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最果てのテスタメント  作者: pu-
第四章 少年が少女に願ったこと
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6.走破への道

 海を踏み潰し、津波を起こす。

《ブルーレイス》に迫る脅威は、その単純な理屈によって引き起こっている。

 この人知を超えた、王者の暴力は脅威という言葉の枠を超えている。


 ――が。

 バンッ、と海面が破裂するような音とともに、波が貫かれる。

 そう。まだ生まれ立ての小波程度なら、成長する前に貫けば波を打ち消せる。

 とはいえ、ただでさえ不安定だった船体が、余波が大きく揺れる。これを繰り返されれば、直撃せずとも転覆してしまう。


 それにシロの進行と迎撃の同時作業にも限界がある。

 加え、〝白鯨〟の聖域は〝リヴァイアサン〟の棲み家の王海に近い。聖域に近づくほど、シロの力が強くなるが同時に敵の力も強くなってしまう。

 幸いなのは、主に叩き潰す力を推進に回している(そうしなければ、こちらに追いつけない)ことだ。攻撃回数が少なく、威力も大きくはなくはない――とはいえ、〝怪物〟の王の力は直撃すれば、航行不能になるであろう。


(最大の問題は、津波を起こされた時だな)


 敵はシロもろとも排除するつもりだ――グラフにはどこか確証があった。

 津波は特性上、水深が大きくなるほど速度が増加する。沖合に向かっているため高さこそ出ないが、それでも海そのものがぶつかって来るようなもの。喰らったらひとたまりもない。それこそ遥か昔、『九番目の怪物』と称されていたくらいだ。


 いっそ、それを起こさせる前にここで敵船を落とせば(落とせれば(・・・・・)の話ではあるが)、アリュオンの提示した作戦が達成する。

 だが同時に今、後方で行われている海軍と海賊の戦闘が混乱することは間違いない。そうなれば、両者の暴走に巻き込まれかねない。故に、今作戦の重要視すべき項目は〝オケアノス〟になる手段を奪うことなのだ。


 数度、生まれたての波を推進しながら、消滅させるシロ。

 五、六度ほど応酬があったであろうか。王の攻撃が突如として止んだ。

 みなが静寂の意を察する。

 来る、と。


「ドゥンケル・ハイト号が、真横に移動しました!」 


 観測手のアイサンの意味不明な発言に、普段なら怒鳴っただろう。だが、今は嫌が追うにも把捉できる。

 その言葉通り、〝リヴァイアサン〟の叩き潰す力を応用させて船体を真横に移動させたのだ。同時に、本格的な攻撃の予期に繋がった。


「来ました!」


 アイサンの報告を耳にする頃にはもう、それを目視できていた。

 北北東側から迫る津波は他の船を巻きこまぬよう、実にコンパクトでピンポイントな規模。その不自然(・・・)な津波は目視した直後には幅、高さともに大きくはなかった。しかし、俄かに摂理を無視しながら巨大化を始めた。


「総員! 作戦通り、振り落とされるなよ!」


 グライフの言葉を合図に、みなが作業をやめて力いっぱい船体にしがみついた。腰に巻きつけた命綱は、どうも心許ないが命を預けるしかない。

 それは一見、巨大化する津波に対し、恐怖に震える光景のようだった――現に、恐怖はしている(・・・・・・・)者もいる――が、意味する者はまるで違う。

 誰一人、瞳に絶望を宿してはいない。

 アイサンが目撃してから三〇秒も経たなかった。ついに『九番目の怪物』がシュトゥルム・ケーニヒ号に追いつき、船尾から丸呑みせんと顎門をさらに大きく開いた!


 ――刹那! 

 耳をつんざかんばかりの破裂音とともに、シュトゥルム・ケーニヒ号が真上に(・・・)飛ぶ(・・)


 次の光景はさらに奇妙で、シュトゥルム・ケーニヒ号はあろうことか波頭に(・・・)乗り上げ(・・・・)波乗りを(・・・・)始めた(・・・)

 実際には飛んだのではなく、シロの貫く力によって生んだ巨大な水柱によって船体を押し上げたのだ。

 津波の水壁の向こう側にいるドゥンケル・ハイト号からは、突如として空中にシュトゥルム・ケーニヒ号が現れたように見えただろう。敵船の様子など見えやしないが、さすがのルミナでさえ、波乗りする船に呆気に取られているに違いない。


 加速する化物の頭にしがみつくシュトゥルム・ケーニヒ号は当然ながら、その猛進によってドゥンケル・ハイト号をさらに突き放す。

 ただ、《ブルーレイス》の船員に、相手の意表を突いた喜びに浸る余裕はない。津波の波頭に乗っているのだ。船体は馬鹿げたほど揺れている。

 飛翔に波乗りという息つく暇もない現状に、船内は悲鳴や興奮の声が駆け巡っていた。

 その中で一人、グライフは大声を上げて笑っていたが。


「笑っている場合じゃない」


 毒づいたのは顔をしかめ、フォアマストを囲う柵にしがみつくアリュオン――に、抱きつくシロだった。

 彼女は今、本来なら他者を滅ぼすだけの暴力を、船体制御と進路調整などという緻密な力に使用している。そのため、まるで気が抜けない。恐らくだが、〝白鯨〟の聖域に近付いていなければできなかっただろう。


 海水でできた暴獣を人造の船で乗りこなそうというのは、そもそも無茶なのだ。

 シロの力がなければ、津波の頂点に着水した途端にその暴力に叩き潰されていた。

 津波に勢いづく船は敵船を引き離す。

 途端、波の高さがゆっくりと低くなっていく。〝リヴァイアサン〟の咎人が津波を相殺しているのだろう。いくら自分の力で生み出したとはいえ、力を付加させただけなので急に消すことなどできはしない。そう推測した。


 命がけの波乗りはほんの十数秒で終わり、目の前にあった太陽は再び空高い場所に戻っていた。それでも、敵船が見えなくなるまで距離を離すことには成功していた。


「二度は、できない」

「ああ。もう言わん」


 グライフがシロの頭を撫でるが、最悪の事態を想定したらあと二度は行える状態でいて欲しいところだ。

 この無謀な波乗りは必ずしなければならなかったし、加えて確実に成功しなければならない。失敗が死に直結するという意味は別としても。

 敵に〝リヴァイアサン〟の力が無意味(・・・)であると、認識させる必要があった。そうしなければ、いくら津波を打ち消せたところで限度があり、消耗戦に陥ったら勝機はない。


 その対策が、相手の力を利用するというものだった。

 もちろんこれも数度とできることはないことを、相手も容易に察しているはずだ。

 ただ、一回でここまで距離を開いたのだ。もし次も成功されれば、作戦に大きな支障を来す。そんな危険な賭けを軍人や、ましてや《博雅の徒》が選ぶわけがない。彼らが選ぶのは常に、確実性のある道だけだ。

 そこからは海軍と海賊の衝突音を背後に、緊張こそあるものの安全な航行が続いた。

 聖域付近での攻撃は避けたいのだろう。トルトゥーガ港同様に聖域近辺で津波を起こせば、聖域への攻撃と見なされる危険があるのかもしれない。

 攻撃がやんだお陰で、聖域に近いのだと実感した。




〝リヴァイアサン〟の力との衝突から五分は経った頃であろうか。《ブルーレイス》を乗せた船はついに目的の地――聖域に辿り着く。

 だがそれはあまりにも唐突で、到着という感慨深さを欠片ほども湧かせないものだった。何せ、急に眼前に四本の光の柱が伸びたのだから。

 伸びた四本の柱を頂点として、まるで陣取りでもするかのように海面に触れている箇所から内側へ、小さな六角形が次から次へ生まれ、広がっていく。

 そして、あっという間に地面を構築してしまった。


 その地面からさらに、ぽうっ、と光が浮かぶ。一つ浮かんだと思ったら、それに呼応するように光が増殖した。

 瞬く間の出来事に、シロ以外の船員はみな呆けていた。誰一人、言葉が出ない。

 現出したそれは、広大な純白の足場に無数の白い石碑のようなもの――浮かび上がった光の正体はそれだろう――が立ち並んでいる、想像していたものよりも簡素なもの。唯一、荘厳といえるのは中央にそびえる、巨大な石碑くらい。


「これが、聖域?」


 小さく驚くアリュオン。ただそれは聖域出現に対してではなく、出て来たことに全く動じなかった自分自身にだ。

 湧き出した感覚は、まるで始めから知っていたよう。

 いや、知っていた。


 目の前の聖域が〝バハムート〟に覆われ、〝スキュラ〟に認識を拒絶され、〝人魚〟に聖域外に出た途端、記憶を洗い流されることは――通りで、簡単に現出した聖域の情報を未だに誰も持っていないわけだ。

 みなも同じような既視感に襲われているようで、それぞれ困惑の色が出ていた。


「違う。これは聖域じゃない。入り口。聖域はこの最奥にある」

「降りられるの?」


 アリュオンの問いに、シロが頷く。

 それでも、理解を超越した未知に足を踏み入れるのは躊躇う。ためしに先の戦闘によって破損した床板を適当に放る。不快な音を一つとともに出現した地面に跳ね返り、騒音を奏でながら適当に転がって海に落ちた。


「大丈夫でしょう?」

「――そうみたいだな。よし、降りる準備をしろ」


 グライフの命令に従い、梯子を下ろす。

 アリュオンが視線を上げると、反対岸に停泊する軍艦が見えた。距離は大分離れているが、互いに見えているなら対峙する可能性はあるだろう。

 みなは戦士の瞳を滾らせている。グライフといえば、シャリオリにグライフは耳打ちをしていた。彼が指差す石碑を見、シャリオリが頷いている。


 いよいよ始まる作戦に、アリュオンは震えた。

 これから、シロの運命とこの海の未来を賭けた一歩を踏み出すのだ。

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