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最果てのテスタメント  作者: pu-
第四章 少年が少女に願ったこと
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1.決心への道

 管理権を継承した〝八番目の怪物〟は他の〝怪物〟を管理するため、自らの力によって〝怪物〟達に名をつけ、役割を明確にした。


〝始まりの怪物〟には、他六種の〝怪物〟の暴挙を叩き潰し、それらを統べる王たる名、〝リヴァイアサン〟を与えた。

〝二番目の怪物〟には、他種の動向を〈水伯〉に知らせる空を渡る伝令の名、〝蛟竜〟を。

〝三番目の怪物〟には、聖域が聖域外の脅威から揺らがぬように支える〝バハムート〟を。

〝四番目の怪物〟には、他種を自らの海域内に縛りつける〝クラーケン〟を。

〝五番目の怪物〟には、他種の聖域間の交流の一切を拒絶させる〝スキュラ〟を。

〝六番目の怪物〟には、聖域を巡る過去の戦争の罪を洗い流す〝人魚〟を。

〝七番目の怪物〟には、他種に〈水伯〉の意志を貫かせる〝白鯨〟の名を与えた。



 名づけられた全ての〝怪物〟は、同時に問うた。

「なら、我らは汝らをなんと呼べばいい?」と。

 この時、彼ら〝八番目の怪物〟は全大陸を支配し、全ての海を行き来できる名――〝オケアノス〟を名乗った。


  ◇◆◇◆◇◆


 グライフとともに船へ戻ったシロはアリュオンの不在を聞き――その理由が自分を探すことだということも――、胸の奥が晴れず、ざわめいていた。

 ただそれは、今に始まったことではない。自分が消滅することに対して、アリュオンが感情をぶつけて来た時から、そんな違和感が芽生えつつあった。


 船内を特に目的もなく歩く。

 自分を探すために飛び出したアリュオンを探そうとしたが、ミイラ取りがこれ以上ミイラになっても困る、とグライフに引き止められたため、どこで何をしていいか分からずにいるのだ。

 船へと帰る途中、グライフから聞いた話では《博雅の徒》ルミナ・セトラヴァディンを始めとした帝国艦隊は明日、ついに聖域との戦争を起こすのだという。そのため、アリュオンの捜索命令も相俟って、船内が俄かに慌ただしくなった。


 半年前、自分が生まれた時に知った戦争。それがついに数時間後に決行されてしまう。

 と、数歩先の部屋が目に留まる。そこは昨日、アリュオンが勉強をしていた場所。今はベルルイを始めとした船員が、聖域への航路について会議をしていたところであった。

 確実に固まりつつある聖域への航行。戦争を回避させるため、この船は聖域に向かう。


(たとえ、アリュオンがいなくても……)


『約束』は絶対ではない。アリュオン達が知っているかどうか別として、たとえ彼が船に戻らなくとも、当然ながら聖域に向かう。そうしなければ、止めることができないのだから。

 ただ、胸の内で形容し難い何かが渦巻いている。


(なんだろう……?)


 この船に来てから、自分の中で次々と何かが生まれている気がする――いや、何かに気づき始めたというのが正しいか。それがなんなのか。分からぬもどかしさを噛みしめる。


(ただ、アリュオンが戻って来たところで……)


 何を、彼に告げればいい? 何を、告白することができる?

 自分にはまだ、誰にも言っていない、言えない真実がある。〝リヴァイアサン〟の咎人を使った狙いを、本当は知っているのだ。


(言ったら、アリュオンは本当に『約束』を破ってしまう……)


 グライフはシロ自身がアリュオンを説得しろと言ったが、できないに決まっている。何せ自分は人間ではない〝怪物〟なのだから……

 船内から聞こえる雑談がより、自分の孤独を強調する。

 と、目の前の部屋から名前の分からぬ男の船員が現れ、目が合う。


「おう、シロ! おかえり!」


 いきなり声をかけられ、シロはやや遅れて頷くことしかできなかった。それでも彼は構わなかったのだろう。作業場へと歩を進めて行った。

 船に戻った際、みなにそう声をかけられた。『おかえり』と。

 しかし、自分が帰る場所はこの船ではない。聖域だ。

 本来、それをかけられるべきはアリュオンだ。

 そしてその当人は今、どこで何をしているのだろうか? もし、『約束』を絶対のものだと勘違いしていて、自分の命を救うためにこのまま帰って来なかったら……


(覚悟はできている)


 自らに言い聞かせる。覚悟という言葉が、自然に出てきたという本心を理解せずに。

 無意識に足は甲板に向かう。外に近づくほど歩は早く、最後はやや駆け足気味になっていた。

 甲板にも作業を行う者は多い。それでも、先程よりは幾分か落ち着くことができた。

 潮風が運ぶのは、暖かさに溶け込んだ懐かしさ。優しいと感じられるこの風に頬をさすられるのは、今日で最後だ。


   ◇◆◇◆◇◆


 アリュオンが戻ってみると、まず始めに船を降りて仁王立ちで待っていたサージェスに拳骨を喰らい、船内ではみなに叱られ、船長室でグライフにもう一度拳骨をもらった。それからその場で、どこで何をしていたのかという報告を一通りさせられた――メーアと一緒にいたことは言わなかった――あと、コラルダから船を飛び出してからの状況を訊いた。


(やっぱり、メーアが言った通りシロは戻っててたんだ……)


 ずきずき、とまだ痛む頭部をさすっているアリュオン。船員が忙しなく行き来する中、とぼとぼと廊下を歩くシロを見つけた。


(甲板にでも出てたのかな?)


 気づく様子のないシロにアリュオンが駆け寄ると、彼女がふいにこちらを向いた。

 互いに目が合うと、アリュオンは思わず息を吞んでしまう。そして、ほんの少し気まずさを覚えた。一瞬の妙な間が空いたあと、


「おかえり、アリュオン」


 まさかの一言に、アリュオンはきょとんとし、足を止めてしまう。


「? どうし――」

「たっ、ただいま!」


 シロの言葉を遮り、しかも恥ずかしいほど大きな返答に彼の顔は真っ赤に染まる。

 一方のシロと言えば、大声にびっくりしたのか、目を真ん丸にしていた。

 立ったままの二人の耳には、明日に備える者達の声と作業音が入って来る。それに僅かに混じる、自らの呼吸と心臓音。


「……じゃあ、私は行くから」

「待って!」


 早足にアリュオンの横を通り過ぎる彼女の細い腕を、咄嗟に掴む。

 肩越しに振り返るシロの顔を真っすぐ見、「きちんと話して欲しい」と、アリュオンは小さく頭を振り、もう一度その蒼い瞳に合わせる。本心を口にするために。


「シロ。ちゃんと話をしたい」

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