4 宮殿での待遇
「私の扱いって一体なんなの……?」
捕虜? 慰み者? 性奴隷?
帝国の宮殿に着いたら、手首の拘束だけはそのままに腕や足の拘束は外されて、見張りをつけられ、侍女をあてがわれて浴場で身体を綺麗に洗われた。
そして、質の良いドレスを着せられて、貴賓室のような部屋でお茶やお菓子でもてなされる。
手首の拘束さえなければ、母国にいるよりよっぽど良い生活だ。
一応、足も部屋から出られないくらいの長さの鎖に繋がれている。
食事だけはどうやら毒を盛られているようで、アナスタシアは一回だけ腹を下した。
それ以降は身体が慣れ、美味しく食事を摂れている。
ただ一つ、いただけないのは、夜になるとやってくるあのサディストな鬼畜皇帝だ。
毎夜現れ、身体を貪られる。
今さら純潔を失ったことを嘆くつもりはない。この先、生きていくのにそんなものは必要ない。
ただ、あんな男に良いようにされているのが気に入らないのだ。
アナスタシアはカイルの行為から逃れようと色々試すが、嫌がっても抱かれ、媚びても抱かれる。
たまにアナスタシアの抵抗が鮮やかに決まって、カイルの顔に強打や蹴りが入ると、カイルは怒りや嫌悪を見せるのではなく、喜んでいるとも思えるような恍惚とした表情を浮かべる。
一体どうすれば良いのか。
その日は昼食を終えると、部屋にカイルがやってきた。
「君に何か贈り物をしたくて宝石商を呼んだんだ」
カイルはそう言ってアナスタシアの部屋に入り、後に続いて商人らしき人物が入ってくる。そしてテーブルの上に次々と煌びやかな宝飾品を並べられた。
「君に似合いそうな物をいくつか選んでみたから好きな物を選ぶと良い」
「は……?」
甘やかすような笑顔を向けられアナスタシアはポカンとする。
「陛下がこんなに真剣にうちの商品を見てくださるのは初めてのことでしたので驚きましたが……なるほど、こちらの姫君への贈り物だったのですね。どれも質の良い物ですから姫様によくお似合いになると思います」
商人は人の良さそうな笑顔でアナスタシアに一点ずつどんな宝石を使った品なのかを説明する。
「え、いや……いらな──」
宝石などいらない、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
「いえ……どれもとっても素敵だわ。ゴールドの髪飾りも、ダイヤのネックレスも、サファイアのイヤリングも……、ぜーんぶ素敵。ねぇカイル、私全部欲しい」
並べられた宝飾品は十点を越えている。
アナスタシアは宝飾品に興味はない。姉たちは宝飾品で自身を着飾り舞踏会などへ参加することがあったが、アナスタシアにはそのような機会はなかったので、宝飾品の必要性がわからない。
だが、王族としての教育を受けてきたアナスタシアは宝石の価値くらいはわかる。用意された物は全て上質な物。
アナスタシアはなぜかカイルに気に入られてしまっている。ここで強欲な態度でも見せてカイルから嫌われようと考えた。
自分の嫌悪する女など抱きたいと思わないだろう。そんな思惑で用意された宝石を全部欲しいと口にした。
「全部……? でしょうか……?」
商人はまさか全部と言われるとは思っておらず、目を丸くした。
「ええ、全部よ。ダメかしら?」
アナスタシアはあざとく笑ってカイルを見る。
カイルは顔を伏せており表情がわからない。アナスタシアの強欲な主張に「それはちょっと……」と冷めた態度を取ってもらえると期待した。
ところがカイルは思いっきり顔を上に向ける。
「ふっ……ふはははははっ! 全部と来たか。面白い……! よし、全部買おう」
「え?」
アナスタシアの予想に反してカイルは大笑いした。
「どれが良いか聞いて全部と答えた女性は君が初めてだよ、アナスタシア。大体が高そうな品を二、三選ぶのに……ふっ、ふははっ……全部だって……」
「全部、お買い上げでよろしいんでしょうか?」
大笑いするカイルに商人は恐る恐る確認すると、カイルは「ああ、全部置いていってくれ」と嬉しそうに答えた。
「アナスタシア、全部君の物だ。好きに身に着けてくれ」
「カイル、ありがとう。嬉しいわ」
カイルはダイヤのネックレスを手に取り留め具を外し、アナスタシアの首に掛けながら甘く囁く。その甘い行為にアナスタシアはドキリと胸が高鳴るが、それを隠してニコリと礼を言う。
なぜか大量の宝飾品を贈られてしまったが、好都合だとアナスタシアは思い直す。宝飾品は金になる。
「今度は仕立て屋を呼んで君に合うドレスも用意しよう」
「ドレス? ドレスよりも宝石の方が良いわ」
「宝石に合わせたドレスがあった方が良いだろう? ドレスには興味がない?」
カイルはアナスタシアを甘やかすような聞き方をするが、アナスタシアの興味はドレスや宝石というよりも別の方向にある。
「うーん。フラベリオスは今回の敗戦で、また東への侵略を続けて力を付けようとするわ。そうなると金や宝石の価値はまだまだ上がるから、フラベリオスが戦争を止めるまでは金や宝石を買って、価値が上がりきってから売った方が……」
アナスタシアは顎に手を置いて自身の考えを口にした。
「え? ドレスより、宝石が良いってそういうこと……?」
カイルは思ってもみなかった答えが返ってきたようで目を見張っている。
「あっ……」
アナスタシアは余計な発言をしてしまったと、慌てて口元に手を当てた。
「あははははははっ! アナスタシア、君は最高だよ。そんなことを考える妃は今までどこにもいなかった。わかった。また今度君に宝石を贈るよ」
よくわからないが、また宝石をくれるというのなら、それに越したことはない。カイルは嬉しそうに、アナスタシアの手の甲に口づけを落として「また、夜に」と部屋から出ていった。
◇
「うぅっ……」
翌日、アナスタシアは人の声に目を覚ます。
「起こしましょうか?」
「いや、少し様子を見に来ただけだから構わない。まだ寝かせてあげてくれ」
そんなやり取りが聞こえて目を開ける。寝台の上から窓の外を見ると、かなり日が高く、すでに朝ではなさそうだ。
「寝過ぎた……身体がバキバキだわ……」
「すまない。起こしてしまったかな? 昨夜は寝たのが遅かっただろう? もっと寝ていてくれて良いよ。どうせ予定などないのだから」
アナスタシアは囚われの身なので予定はない。昨夜寝るのが遅くなったのもカイルがしつこかったせいである。
「もう十分寝たから起きるわ。あなたは忙しそうね。これから戦闘?」
カイルは動きやすい服装に剣帯を身に着けていたので、嫌みのつもりで聞いてみた。
「いや、軍の訓練に参加するんだ」
「皇帝なのに?」
訓練なら、騎士や兵士のみで行えばいいはずだ。
「国のトップが訓練に参加している様子を見たら、騎士たちの士気が上がるだろう?」
なるほど。アナスタシアの父であるフラベリオス国王はそんなことはしていなかったが、そういった積み重ねが帝国軍の強さに繋がっているのかもしれない。
「忙しいのね」
アナスタシアが腕を伸ばし、寝過ぎで凝り固まった身体を解しながら言う。
「アナスタシアも参加するかい? 良い運動になる。剣は使えるのだろう?」
「え? できる……けど……」
「では、食事を済ませて着替えたら訓練場に来ると良い。あとで使いを寄越すよ」
軍の訓練に参加をして良いなんて、アナスタシアはますますここでの自分の立場が分からなくなる。




