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最果てのテスタメント  作者: pu-
第三章 咎人が運命に抗ったこと
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2.史実と巷談

 人間と物で溢れるトルトゥーガの港は相変わらず騒がしい。露店の店員達と船乗りどもの馬鹿騒ぎのお陰で、グライフと船員の会話が何度も遮られる。

 中には、こちらが部下と大切な話をしているのも構わずに話しかけて来る者も。つくづく、礼儀とは無縁だ。


 大所帯で港には入ったが、奥に進むにつれて仲間は少なくなる。

 それぞれ、用意すべき物資を買い集めるからだ。だが当然、自らの欲を優先させるものも出て来る。ここはそういう誘惑の多い場所なのだから、与えられた仕事さえこなせば大目に見るつもりである。


「にしても、親父。シロが水流を操れることを知ってたなら、投錨上手回しなんていう無茶をする必要はなかったでしょう? やっこさんも、まさか〝怪物〟の咎人が乗船しているなんて思ってないでしょうから――俺達がドゥンケル・ハイト号に襲われた時みたいに」

「人間の争いごとに〝怪物〟を巻き込むな」


 ヤクジャーヌは軽い気持ちで言ったつもりだったが、それに反してグライフの言葉には重い。


「あれは人間の常識を逸脱した力だ。それに一度でも縋れば、味を忘れられなくなる」

「……すいませんでした」


 俯くヤクジャーヌ。着いて来る他の船員達の空気もどこか重くなる。グライフ自身気づかぬ威圧が醸し出されていたようだ。

 どこかばつの悪そうに自嘲し、グライフは恥の一つを語る。


「謝ることじゃない。俺だって昔は、〝怪物〟の力という甘い果実がやめられなかったクチだ。お前の気持ちは分かる。あの力さえあれば、船員の負傷率は格段と下がるしな」


 少しは慰めになったであろうか。分からぬが、落ち込み続ける男ではないことは確かだ。教訓として胸の内に刻んでいるところだろう。

 いつの日か、彼も他の船員も、一人の海の戦士としてこの海原を巡るかもしれない。その日のために、自分は自分の知識を彼に、そして他の子供(せんいん)達に惜しみなく渡す。それが時代に生きる者の義務だ。


「俺が最初にであった咎人は〝蛟竜(こうりゅう)〟の咎人だった……」


 そのため、つとつととグライフは海兵時代に遭遇した〝怪物〟の咎人について話し始める。

 何人かには聞かせたような気もしたが、目的地に着くまでにはいい時間潰しになる。話を聞いたことがある者にとっては苦痛の延長かもしれないが、そこは目を瞑ってもらうか、もしくはふらっと姿を消す努力をしてもらおう。


 話を続けながら五分は歩いたであろうか。着いて来る船員がヤクジャーヌと数える程度になったところで、グライフはトルトゥーガ港に来た際は必ず訪れる酒場に入る。

 外以上にうるさい店内では、日常的に喧嘩が行われている。今も新米であろう海兵が、これまた見覚えのない若造の海賊と殴り合いをしていた。喧嘩はこの店にとって装飾であり、怒号と罵声は雰囲気を出すための心地いい音楽だ。


「おい! グライフじゃないか!?」


 グライフの入店に気づき、俄かにざわめく。

 喧騒はより激しくなり、それに呼応するように殴り合いはヒートアップする。

 グライフに駆け寄る者と、無視を決め込む者。一瞥したあと、自分達の話に戻る者など様々。そんな中で、ひと際大きな人だかりがあった。

 いつも通り、グライフは店主のダーニーの元へ向かうためそこを横切る。


「だから、なんでも帝国が聖域に戦争を吹っかけるだとよ」「〝怪物〟相手に戦争? なんで?」「どうやら〈水伯の証(テスタメント)〉を奪うらしい」「テスタメントって、あの〝怪物〟達の管理者の証っていう〈水伯の証(テスタメント)〉か?」「本当にあんのかよ? お伽噺じゃないのか?」「そういうロマンを追うのは海賊(オレら)の専売特許だろ? むしろあいつらは、それを見て鼻で笑う方だ」「じゃあ、本当にあるんじゃないのか?」「ここ最近、軍艦が港に集まってきてるしな」


 適当に聞き流しながら席に着くと、ダーニーが酒を差し出す。竜海に出回る辛口の酒だ。


「相変わらずだな、ダーニー」

「そういうお前のところはどうなんだ、グライフ?」

「相も変わらなければ、少しは楽だろうな」


 店主も酒を片手に、久々の再会に話を弾ませる――ちなみに、この二人の会話を妨げないようにするのが船員達の役割である。ただ、会話を邪魔する者はいない。会話を盗み聞こうとした男を、二人が二度と船に乗れなくなるほどタコ殴りにしたことがあるからだ。

 交わされる会話は世間話と下世話な冗談から始まり、昨今状況や海兵、《博雅の徒》、商人の動き。それに海賊についての情報だ。秩序のある海軍よりも無法な海賊の方が危険な輩は多い。

 そんな二人の話を割くように、時折、団体の会話が入り込む。


「帝国が戦争を仕掛けるっていっても、聖域外の敵から守る〝バハムート〟がいるんじゃねぇのか?」「さぁな。何せ、聖域に喧嘩売る馬鹿なんて今の今までいた試しがねぇからな」「いや。昔、《博雅の徒》正会員のサルムンドってやつが〝バハムート〟の聖域に行って〈水伯の証(テスタメント)〉を奪おうとしたって話があるな」「なんかあったな、そんな話……」「でもよ、一〇〇年以上前の話だろ? 自慢げに鼻を鳴らしながら、語る話じゃねぇよ」


 どうやら、先程の塊とは別でも帝国の不穏な動きについての会話がされていたようだ。

 かつて公式非公式を合わせて、聖域の調査や攻略を行おうとした者は多い。

 現存する最古の記録とされているのが、《博雅の徒》初代会長であったティレスタ・エスタレウカの『大調査』。


 彼は当時の会員(大半が準会員だが)の三分の一を引き連れ、〝リヴァイアサン〟の聖域を目指した。が、ティレスタらの帰りを待つ会員達に、調査結果を報告することは永遠になかった。

 有名な学者であり海賊でもあった、アイオラ・セゼナとトランセオルディー・ガブスは〝クラーケン〟の聖域を目指した。彼らを筆頭にした海賊団は、聖域近辺でその消息を絶つ。


〝蛟竜〟の聖域を目指したのは錬金術師ピネネ・バダ、賢者リーシェ・ハオジェン、《博雅の徒》の正会員であったサイモン・アガ・デビズなどがいたが、いずれも失敗している。中には〝蛟竜〟に襲われ、壊滅したという報告もあった。


〝白鯨〟の聖域なら帝国が数度、調査師団を出している。

 最近では、二九年前の第十二回聖域探査が有名だ。多額の税金を投入して行われた調査は、責任者の帝国軍学者フィランジェシー・ブラスエッジを始めとした全二二の船が、〝白鯨〟に全滅させられた。

 この事件によって帝国は民衆の反感を買い――半ば強制的な人員徴収によって集められた一般市民(多くは貧困層)の多くの命が奪われた。結果、一部地域の労働力が極端に落ちてしまった――、そこから現在に至るまで、公式では聖域の調査は行われていない。


「するとして、どの聖域を襲うんだ?」「〝白鯨〟らしいぞ」「〝怪物〟を支配して、次は世界支配か?」「まぁ、できんこともないだろうな。〝怪物〟一種でも支配すりゃ、世界の一〇分の一を支配したってことだ。人類に残った三割なんて、簡単に支配できるだろうな」「でもよ、聖域に辿り着くには試練があるっていうじゃないか」


 周りの声に耳を傾けていたグライフに、ダーニーが苦笑いを浮かべる。


「近頃、海軍が頻繁に海賊を雇ったり、《博雅の徒》の会員が姿を見せるからな。戦争とまではいかないだろうが、大きな調査くらいはありそうだな――明日、それを行うんじゃないかっていう話も出てるくらいだ」


 彼としては、噂を信じていないということなのだろう。その会話の中で、すっ、と紙が一枚、ダーニーから手渡された。グライフは一目見ただけで、それをくしゃくしゃに丸めて捨てる。カウンターへと。ダーニーが念を押すように、それを靴底で踏み潰した。

 一連の動作はヤクジャーヌ達からは死角となっていた――というか、他の客や娼婦達の相手をしていて、こちらを見る余裕はなさそうだった――ため、何かをしたということさえ見られてはいなかった。


 一つ、グライフは息を吐く。

 ダーニーは紙の中は見ていない――それがこの町の常識であるが、仮に見たとしても何が書いてあるか分からないだろう。そういう文章(・・・・・・)で書かれていたのだから――はずだが、こちらの面倒臭そうな顔を見て、中身の大体の予想がついたのだろう。苦笑いを浮かべながら、先程とは別の、度の軽い酒を寄こしてくれた。

 ぐいっ、と一気に飲み干す。酔いはしないが、喉越しはいい。


「よし。行くとするか」酒代をダーニーに渡すグライフ。

「んだよ。もう少しいられねぇのか?」

「俺も忙しいんだよ」


 後ろで娼婦二人を口説いていたヤクジャーヌの肩に手を置く。


「楽しんでるところ悪いが。ヤクジャーヌ、お前は資材確保をしておいてくれ」

「ん? 親父はどこに行くんだ?」

「ちょっと、会うやつがいてな」


 曖昧な表情のグライフを、ヤクジャーヌは半眼で見る――意味を察したのだろう。


「はは~ん……さすが親父だな。港の数だけ女がいるってか?」

「そんなわけないだろ?」いつになく厳しい面持ちで、「それじゃあ少なすぎる」


 連れてきた船員全員が笑う。聞いていた娼婦とダーニーも釣られる。ただ、一番豪快に笑ったのはみなに背を向けているグライフ当人だ。

 ヤクジャーヌの洞察力には感謝する。偽りの表情を理解し、本心を見抜く彼は優秀だ。


(ただ、物事を大げさに言うことを抜かせばな)


 さて。船に戻ったあと、自分の過去は彼によってどう捏造されるのか。

 酒場を出ると同時、ため息が自然と漏れた。ここに来て一番大きいものが。

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