。

 海にいる以上、誰だって海で生き、死ぬ覚悟はできている。そう自らの脆弱な心に言い聞かせている。


 だが、今起きている『それ』は別だ!

 どうして〝リヴァイアサン〟は白鯨海に侵入した!? 〝怪物〟同士の戦争なんて起きている!? そんなものに自分達は巻き込まれている!?――みながその理不尽な事態に絶望する。

 神に助けを請うものは少なくはない。今まで信仰を鼻で笑っていた者でさえ、姿の見えないものに祈っていた。

 ただ、その誰もが〝怪物〟達に消される。まるで、神の不在を証明するかのように。

 もはや二つの海では、海賊船と(・・・・)軍艦の(・・・)区別が(・・・)なくなって(・・・・・)いた(・・)


〝リヴァイアサン〟が叩き潰せば、海はその勢いを波濤へと変換する。

〝白鯨〟が貫けば、海はその勢いを波濤へと変換する。

 入り乱れる波は、海面を歪め、狂わせ、虫けらのような船を散々翻弄し、飽きたところで冥き淵へと引きずりこむ。その数秒後に原形を一切垣間見せない残骸が海面に浮かぶものの、それもまた〝怪物〟達が生む狂った波に弄ばれる。

 船と同様に、無数の〈蒼海の瞳〉が現れては、その眼光を海底の深淵へと沈めていく。彼らの鮮血と死骸は〝人魚〟がいないというのに、荒波に揉まれて消されていく。


 もはやこの海に、階級も名も、種族でさえ意味をなさない。

 意味のあったものが、全て同じものとなっていく……

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