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最果てのテスタメント  作者: pu-
第三章 咎人が運命に抗ったこと
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8.敵と友

 道草を食ったあと再び本腰を入れた捜索をしたものの、結局見つかることはなく、二人は再び工場区に戻っていた。


「まだこの明るさだが、日暮れは近いな……」


 ほんのりと橙に染まり始めた空がメーアの瞳に映る。

 雲の流れは穏やかだ。天候の予想は人並みの知識しかないが、それでも明日は晴れることは分かる。視線を落とせば、日の光によってさらに赤く映えたレンガが目に留まる。静寂に包まれた廃墟は、どこか美しさを漂わせた。

 アリュオンも同じものを見ている。ただ彼女の心情とは違い、沈みを見せる日の光は、メーアの言葉も相俟って焦りを募らせるばかりであった。


「アリュオン、君は船に戻るべきだ」

「でも……」

「君がいなくなれば、今度は君の仲間が探す羽目になるぞ? それに彼女が戻っている可能性もあるだろう?」

「あっ……」


 アリュオン自身が探されることと〝白鯨〟の咎人が船に戻ることなど、全く念頭になかったようだ。そして、彼の顔はすぐさま青ざめる。怒られるところでも想像しているのか。

 頭を抱え、うめき声に近い声を発しながらもんどりを打つ様は少し面白かったが、どこかかわいそうでもあった。

 そんな中、アリュオンが突如として動きを止めた。


「――って、俺! 一言も女の子だなんて言ってないぞ!」


 失言だったとはいえ、今さら知ったこの少年の鈍感さに呆れる。

 だがもう、バレてしまっては仕方ない。メーアはますます顔を曇らせる彼に構わず続けた。


「心配しなくとも、〝白鯨〟の咎人は君達の船に戻る」

「――っ!?」


 アリュオンの瞳は動揺に激しく揺れ、落ち着きはさらに失われる。

 立て続けに知らされる衝撃の事実に、彼の状況把握が追いついていかないようだ。


「彼女にはあの船しか頼るものはない――そして、君を頼っているんじゃないのか?」

「……それは、ないよ」さっきまでの動揺が嘘のように、ぽつりと呟く。「シロは俺がいなくても聖域に行くって言っていたから」


 アリュオンが繕った笑顔は、悲しく引きつっていた。

 まだ出会って数時間しか経っていないが、それでも彼が普段は決してそんな顔を浮かべることはないのだと分かる。だから。どうしても、そのままにしておきたくはなかった。


「〝怪物〟が『約束』をするのはどうしてだと思う?」


 いきなりのことにアリュオンは戸惑ったようだったが、首を振った。

 ほんの僅かな動作だったため、見落としてしまうところだった。


「確かなものが欲しいんだ。押しつけられただけで、何も持っていないから――特に、私達は」


 メーアもまた、確かなものが欲しいものを求め、縋りたい者の一人。

 だから、〝白鯨〟の咎人の心境は否応なく分かる。


「確かに独りで聖域に行けるだろう。間に合えば、の話だが――でも、その時の彼女は何も持っていない。不安に押し潰されそうになったまま、何も持たずに消えてしまうのは、寂しい」


 逡巡の間のあと、アリュオンは小さく頷いた。


「でも……それでも……シロが消えるのは嫌だ……」


 メーアは彼の落ちた肩に手を置く。震えが、抑えられない感情が、掌から胸へと伝わる。


「なら、きちんと話すべきだ。彼女と」


 アリュオンの唇が動くものの、言葉としてメーアの耳に届くことはない。

 躊躇いの要因が何かは分からぬが、彼が踏み出すために背中は押すことはできる。


「単に『約束』というものが欲しいだけなら、すぐにでも他の船員にすればいい。でも、彼女はそれをしていないんだろう?――その意味を、彼女の言葉を聞いて考えるべきだ。そしてその上で、アリュオンの気持ちを伝えるんだ」

「……うん」


 心許ない返事だったが、自分にできることはもう何も思い浮かばなかった。あとはもう、彼の覚悟を揺らがないことを望むしかない。


「……戻って、シロと話をしてみる」

「ああ。それがいい」


 少なからず先程よりは前を見据えるようになったアリュオンに、メーアは微笑んだ。

 それから彼に帰り道を教えたが、無事に帰ることができるのかという不安は拭えなかった。それでもついていかなかったのは、触れるだけで崩れてしまいそうな矜持を守りたかったから。


 消えゆく彼の背中を見て、なんとなく自分と似ているのかもしれない、と感じた。

 大切な人の願いを叶えたいが、それが悩みの根本であるということに。

 分かるからこそ、何もできないことを、できなかったことが申し訳なかった。

 自分も帰路に戻るため、もう姿の見えないアリュオンに背を向けた。


(これが……友、というものなのかな?)


 知識から、最もしっくりと心に馴染んだ言葉を引き出した。

 だからであろう。結局、最後まで白状できなかったのは。〝白鯨〟の咎人を失わずに戦争を止める方法が、すでにもう失われていることは。

 怖かったから。アリュオンに責められるのが……拒絶されるのが……


 ふと、主と目的を失った機械がいくつも目に留まる。

 彼らはもう二度と、自らの存在意義を果たすことはないのだろう。仮にここに需要が戻ったとしても、ただでさえ古く、手入れのされていない機械など当然捨てられる――その方がまだ幸せなのかもしれない。今のように放置されるよりは、ずっと。

 なんとなく、似ているのだろう。ただアリュオンに垣間見た、類似とは全く違う。

 彼が希望だとすれば、ここは未来……いや、末路だ。


「……もしかしたら、戦争を止めたいのは私の方なのかもな」


 メーアは独りごちる。

 誰よりも計画の頓挫を望んでいるのは、間違いなく自分だ。

 だがもう戦争の火蓋は切ってしまった。他ならない、メーア自身の手で、すでに……

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