6 国へ帰りたい
また翌日のことだった。
「何? これ……?」
「何って昼食だが?」
「昼食にしてはやたら豪華な……」
そして見慣れた料理。
「本当は夜に用意をしたかったのだが、あいにく今夜は公務で遅くなりそうなんだ」
「この料理……どうしたの?」
「フラベリオスの調理法を調べて似た食材を使って料理人に作らせてみたが、やはり本場のものとは違うか?」
部屋のテーブルに並べられた食事はフラベリオスの郷土料理によく似た食事が用意されていた。
「なんでこんな……?」
昨日までに用意されていた食事はこの国リュートリムの料理だった。だが、なぜ急にフラベリオスの郷土料理を意識した食事が用意されたのだろうか。
「故郷が恋しかったのだろう?」
「え?」
そういえば昨日カイルに「故郷が恋しいのか?」と問われた。そのときアナスタシアは否定をした気がするが……?
「そういうわけじゃないと言っていたが、強がりだったのだろう?」
「え? 違うけど……?」
まさかカイルは故郷を恋しがっているアナスタシアのためにわざわざフラベリオスの郷土料理に似た食事を用意したというのだろうか。
アナスタシアの心に温かいものがじんわりと広がる。それと同時に笑えてしまい、アナスタシアはクスクスと笑いだす。
「つ、強がりって……ふふっ、ふははっ……!」
「君なら言いそうだなと思って用意したんだが……」
カイルは見当違いのことをしてしまったせいか、ばつが悪い顔をしていた。
「フラベリオスの料理はいらなかったか? 好物でも聞いてそっちを用意した方が良かったか……」
カイルが落胆した様子で言った。
本音を言うとアナスタシアは食事など食べられるものであればなんでも良い。だが、フラベリオスにはアナスタシアの好物を聞こうとしてくれる者などいなければ、アナスタシアのためだけの食事を用意してくれる者もいない。アナスタシアのための食事を用意してくれたカイルの心遣いが嬉しかった。
「ううん。嬉しいわ、ありがとう」
アナスタシアは素直に嬉しいと伝え、笑顔で礼を言った。
「ははっ、やっと笑ったな……!」
その言葉にドキリとした。カイルはアナスタシアを喜ばせて笑わせたかったのかもしれない。そう意識すると妙に胸がドキドキとうるさく鼓動し始めた。
アナスタシアはこの胸の高鳴りは気のせいだと自分に言い聞かせ「フラベリオスの料理はもう少し味が……」などと話をしながらカイルと一緒に昼食を摂った。
「このあとは、少し庭へ散歩に行かないか?」
「それよりも早く国へ帰りたいのだけど……」
ここでの暮らしが心地良過ぎて少し怖い。
拘束されていることと夜にカイルがやってくること以外は本当に快適だった。だが、アナスタシアがフラベリオスに帰ればまた虐げられる生活が待っている。ここでの暮らしに慣れてしまうのはいけない気がする。
「すまないが、それは出来ない。花は好きか?」
「どちらかといえば好きかな。宮殿の庭、見てみたい」
アナスタシアは部屋に繋げられている足の鎖を外され、カイルについて宮殿の中庭に出た。
手入れの行き届いた宮殿の中庭は季節の花が綺麗に咲いているが、美貌の皇帝カイルがそこを歩くと一段と華やかに見えるのは気のせいだろうか。
ふと目が合い、カイルはアナスタシアに微笑んだ。アナスタシアがつけた頬の傷はもうすっかり治り、美貌の顔が今日は一段と輝かしい。
「うっ眩しい……」
――顔が良いってずるい。
ぱっと見は温和で優しそうに見える。そんなカイルに微笑まれたら胸がキュンとしてしまう。
いやいや、騙されてはいけない。奴はサディストな鬼畜皇帝だ。最近では絶倫という言葉を付け加えても良いのではとも考えている。
「ねぇ、カイル……毎日私のところへ来ているけど、妾妃の方々はほったらかしで良いの?」
「構わない。正妃を迎えるから、彼女たちはそろそろ実家に返そうと考えていた」
正妃……。それならなおさらアナスタシアとこんなことをしていたらいけないのではないか。
アナスタシアを喜ばせている場合ではなく、その正妃を喜ばせた方が良いのでは……そう考えるとアナスタシアの胸はツキリと痛む。
「ついでに私も実家に帰してよ」
「フラベリオスは今、今回の敗戦の責任は全てアナスタシアにあると情報を流しているようだ。国へ帰れば、君がどんな目に遭うか……」
アナスタシアの兄姉で、戦に負けて責任を取らされ廃嫡となり平民に落とされた者がいる。
きっとアナスタシアも同じ道を辿るのだろう。
正直、争いごとが好きな父王にも、アナスタシアを虐げる手柄に貪欲な兄姉にもうんざりしていた。堂々と王家を出ていくことが出来るのであればそれでも良いと思っていた。
「別に構わないわ。捕虜なら早くフラベリオスに身代金なり領土なりを要求して私を解放してよ」
「君に何かあっては私が困る。それに君は捕虜なんかじゃない」
「なんでカイルが困るのよ。それに捕虜じゃないなら私はなんなのよ……」
「君は──」
そこで遠くから陛下と呼ぶ声が聞こえた。
「陛下ー!! 昼食を食べに行くと言って執務室から出ていったのに、何をしているんですか。まだやること残っていますよ」
アンドリューが執務室にいないカイルを探しに来たようだ。
「ちっ……! 見つかったか……」
「書類、どんどん増えていますよ」
「分かった、もう戻る」
カイルがアナスタシアの拘束された両手を取る。
「ちょっと遅くなるけどまた夜、部屋に行くから待っていてくれ。話の続きはそのときに……」
甘い声で囁いて、アナスタシアの両手に口づけた。
カイルが急にロマンチックな雰囲気を出し、アナスタシアはドキリとして顔を赤くした。
「私は執務室に戻るから、アンドリュー! アナスタシアを部屋まで送って。逃げられないようにしっかりと拘束しておいてくれよ」
やはり拘束……。先ほどのドキリとした胸のときめきは取り消したい。
こんな鬼畜皇帝にときめいてしまったなんて。
カイルが中庭を出てからアナスタシアはぽつりと呟く。
「正妃を迎えるって……もう……なんなのよ。あんな鬼畜皇帝の愛玩奴隷なんて勘弁してほしいわ……。廃嫡でも良いから国に帰してほしい……」
アナスタシアは正妃を迎えるという言葉を聞いてから、カイルの側にいることが嫌で仕方がなかった。アナスタシアのことを喜ばせ、気に入っているような態度をとるくせに、カイルには正妃となる女性が存在する。その事実がアナスタシアの胸に突き刺さる。
もうここにはいたくない。カイルには抱かれたくない。
アナスタシアはそんなことを思いながらアンドリューに続いて中庭を出た。
カイルの妾妃のディアナがその様子を密かに見ていたことには気が付かなかった。




