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最果てのテスタメント  作者: pu-
第四章 少年が少女に願ったこと
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9.終結への道

 二人の〝怪物〟の戦いにより、彼女達の周囲だけ浸水しているという奇妙な光景ができ上がっていた。これは大気中の水分だけではなく、周辺の海水までも使用した結果だ。

 その海水を使い、シロは自らの意思を貫き、メーアはその意志を叩き潰さんとする。


 ただ、二者の異能の力は拮抗していた。

 叩き潰そうとする海水をシロが勢いごと貫いて無効化し、そのまま王の命を狙わんとする。

 すると、今度は真正面からメーアが、それを叩き潰して無力化する。それを幾度と繰り返す。

〝怪物〟達の異能の力がところ構わずぶつかり合うが、石碑や地面には傷一つつかない。戦いの激しさを物語るものは、彼女達の疲労が滲み出た表情でしか窺えない。


(これは、どう!?)


 シロがメーアの頭上に集中をすると、宙空に鋭利な小さい(つの)が無数生える。

 メーアに頭上を見る余裕などない。ただ、シロから放たれる殺気だけで全てを判断する。倒れ込むように後方に跳んだのは、無数の角が降り落ちるのと同時だった。

 メーアの逃避軌跡を辿るように角が降り落ちる。彼女は足元の水を操作することで、態勢を整えずとも後退を可能にしていた。が、すぐに石碑がぶつかり、それ以上の移動ができない。


 そこをシロが見逃すはずもない。

 石碑にもたれかかるメーアに追撃を仕かけた。

 それを見越してメーアは自らの前面を覆うように水壁を築き、防ぐ。


(やっぱり、あの人の近くの海水は支配できない……)


 激闘の中で、操る水流に違和感を覚えるシロ。制御しているはずの海水に何か不純物が混ざっているイメージだ。意識を乗せる際にそれが邪魔をして、上手く制御できない。

 そんな歯痒さを噛みしめる。

 しかもその気味の悪さは、時間が経つほどに大きくなる。


 従来なら、メーアの足元の水も支配でき、すぐさま貫いてアリュオン達に合流できたはずだ。

 しかし、現状は相手に近づけば近づくほど支配権がメーアに傾いてしまう。


(相手領域の海水の使役は困難でも、勝機がないわけじゃない!)


 短期間ではあるが海賊船に乗り、戦い方というものを知った。無茶と無謀は、決して無理なことではないことを――シロは意を決し、真っすぐメーア目がけて走り出す。

 捨て身の特攻とでも思ったのだろうか。メーアは足元の海水を使い、なりふり構わず接近するシロに対し、分厚い水壁を叩きつけた!


「――っ!?」


 ――はずだったのに、シロがその壁からすり抜けて来る!

 メーアが驚愕のあまり動けなくなっている隙に、シロは跳び込むように地を蹴り、細い腕を目一杯伸ばす。王の首を貫くために!


「――ぐっ!?」


 苦悶の声は……シロのもの。

 身体が宙に投げ出され、地面に叩きつけられるほんの数秒、意識が完全に飛んでいた。背中から着地したせいもあってまともに息ができず、痛みで指一本動かない。

 それでも意識を取り戻せたお陰で〝怪物〟の異能は使える。


 水浸しの地面を滑るように、自らの力を使ってメーアから距離を置いた。それこそ、彼女の視界から見えなくなるほど。

 乱れる息を整わせ、痛みが和らぐのを待ちながら、冷静に状況を分析する。

 一体、何をされたのか。何が起こったのか。数秒前を思い起こす。

 メーアの首に触れようとしたら、真横から何か巨大なものがぶつかって来た。

 誰かがすんでのところで、突き飛ばしてきたのだろうか……?

 しかし、周りには誰もいない。それにあの衝撃は、よっぽどの巨漢が相当の速度で突っ込んでこなければ生まれようがない。

 衝撃力から察するに、今、息をしているのは全身に貫く力を纏ったままだったからだろう。


(なら……)


 答えには辿り着いたが、俄かには信じられない。何せ答えはありえないからだ。それしか考えようがなくとも、信じられない。


(本当に、私の領域の海水さえも彼女が使役して、叩き潰したっていうの?)


 シロの特攻は互いの領域が重なった(触れられるほどの距離)時に、支配権が自分に傾くと踏んでいたからだ。

 ここは〝白鯨〟の聖域なのだ。歩は自分にあると考えるのが自然だ。

 いくら自分が咎人であるとはいえ、他の〝怪物〟、しかも咎人に負けるはずがない。現に、メーアが最初に叩きつけた水壁は通り抜けることはできたのだ。それまでは支配権はこちらにあった。


 なのに、どうして……?


(やっぱり、この違和感が原因……?)


 海水を操作する際に混ざる違和感。力を使えば使うほど大きくなっていき、今では操作できる水がほとんどない。

 貫く力を形成しようとしても、上手く作ることができない。小さなもの、不安定なものを作るのがやっとだ。


 試しにこの海水を使って把握したメーアの位置――当然、敵もこちらの位置を把握しているはずだ――に、シロは自分が今作れる最大で最堅の角を、彼女の脳天に落とす。

 一縷の望みを乗せた一撃であったが、その願いは暴力によって一蹴されてしまう。

 それと同時。足元の海水に違和感を覚え、本能的に真横に飛んだ。

 すると、先程までシロがいた位置の海水が震え、水柱が昇った。あのままいたら足元をすくわれ、水柱に叩き潰されていただろう。

 当然のように追撃に来る水柱を紙一重で避けながら、シロは絶望的に確信した。


(完全に、私の力を圧倒している)


 もはやシロにできることは一つ。逃げることしかない。幸い、この咎人はアリュオン達の妨害をしそうにない。自分の命がある限り。

 一方、メーアはシロの困惑が滲む表情から、混乱していることを見抜く。

 無理もない。メーアでさえ、自ら思いつくことさえできなかったのだから。


 これは他でもない、ルミナから得た知識と仮説。

〝リヴァイアサン〟を始めとした七種の聖域は、それらを管理する〝オケアノス〟の聖域と繋がっている。

 それはつまり、どの聖域からでも〝オケアノス〟の聖域を介し、逆行して辿れば必ず他の海水も持ってくることができるということ。


 それを実現させるのには時間がかかったものの(それこそ、海上で聖域を目指すシュトゥルム・ケーニヒ号に対して、力をそれほど発揮している余裕がなかったほど)、それさえ果たせば自分は限りなく無敵へと近づく。

 メーアは首をさする。血が出ているのは、触れかけられた際に少し貫かれたからだ。

 だが、大した傷ではない。それで済んだのは運がよかっただけ。シロに触れられる直前に完成させていなければ、頭と胴が繋がってはいなかった。

 膝をつくシロに近づきながら、メーアが口を開く。


「力の差は理解したろう? 諦めろ」

「嫌」即答し、強い意志が灯った〈蒼海の瞳〉を向け、「私は戦争を止める」

「そこまでして〈水伯〉との誓約を果たして! 一体、なんになるというんだ!?」


 あまりにも純な意志に、メーアが思わず感情そのままをぶつけてしまう。


「違う……」頭を振り、「私は彼と、アリュオンと『約束』をしたから」


 痛み。無敵に近づいたメーアの胸の内に突き刺さる、痛み。

 どの攻撃も叩き潰せたというのに、形などないただの言葉に、胸が張り裂けそうになる。


「あなたは、誰と何を『約束』したの?」

「……れ」

「あなたは、その人を信じられるの?」

「……黙れ」

「その人に信じてもらえているの?」

「黙れと言っている!」


 メーアの頭の中が真っ白になる。それは怒りの色。外界の一切が遮断され、純粋な本能だけが露わとなる光景。

 刹那。どこまでも澄んだ巨大な蒼色の壁が、小柄なシロに迫る。


 死――シロの背中に走る悪寒とともに、それを肌で実感する。まるで氷の世界に閉じ込められたかのように全身が冷え、震えて動かなくなる。

 世界の全てが剥がされ、死という終わりの獣の姿しか見えない。

 戦争を止められない。それを理解した瞬間、胸中でそれを口にしていた。


(アリュオン……)

「――シロ!」


 思いもしない人物の登場に驚き……胸が熱くなる。

 声の方を振り向けば、その光景(・・・・)――シロがメーアの力に(・・・・・・・・・)よって(・・・)命を落とし(・・・・・)そうに(・・・)なっている(・・・・・)光景(・・)を目撃したアリュオンが、目一杯手を伸ばしながら飛び込んできた。


 勢いのまま、アリュオンはシロを突き飛ばす。

 二人は、それを止めることができなかった。

 身を投げ出した、約束を交わした少年を。

 友と感じた者の命を叩き潰す、暴力を。

〝怪物〟と人々に恐れられていながら。

 人知を超えた力を有していながら。

 ただ、細い腕を伸ばすことしか。

 声なき悲鳴を上げることしか。

 できたのは、ただそれだけ。


 アリュオンは海と化した。


    ◇◆◇◆◇◆


 様々な思惑を孕ませた海賊と帝国の戦争は、時を越すごとに激化していく。両雄合わせて一〇〇隻は優に超える帆船が入り乱れ、次々に〝怪物〟達の領域の狭間の海へと沈む。怒号と轟音が海を震えさせ、数多の血が蒼海を染めていく。


 この大戦は間違いなく、人類の歴史に残ることになるだろう。

 だが、その生き証人は限りなく少なくなるはずだ。そして、幾人もの海の戦士の共通の目的を、〈水伯の証(テスタメント)〉を手に入れるという悲願の達成者はそれよりもさらに数が限られる――実在するかどうかは別として。


《フリビュスチェ》の長であるルイル・ゴリフも、あわよくば〈水伯の証(テスタメント)〉を奪ってやろうと画策している者の一人だ。彼は部下に守られながら、アダム・ボールドリッジ号に乗り込んでくる海賊を甲板の陰から屠る。

 精神的に余裕があったのに加え、《ブルーレイス》に先を越されたこともあって、ルイルは怨嗟に近い眼差しで聖域を見やった。


「……あれ、なんだ?」


 その目に留まったものに、ルイルは首を傾げる。

 戦場から南。聖域付近。水平線を超えてやって来る、大きく白い何か。

 始めは氷河でも動いているのかと思ったが、それはまるで島のように巨大。氷河はごく稀ではあるが確かに流れてくるものの、ここまでやって来る頃には船一隻よりも小さく、数も疎らになっているはずだ。それにそもそも、季節が違う。


 なら、迫って来るそれはなんだ?

 自身の近くを飛び交う銃弾や甲板の破片、倒れる仲間や敵などルイルの眼中にはない。

 まるで吸いこまれるかのように、白い何かを把握するために目を凝らす。

 すると、迫って来る白い何かに、無数の棘が生えていることに気づく。

 いや、それは棘ではなく……


(つの)、だ……」


 どうやら観測手も見たようだ。同様に、迫りくるそれを敵味方関係なく多くの者が認識できた――そして、自らの目を疑う。

 近づく、それ。

 天を衝きかねないほど長い一本角が、無数。

 不気味に輝く〝怪物〟の証たる〈蒼海の瞳〉。


〝白鯨〟

 真っ先に浮かんだ名。

 その大群が、こちらに迫っていた。


 現実味を帯びたイルレツァリア帝国海軍と〝白鯨〟の戦争に、アダム・ボールドリッジ号で戦っていた者達は確かに手を止めて、それを凝視していた。すでに他の船でも戦闘が自然と止まり、視線を向けている。異様な雰囲気を醸しながら近づく〝白鯨〟の群れに。

 その中で唯一、ルイルはこの〝怪物〟との戦争を、英雄譚として語ろうかと頭を回転させていた。

 たった十数分後に起こる、本当の(・・・)戦争(・・)など考えもせず。そして、それに生き残れたらなど想像だにせず。


 ただ、無理もない。それを誰もが妄想すらしていなかった。できるわけがなかった。

 何せその戦争(・・・・)は、神話の時代から今に至るまで起きてはいないのだから。



怪物(・・)同士の(・・・)戦争(・・)は、今の一度たりと――

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