5 模擬戦
支度を終えるとアンドリューというカイルの側近がアナスタシアを呼びに来た。
女騎士のような服装に着替えたアナスタシアは手首を手枷で拘束されたままアンドリューに連れられ部屋の外へ出る。手枷を付けた状態で宮殿内をうろうろするのは外聞が悪いのか、上からローブを着せられ、手枷は見えないようにされた。
逃げ出すときのことを考えると少しでも部屋の外の状況を知っておいた方が良い。アナスタシアは部屋の場所をしっかり覚えながら宮殿の廊下を歩く。
訓練場に着くとカンカンと剣がぶつかり合う金属音が響いていた。
アナスタシアは少しワクワクしていた。幼いころから剣を持たされており、いつか姉のカロリーナを打ち倒してやろうと密かに訓練を続けていた。この頃はその様子を察したカロリーナから稽古の誘いをもらえなかったので、身に着けた剣技を披露することは出来なかったが、ここで敵国の騎士たちを打ち倒せたら気持ちが良いかもしれない。
中心で剣を持つカイルを見つけた。
模擬戦をしているようで、剣を構えるカイルの気迫がすごくてアナスタシアはドキリとした。
立ち止まってカイルの戦いを見た。一人で二人の騎士を相手にしており、剣を打ち込む二人の騎士の剣を一人で次々と弾き返す。
「あっ」
一人の騎士の剣が、カイルの弾く剣の強さに手からすり抜けて、くるくると回転しながら剣が飛ばされた。もう一人が一瞬それに気を取られた隙にカイルは騎士の首の前に剣を構えて静止した。
素早い動きと剣捌きに思わず小さく「すごい」と呟く。
「どうしましたか?」
先を歩いていたアンドリューが立ち止まっていたアナスタシアに気づいたようで、慌てて「なんでもない」とアンドリューの後ろに続いた。
「アナスタシア!」
汗を流し一通りの訓練を終えた様子のカイルがアナスタシアを見つけると嬉しそうな声で名前を呼ぶ。
「私にも戦わせて。剣を持って逃げたりなんてしないから」
訓練場にある剣は訓練用で、刃が潰れており実践には不向きである。そしてここで逃げようと思っても騎士たちに阻まれて逃げ出すことは不可能だろう。
どこかのタイミングで逃げ出したいとは考えているが、ここでは無理だと判断した。
「アンドリュー」
カイルがアンドリューに目で合図を送るとアンドリューがアナスタシアの手枷を外して訓練用の剣を渡す。
「誰が私と戦ってくれるの?」
アナスタシアはくるりと周りの騎士たちを見渡した。
「私以外の人間がアナスタシアを傷つけるなど許すはずがないだろう?」
カイルが一歩前へ出て来てアナスタシアは「はぁ?」と聞き返す。
「アナスタシア、君の相手は私だ」
「え、うそ……」
先ほどのカイルの戦いを見たすぐ後にカイルと打ち合うのは抵抗がある。とてもじゃないが勝てる気がしない。
「自信がない?」
カイルが剣を肩に乗せてニヤリを笑って見せる。
「まさか」
アナスタシアは売られた喧嘩は買う主義だ。勝てる見込みがなくても全力で戦う。
「ではアナスタシア、君が私に勝ったら一つ欲しいものプレゼントしよう」
「欲しいものね……良いわ、やりましょう」
アナスタシアは渡された剣を剣帯に装着し、訓練場の中心へ向かった。そして鞘から剣を抜く。カイルの素早さを思うと少し距離があった方が良い。間合いを考え位置取りをした。
「そんな構えで良いのか?」
カイルは両手で剣を構えたが、アナスタシアは片手でだらりと剣を持っているだけ。反対の手はいまだに鞘に当てている。
「いいわ」
アナスタシアが言うとカイルが審判役の騎士と視線を合わせ、騎士は「はじめ!」と叫んだ。
「っ! なんだ!?」
アナスタシアは真っ向勝負をしても勝てないと踏んで、いきなりカイルに剣の鞘を投げつけた。
「はあああああっ!」
カイルが驚いている間に、距離を詰めて剣を打ち込む。
が、すんでのところでキンッとカイルの剣に阻まれる。
「卑怯な技を使うじゃないか」
「くっ……戦いに卑怯もなにもないわ」
アナスタシアはまたすぐに構え直して剣を打ち込もうとするが、カイルの動きの方が速かった。カイルがすぐに剣を振ったので、アナスタシアがすぐに距離を取ってグイッと腕を引いた。すると剣を持ったカイルの腕が引っ張られてぐらりと身体が揺れた。
「くっ……! 今度はなんだ!?」
アナスタシアは鞘を投げつけた際、剣帯をカイルの剣に絡ませており、距離を詰め、剣が弾かれたときに剣に絡ませたその剣帯もしっかりと掴んでいた。
アナスタシアが剣帯を引っ張れば剣を握るカイルの腕も引っ張られる。刃が潰れた訓練用の剣だからできる技で、真剣であれば剣帯は切られてしまっていただろう。
こうしてアナスタシアがまたカイルに攻め込もうとした。
「あっ……!」
が、カイルは持っていた剣を強引に振り回して剣帯を握っていたアナスタシアの方がぐらついた。
「しまった……!」
そもそもカイルとアナスタシアは男と女で力の差は歴然だ。カイルはその隙に距離を詰め、剣帯の絡まった剣は捨て、ぐらついたアナスタシアの腰を抱き、耳元で囁く。
「勝つためには手段を選ばない…その強かな心意気、さすが私のアナスタシア。期待以上だ」
そしてそのまま耳元に口づける。
「っ!?」
アナスタシアは耳から感じた息遣いとリップ音にドキリとして片手でその耳を押さえてしまう。そしてカイルは反対の手で持つアナスタシアの剣を取り上げ、その剣をアナスタシアの目の前に突き付けた。
「私の勝ちだね」
カイルが勝ち誇った顔をする。
「ひ、卑怯だわ!」
アナスタシアは叫んだ。
「戦いに卑怯も何もないんじゃないの?」
「く……」
アナスタシアは自分の言った言葉に首を絞められる。完全に負けだった。
「私に勝ったら何が欲しかった?」
「フラベリオスに帰る馬車が欲しかったわ」
俯いてそう答えるとカイルはふう、とため息を吐く。
「それはプレゼントしてあげられないな。故郷が恋しいのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
アナスタシアには王女としての責任がある。ここでは夜に鬼畜な皇帝がやってくること以外は本当に良い生活を送らせてもらっているが、王女としての責を放棄してここでのうのうと暮らすわけにはいかない。
「戦いの最中に陛下が剣を離したことは初めてでしたよ」
アンドリューがアナスタシアを部屋に送りながらそんなことを言った。
「そうなの?」
「ええ。陛下は強いですから、騎士団でも団長、副団長レベルでないと対等には戦えません。あなたの戦い方について色々言う騎士はいましたが、勝ちにこだわる姿勢は格好良かったですよ」
アンドリューのストレートな誉め言葉にアナスタシアは小さく「ありがとう」と礼を言った。




