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最果てのテスタメント  作者: pu-
第三章 咎人が運命に抗ったこと
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1.天国と掃き溜め

 海と大地に見放されても〝八番目の怪物〟は絶望せず、自らの手で他の〝怪物〟に侵されることのない、唯一無二の聖域を築き始めた。

 彼らは海を持たない代わりに、別の海を聖域にすることにした。

 長きに渡る年月と数多の犠牲を重ねてことにより、〝八番目の怪物〟の聖域は完成することとなる。


 それは〝始まりの怪物〟に叩き潰されず、

〝二番目の怪物〟に踏み躙られず、

〝三番目の怪物〟に覆い隠されず、

〝四番目の怪物〟に捕まらず、

〝五番目の怪物〟に拒絶されず、

〝六番目の怪物〟に流されず、

〝七番目の怪物〟に貫かれることない、不可侵領域――『情報の海(ことば)』という触れることのできない海を聖域とした。


 そして、聖域の力を駆使し、他の〝怪物〟を一瞬にして凌駕した。

 さらに〝八番目の怪物〟は、天の意思さえも読み取る。

 その結果、〝八番目の怪物〟は天――つまりは〈水伯〉から〈水伯の証(テスタメント)〉を授かり、〝怪物〟達を管理する権利を託された。


  ◇◆◇◆◇◆


《フリビュスチェ》との戦闘によって負傷した船の修繕も兼ね、《ブルーレイス》は物資補給を行うためにトルトゥーガ港に船を泊めていた。

 元から寄る予定だったとはいえ、シロの目的に帝国が関与し、加え〝怪物〟の咎人までいることが確実となった今、装備を予定以上に補強せざるを得なくなった。そういった意味では、先程襲われたのは幸運だったかも知れない。まさか〝リヴァイアサン〟の咎人までいるとは思っていなかったのだから。


『世界の掃き溜め』と揶揄されるトルトゥーガ港には、暗黙のルールが数多く存在する。

 その中の一つであり絶対の掟が、港口から半径二〇キロメートルを不戦海域にするということ。海域に入ったら、いかなる状況でも戦闘をしてはならない。もちろん、この条項は海軍にも当て嵌まる。逆らえば、港そのものを敵に回すこととなる。

 また、港内での犯罪も禁止している。ただし、酒に酔った馬鹿どもの喧嘩は別だ。祭りを止めようとする馬鹿が、一体この世のどこにいるというのだ?


 掟が絶対である要因の一つに、この港には世界最大の兵器開発会社、ツェツィンデヌ社の工場と研究所があることが挙げられる。誰だって、新兵器のデータにされたくはない。


 ただ、それはあくまで脅威の一つ。

 他といえば、そもそも港には多くの海賊がいるということだろう。

 馬鹿がやって来たとあれば、酒に酔った海賊は鬱憤晴らしに攻撃するに決まっている。その喧嘩を賭けにだってできるし、新人海賊は一気に自らの名を他の海賊に知らしめることだってできる。よほどの阿呆でない限り、そんな対象にもされたくはないはずだ。

 仮に制裁から逃げ切れたとしても、港独自の情報網を駆使して全ての港の停泊を拒否される。そうなればあとは広い海原を漂流するか、無人島ないしは未知の大陸を発見するしかない。


 そのような厳しさがあるものの、実際に中に入ってみると規制なんてあるのかと疑ってしまうほど、みなが気楽に楽しんでいる。海兵と海賊が酒を酌み合っているなど、日常の光景だ。

 外からは『世界の掃き溜め』と揶揄されているが、中に入ったことがある者の中には『船乗りの天国』と呼びさえする場所なのである。特に海賊はその味を知らなければ、モグリと言われ後ろ指を差されて馬鹿にされるほどだ。

 だというのに……


「くそ。なんで船内待機なんだよ……」


 アリュオンは遅い昼食の余りであったパンを咥えながら、モップ片手に愚痴を零す。

 買い出し及び情報収集は、数多の経験を積んだ者達の仕事であり、それ以外の船員は船内待機――と、ついでに《フリビュスチェ》との戦闘(主な原因は投錨上手回しと常識を逸した一八〇度回頭だ)によって、滅茶苦茶になった船内の清掃――の命令を受けている。

 今回は港に一泊するものの、ほとんどの船員が残って船の整理と修理をしている。


 しかし、アリュオンの元気がないのは港に行けないからだけではない。


「……あれからシロとも口きいてないし……」


 深いため息を吐く。

 元々、彼女との会話が多かったわけではないが、それでも極端に避けられていることは明白だった。現に、今は『女傑組』と一緒に、ここより一つ下の階層である休息室の清掃をしている――まぁ、シャリオリに連れて行かれたのだが……


「『約束』なんて破るって言ったのがまずかったのかな……?」


 ただ、言ったことに後悔や懺悔の気持ちはなかった。今でも、シロが聖域に行くことは反対だ。何せ、このまま聖域に行けば……


(消されてなんてたまるかよ)


 どうして、シロが聖域に行くと消えてしまうのかなんて分からない。どうやったら彼女を止めることができるのかも、また……

 自分の不甲斐なさ、無知さ、無力さを嫌というほど噛みしめた。

 それだけだ。弱さを知っただけで、なんの解決にもなっていない。


(だからって、俺に何ができるっていうんだよ……)


 また、じわりと目頭に熱いものが――誰にも見られぬよう、隠すように腕で乱暴に拭った。


(泣いてる場合かよ。ない知恵絞って考えるしかないじゃないか)


 冷静に、自らに言い聞かせる。

 確かに自分は力不足だが、だからといって何もできないと最初から諦めては本来できることさえできなくなってしまう。とにかく今は、みっともなくとも足掻くしかない。

 シロを消さないための、何かが……

「おい、何ボケっと突っ立ってんだよ!?」

 ベシッ、と後頭部に衝撃が走る。

 叩いたのは誰か分かる。どうせコラルダだ。外に出られない腹いせに、ちょっかいを出してきたに違いない。肩越しに振り返ると、案の定コラルダが酷く不機嫌そうな顔を浮かべている。

 ただ、意外な顔がもう一つあった。


「シャリオリ?」


 どうして彼女がいるのか。しかも、珍しく眉根が深く寄っている。何事も悩む前に力技で解決する人間が、難しい顔をしているのははっきり言って不気味この上ない。


「おい、アリュオン。シロを知らないかってさ?」

「シロ? 見てないけど……?」


 何故コラルダが訊くのか。いまいち分からないが、アリュオンは首を振った。

 すると今度はシャリオリが、「なら、あの子が行きそうな場所は?」


「う~ん……」アリュオンは少し考え、「甲板は?」

「もう行った。でも、いないんだ」

「じゃあ、俺は分からないよ」

「そっか……」


 よほど困っているのか、赤茶けた短い髪を乱暴に掻き毟りながらシャリオリは部屋中を見渡す――もちろん、行方不明のシロがここにいるわけがない。それに目のいい彼女(それこそ、ごった返す人ごみの中で、目的の人物を見つけられるほど)が見つけられないということはつまり、彼女の不在を証明しているようなもの。


「もし戻ってきたら、休息室まで連れて来てくれ」

「おう!」


 小走りに去るシャリオリに、力強く返事したのはコラルダ。

 アリュオンと言えば、先程から形容し難い嫌な感じに襲われ、胸騒ぎがしていた。

『私は何があっても戦争を止める』――シロの言葉が唐突に過る。

 途端、いても立ってもいられなくなり、モップをその場に捨てる。


「俺、行って来る!」

「おう。気をつけてな――って、おいっ!? 勝手に出てくなよ!」


 コラルダの制止を躱し、アリュオンは船室を飛び出した。

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