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最果てのテスタメント  作者: pu-
第四章 少年が少女に願ったこと
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4.欲望への道

 一時間くらいの最後の打ち合わせを終え、再び自室に戻ったルミナ。

 扉の前でメーアが立っていたが、特に戻りが遅くなったことを咎めはしなかった。それよりも気になったのは、協力者と連絡が取れたかだ。


『無事に済んだ』――メーアからその一言を得、ルミナは僅かに安堵した。

 簡易正装を机に放り投げると、ルミナは椅子の背もたれに体重を預け、瞑目をする。


(明日、全てが終わるのか……)


管理者(オケアノス)〉の座を入手するという計画は、他でもない〝白鯨〟の咎人が持ちかけたものだった。

 自らを『ピークォド』と名乗った咎人の少女が、《博雅の徒》の施設に来訪したのは今から五年前。

 今でも覚えている。あの、降りしきる雨音は。

 何せルミナが正規会員として、『神堕とし』の紋章が刺繍された制服の袖を通した日であったのだから。


 普段なら事前の面会の約束もなしに訪れれば門前払いであったが、それが〈蒼海の瞳〉を所持しているとなれば別だ。

 少女、ピークォドと受付嬢の問答に立ち会ったのは、単なる偶然であった。その近くの案内板で自室を探していたためだ。

 最初の接触は純粋に興味だった。どうして〝白鯨〟の咎人が自ら《博雅の徒》にやって来たのかという。

 ルミナは自らの部屋にピークォドを招き入れ、扉を閉めた早々に彼女は話を持ちかけた。


『〈管理者(オケアノス)〉にならないか?』と。


 馬鹿げた話だとは思ったが、〝怪物〟の口からそれが出たのは興味深かった。〝怪物〟の妄想は果たして、どこまで現実に触れることができるのか。それを測ってみたくなったのだ。


(まず始めに〝怪物〟を操るなんていう発想は、人間には永遠にできないな)


 当たり前のように『できる』と断言した彼女の瞳は、〝怪物〟の証である蒼を放ってはいたが、奥に燃える焔は実に人間らしい色をしていた。

 そして、見返りはこちらの想像を超えた、人間臭いものであった。


(〝怪物〟が権力を欲しがるとは、思ってはいなかったけどな)


 その時の、今まで確固たるものとして抱いていた自らの知識が瓦解してく音は酷く不快で、同時に爽快なものがあった。今でも、あの相反する感情の音色は忘れられない。

 人間と交渉するため、同族殺しを犯してまで咎人の肉体を手に入れたというピークォド。

 どうして権力なんてものが欲しいのかと訊ねたら、『自由が欲しい』と即答してきた。まさか〝怪物〟の咎人などに納得させられるとは思っていなかったルミナは、腹を抱えて笑った。


 それから、聖域攻略に積極的だったイルレツァリア帝国に接触した(正確には、皇帝派によって冷遇されている軍部だが)。

 始めこそ眉唾ものとして進捗は芳しくはなかった。テーブルに座らせることをこじつけるまで、半年を費やしたくらいだ。


 計画立案当初から帝国軍幹部と《博雅の徒》の上役の目の前で、〝人魚〟の咎人を使って罪を洗い流させるというデモンストレーションを計画していた。

 だが、肝心の〝人魚〟の咎人を、なかなか捕まえることができずにいた。

 計画の破綻が暗く影を覗かせる中、それが可能となったのは二年前。


(やっとの思いで見つけたそれが、グライフが逃がしたという〝人魚〟だったのだから……どこまでも、僕はこの海に翻弄されているんだな……)


 罪を洗い流せることの証明として生まれた、〝リヴァイアサン〟の咎人。彼女を《博雅の徒》に渡し、〝白鯨〟の咎人ピークォドを帝国側に就かせることで互いの信頼を構築した。


(まぁ最悪、〈管理者(オケアノス)〉になれずとも、条件さえ整えば咎人の生産ができるという事実さえ持っているだけで、他国との戦力差は開くからな)


 帝国側の条件として、この事実を他国に伏せるという密約を交わした。

 誰を〈管理者(オケアノス)〉にするかという選択は、ルミナの予想よりもスムーズに、それでいてあっけなく決着がついた。その大役に愛国者のハウリー少佐が任命されたのは、自然なことだったのであろう。


 一方の《博雅の徒》の見返りは、〈管理者(オケアノス)〉が保持するこの海の歴史を完全に開示するということで落ち着いた。

 そして作戦終了後、元の咎人の肉体に戻ったピークォドには、帝国軍の上位軍人の養子として迎え受けることとなった。

 正規会員に就任して間もない新参者のルミナに、責任者という大役が与えられたのは異例なことだ。

 が、理由は明らかだった。


(それだけ《博雅の徒》の老害どもは、計画の成功を期待していなかったんだろうな。失敗の尻拭い役はごめんだったんだろう)


 帝国側に〈管理者(オケアノス)〉の座を譲ったのは、《博雅の徒》の影響力がなかったこと以上に、深入りしたくはなかったのだ。


 それにそもそも、《博雅の徒》ではルミナが準会員になる以前から内部分裂が起きていていた。

 無知の恐怖から解放されるために知識を貪る者と、無知の恐怖を受け入れぬために理解を閉ざす者とに。その後者が今、《博雅の徒》幹部の大半を占めているのだから、計画に消極的なのは当然と言えば当然だった。


 彼らの言い訳を借りるなら、知識の収集とはジレンマなのだ。

 世界を知れば知るほど、知らないことが増えていく。すでにそれを『無知の確認』と体よく名づけた者達は、自らの職務を放棄し、生活を潤すことに躍起になっている。


(だからこそ、こんな無茶な計画を立てたんだけどな……)


 計画は多少の誤差や遅れこそあるものの、破綻に繋がる傷はまるでない。

 ルミナの(・・・・)計画は(・・・)何一つ(・・・)


(ピークォドは所詮、何も持っていない〝怪物〟の咎人でしかない)


 賢しく振舞ったところで、結局は〝怪物〟は〝怪物〟なのだ。

 圧倒的力を有しているが故に、絶対的強者と驕っているが故に、彼女は人間を思うがまま動かせると誤解している。

 人間の真なる悪意が、たかだか暴力の所持だけでは捩じ伏せられないことを分かっていない。

 それを止める唯一の手段は、暴力の行使そのものしかないのだから。


(誰もが何も分かっていない)


 ルミナは口元を歪める。今にも笑い出したい欲望を抑えながら。

 だが無理もない。世界は変転するのだ。

 ルミナが望んだ世界に是正されるのだ。

 人間がいつしか信じていた約束された安寧は、明日、脆くも崩れることとなる。

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