7.特異と当然
「探している相手の行きそうな場所に、見当はないのか?」
すっかり冷静を取り戻したメーアは、まるで泣いたことがなかったような態度だった。
いや、何か必死になって挽回しようとしているようにも見える。振る舞いや態度などは完全に年上なのだが、どうも可愛らしく見えてしまう。
「聞いているのか、アリュオン?」
「あぁ、ごめん――考えてた」
半分は嘘だったが、シロがどこに向かうか考えていたのもまた事実。しかし、そんな場所は分かるはずがない。彼女とは昨日出会ったばかりなのだから。
数少ない情報を、ない頭を使って纏める。
真っ先に浮かんだのは、新しい『約束』を誰かと結ぼうとしているのではないか。そんな疑惑であった。
(そんなことさせてたまるか。命を捨てさせるなんて、絶対にさせたくない)
思考を巡らせる内に工場区から離れ、二人が出会った場所とはまた違う市場に出た。
ここは比較的に治安が保たれ、中級階級と海に生きる者達、それに商人が入り混じる。
扱われるものの大多数が食品であり、近くの海のものや遠方から運ばれた珍しい食べ物まで幅広い。値段もまちまちだが、客引きのために用意されている安価なものが目につく。
そして当然のことながら、人々も多い。
いくら珍しい姿をしているとはいえ、そんな中で少女一人を探すなど不可能に近い。
それでも可能性を増やすため、メーアの目を盗んでこっそりと白い少女を見なかったかと聞いてみようと試みた。が、彼女の目を誤魔化すほどの技量が自分にはないという、確認作業をする程度の収穫しかなかった。
――と、メーアが立ち止まる。
「なぁ、アリュオン。その探している人は、食べ物に興味があるとかっていうのはないか?」
「いや、どうだろう……?」
全く持って念頭にもなかった問いに、アリュオンは腕を組んで首を傾げる。
「真剣に考えて見てくれ。たとえば出店に興味があるとか……」
「う~ん……」
ちらりと彼女を見やると、〈蒼海の瞳〉がまるで朝日に輝く水面のようにきらきらと輝いているように見えた。実に純粋に。
「……まさか、さ。まさかとは思うけど……」
「なんだ?」
「メーアが食べたいの?」
途端にメーアが黙り、俯く。見る見る内に耳まで真っ赤にしていた。
そういう態度を取られると、なんとく悪戯したくなる。
「多分、興味ないんじゃないかな?」
空とぼけたように、アリュオン。するとメーアの表情に焦りが浮かぶ。
「そんな!? 安易に決めつけるのはよくないと思うぞ!」
「いや、どうだろう? そんなこと聞いたことないしな」
「言っていないだけ、ということもあるかもしれないじゃないか!?」
「でも、食に興味があったように見えなかったし……」
「隠している可能性だってある! 何より、どこにいるのか分からないんだから、足で情報を稼ぐしかないだろう!?」
「いや、きっといないね。だからここにいても――」
「ああそうだ! 私が食べたいんだ!」
そそくさと離れようとするアリュオンの腕を、メーアが咄嗟に掴む。
彼女はずいっと顔を近づけて来た。荒い息が鼻孔をくすぐる。正直、嫌な匂いではなかった。
「私はああいったものを、こういった場所で食べたことがないんだ! 興味があって当然だ!?」
唾がかかり、耳鳴りまでする始末。そして有無を言わせず、近くの店に強制連行される。
半ば引きずられる中、もしかしたらシロも珍しい食べ物に釣られて出て行ってしまったのか? そんな夢想を抱く。
しかし、阿呆な考えはすぐに霧散した。事態が事態なのだから、そんなことはまずないはずだ――ただ、想像の中のシロの食べ物を頬張るその顔は実に幸せそうだったが……
アリュオンも本来なら寄り道などはしたくなかった。が、メーアの言い分も一理ある。今は足でシロの情報を得るしかない。
(それに、どう足掻いても逃げられそうにないし)
早速連れられたのは、近くで取れた魚を主に販売している店。色取り取りの魚を前に、メーアは真剣な眼差しを向けている。
店主であろう初老の女はメーアの瞳を見、〝怪物〟であることを察したようだ。ぎょっとした顔を、アリュオンは確かに見た。
「店主、今食べられるものはないか?」
「えっ……? あっ……」
「やろうと思えばある程度のものは丸齧りもできそうだが、できればそれなりに創意工夫してあるものを食べ歩きたいんだ」
店主は状況が呑み込めず、ただただ困惑するばかり。
しかし、目の前にいるのは〝怪物〟だ。恐らく、真っ先に悟ったのは『選択を間違えれば死ぬ』そんなところだろう。アリュオンは店主の顔色が悪くなる様に、なんとなくそう思う。
「なら、この干物とか……」
圧倒される中、声を震わせながら吊るしてある干物を恐る恐る差し出すと、
「買った」
丁寧にそれを受け取り、一緒に吊るしてあった値段分を財布(小銭などは別に入れていてよかったと、メーアは心の底から思った)から支払う。
店主は終始、怯えていたがメーアはお構いなし。他にお薦めはないかと訊ね、店主が選んだものを迷いなく全て買った。
始めに買った干物を一口サイズに千切ると、口へと運ぶ――前に手が止まる。
「どうしたんだ?」
「いや、食べ歩きというのは行儀が悪いような気がして……」まるで言い訳のようなことを口にするメーア。「それを破るのは、不思議な気分だな」
ふふっと、どこか子供のような笑みを浮かべる彼女に、アリュオンも思わず釣られた。
「うむ。なかなかどうして……」
咀嚼しながら、メーアはすぐに隣の店へ。そこは果物が多く、数歩移動しただけで魚介類の臭いから一変した。
店主はメーアを見ても、狼狽などはしなかった。話では、巨棲海近辺に住む人々の中には〈蒼海の瞳〉ほどではないが青い瞳を持った者が多いという。なので、そちら側の人間と思ったのかもしれない。それか深く関わりたくはないから、人間として扱ったかのどちらかであろう。
それから数歩歩いては、店主にすぐに食べられるものを訊き、買い、口の中に入れていく動作(ついでに店主達が見せた十人十色の表情)が連続した。
少なからず一時間近くは食い歩きをしたのではなかろうか。結局、メーアは市場だけでは飽き足らず、少し離れた出店にまで手を出した。
時折、「こんなことになるのなら、あんなやつに金貨を渡すんじゃなかった」とぼやいていたことから、まだ食べたりなのだろう。
「さすがに食い過ぎじゃないか?」
「ひょんなこひょはふぁい」
食べ物を口いっぱいに、それこそ頬がはち切れてしまうのではないかと心配してしまうほど詰め込んだメーアが何か言うのだが、言葉は全く持って伝わらない。が、その瞳を見れば、『そんなことはない』と否定してきたのだとなんとなく分かった。
口の中だけでなく、腕の中にも大量の食い物。魚介類、山菜、野菜、駄菓子など実にジャンルに飛んでいる。中には匂いのきついものもあり、正直近くにはいたくない。
そんなものさえもお構いなく、口内に少しでもスペースがあれば強引にでも詰めていく。リスでももう少し賢いだろう。それに味も無茶苦茶になっているはずであろうに……
ただ、その満足そうな表情に何も言えなくなる。
そしてメーアのその顔が、一時間近く前に夢想したシロの幸せそうな顔と被った。
(シロもこんな顔をしてくれるのかな……?)
シロにもメーアと同じように、この世界のことをもっと知ってもらいたい。教えてあげたい。
アリュオンは小さな拳を握る。その手で決意を固めるように。




