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最果てのテスタメント  作者: pu-
第四章 少年が少女に願ったこと
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7.宿願への道

 聖域に向かうのは、各七名で構成された全五部隊。

 サージェスを隊長としたほとんどは、〝オケアノス〟候補であろうザギィ・グリーンダッツ・ハウリーを始めとした海兵を倒すために、様々な方向から最奥にある聖域を目指している。


 その中で、グライフは最短ルートを歩む。

 自分のすぐ後ろにはアリュオン。彼の隣には厳しい表情を浮かべるシロ。二人を囲うように前後左右を戦闘員が固める。


 ヤクジャーヌには船長代理を任せた。

 サージェスの代わりの操舵は少々荒っぽいブルッドが勤める。時間が経てば、間違いなく海軍や海賊がこちらの船を襲うだろう。


 降りてみて分かったことは、石碑の大きさも形もまばらで、並び方も決して均一ではない。視界こそそこまで遮られてはいないが、一種の迷路のようになっていた。

 アリュオンはためしに石碑に触ってみたようだが、石のような硬さと冷たさを保持しているだけで反応はなかったとのこと。文字のようなものが彫られているが、まるで解読できない。

 シロに訊ねてみたが、首を横に振られただけで終わった。


 みなが沈黙のまま進むせいもあって、遠方で響いている、恐らくは海軍と海賊のものであろう鬨の声が僅かに通る。


(だいぶ進んだとは思うが……)


 グライフが胸中で呟く通り、一向に目的地である聖域は見えない。それどころか、この白い地面と石碑は地平の彼方まで伸びている。

 船から見た時は、ここまで距離があったようには見えなかったが。

 これはあくまでも伝承だが、聖域に辿り着くには何かの試練があるという。

 だというのなら、自分達は今、何を試されている?


 最奥への道程で、グライフは現状を纏めていた。

 まずは進んだ距離だ。かれこれ一〇分以上直進しているが、聖域は未だに目視できない。加えて、ほとんど変わらぬ景色に自分達が本当に進んでいるのか、それとも足踏みでもしているのか分からなくなりそうだ。ただ、後方のシロが何も言わないということは、少なからず進んではいるのだろう。


 次に考えるのは帝国軍の動き。聖域攻略部隊は既に上陸を終え、聖域に向かっているはず。さすがに、こちらの船の近くに〝オケアノス〟候補を連れた船を止めるわけがない。

 推測するに、聖域に向かう兵はそう多くないはずだ。

 時間が経てば海賊が来る可能性を考慮していないはずがない。いくら〝オケアノス〟になったところで、他の船員の帰りの船は必要となるのだから。


(それに土壇場で下級兵に〈水伯の証(テスタメント)〉を横取りされたら、たまったもんじゃないだろうしな)


 全滅させる敵が少ないのは好都合だ。むしろ不安要素は、こちらではなく聖域外で待機しているシュトゥルム・ケーニヒ号とぶつかる海軍の量。やはりこちらも、海兵の暴走対策として数は絞るはずだろう。が、それでも状況は厳しくなるはずだ。

 思考を巡らせる中、他の者の現状を肩越しから窺う。特に、足取りが徐々に遅くなるアリュオンが気がかりだ。

 肉体的な疲労よりも精神的なものが積っている可能性はある。


 敵との遭遇に神経を張り巡らせながら、何も変わらない光景を進むのはまだ精神的に成熟していないアリュオンには酷な話だ。アリュオンの後ろを歩くダガージョ、バッゼ、アガンなどの面々でさえ、疲労の色が滲み始めているのだから。


「いったん休憩を取るか?」


 グライフが一帯を警戒しながら訊く。

 真っ先に首を横に振ったのはアリュオンだった。

 強がりにも取れるが、肩越しから見える彼の瞳に疲労はなかった。

 それでも他の者の精神回復も兼ねて、「いや、やっぱり一度――」休憩を口にしようとしたが、瞳にそれが映り、打ち切る。

 正直、思っていたよりもこの遭遇はだいぶ早い。


「お前はここにいていいのか?」

「ええ。ハウリー少佐を始めとした主要人は、目的の場所に向かうだけですからね。僕の仕事はほとんど終わりですよ」


 目の前に現れたのは、『神堕とし』が刻印された簡易白鎧を身に纏ったルミナだった。

 ただ奇妙なのは、この学者が護衛を連れずに一人で現れたという点。

 船員はみな、武器を構え戦闘態勢を取る。が、今にも襲いかかりそうな彼らを、グライフが手で制した。


「こいつの相手は俺がやる。ダガージョは他のやつらを連れて行け。この《博雅の徒》には、色々と訊きたいことがあるんでな」


 ダガージョを始めとし、みなは納得しないだろう。何せ、一対多数だ。数にもの言わせれば、いくら《博雅の徒》という薄気味悪いものでも簡単に倒せるし、それが最良だ。

 それでも長年付き合っている船長の瞳は、我儘を通させろという強い光を放っている。

 頼りに、誇りにできる強い光を。


「早く来ないと、全部終わってますからね!」


 そう告げ、ダガージョ達が走り出す。他の者もそれについていく。


「親父、こんなやつにやれんなよ!」

「アリュオン、お前こそ自分の使命はしっかり果たせよ!」


 口悪く告げるアリュオンが、グライフとルミナの横を駆け抜けていった。

 ルミナが終始、グライフから目を離さないのは、隙を見せたら斬りかかることを理解しているからか、それとも単に憎悪から来る殺意からか――恐らくは両者だろう。

 船員の背中が小さくなったところで、グライフが口を開く。


「さて、お前さんとはきっちりケリをつけないとな」

「殺されてくれるんですか?」

「馬鹿を言うな。二度と俺達に面倒事を押しつけさせないようにするためだ」


 ルミナは半歩、右足を前へと擦り出して半身に構えた。

 左の腰に差したやや反った奇妙な細く心許ない鞘から、肝心な剣を抜こうとしない。柄に軽く握るだけ。

 その独特な雰囲気に、グライフは剣呑な瞳で睨む。

 沈黙の中、互いに間合いを測る。


「《博雅の徒》の会員も、いっちょまえに戦えるんですよ?」

「…………」


 沈黙を守るグライフを鼻で笑う。話術で場の支配を図ろうとしていたのだろう。

 それにそもそも、ルミナに言われずとも《博雅の徒》の強さを知っていた。

 彼ら会員は軍や海賊にも肩を貸すことから、高度な戦闘技術を有している。また、彼らは決まって、他の海で手に入れたという見たことのない武器や道具を所持している。どこか誇らしげに。そして、愚者を見る目で力を振るうのだ。


 攻撃の機を窺う片隅で、遠近双方から鬨の声が流れてくる。船で待機していた者達も、いよいよ海軍とぶつかった。

 ドンッ、と近くで大砲が放たれた瞬間、『銀』の閃光が(はし)る!


 理解より先にグライフはその凶光を防ぐべく、光の延長先へと戦斧を振る――瞬間、ギンッ、という金属の嫌な悲鳴とともに、戦斧の先端が明後日の方向に飛ぶ。


「――っ!?」


 鉄を斬った!?――驚きのあまり、一瞬だけ敵の存在を忘れてしまう。

 生じた隙に背筋を凍らせたが、ルミナは絶好の機会を突いては来なかった。ただ、いつの間にか鞘から解き放たれていた片刃の剣を太陽光に反射させているだけ。お陰で、否応なしにも奇妙な剣が目につく。

 殺すよりもまず、自らの武器(うんちく)をひけらかしたいのだろう。


「これは竜海にある小島で鍛えられた、『刀』という剣なんですよ。ただ、鉄を斬るには高度な技術が必要ですけどね!」


 チンッ、と鯉口と鍔が触れるどこか冷淡な金属音を小さく響かせるとともに、ルミナが刀とかいう魔性の剣を再び鞘の中に眠らせた。

『抜刀』とでも言うべきか。

 あの、目で追えぬ(戦士のプライドが多少傷つく)鞘から放たれる凶刃を防ぐ、ないしは回避するには骨が折れるだろう。が、鍔迫り合いに持ち込めば勝機は高まる。


 ゼロ距離の死合いは心理戦にはなるが、それを単純な力でねじ伏せることもできる。一撃でも真正面から弾けば、手が痺れて武器を持つことさえできなくなる。

 グライフは刀攻略へ、所持する知識を引き出し、組み替えていく。


(相手はわけの分からない力を使う〝怪物〟じゃない。理解し難い、ただの人間だ)


 距離とタイミングの優先権を奪うため、今度はグライフが口を開いた。


「〝オケアノス〟は伝承では複数人いるんだろ? ここでそれになったとしても、〝白鯨〟を管理できるだけだ。それに〝白鯨〟の〝オケアノス〟の席もまた一つじゃない」

「随分と博識じゃないですか?」

「昔、《博雅の徒(おまえら)》がよく自慢げに色々と語ってくれたからな」


 目線こそルミナの双眸に合わせるが、柄が握られる右手は視界から決して外さない。


「〝オケアノス〟は〈管理者〉ではあり、同時に〝八番目の怪物〟でもあるんですよ」

「んなことは知っている」


 ルミナがご丁寧に話に乗ってくれるのは、こちらの集中力が途切れるのが狙いだろう――ただ、それにしても長話に花を咲かせすぎな気もするが……

 グライフはタイミングを計りつつ、ルミナの会話から戦争を回避するための情報を引き出そうともしていた。細い蜘蛛の糸を手繰るような心許ないものではあるが。


「なら簡単な話ですよ。〝怪物〟とは例外なく、一つの意思で行動している。それは絶対であり、それを疑うことさえない」

「――まさかっ!?」

「察しがよくて何よりです」


 ルミナはこれまでになく表情を歪める。嬉々としたものに。確かに、憎む相手の動揺を見られたから――グライフは、彼の表情からそれは読み取れた。


「そう。他の〝怪物〟と同様に、〝オケアノス(・・・・・)もまた(・・・)一つの(・・・)意思の(・・・)中で(・・)生きている(・・・・・)


 ただそれが、ルミナにとってはどうでもいい(・・・・・・)事実(・・)だということに、そしてそれに(・・・)弄ばれている(・・・・・・)という現実には当然、グライフは気づきようがなかった。何せ、目の前に突如として差し出された情報が、この海の未来を左右する重大なものだったから。

 グライフが隠す狼狽を舐め回すように、ルミナは蔑視する。


「今回の〝白鯨〟のように〝オケアノス〟の意思を支配するほどの『個』を持てば、全ての〝怪物〟を支配できる――そうなれば、世界の一〇分の七を支配するのと同じだ!」


 瞬間、銀光が疾った――!

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