3 純潔は散る
「抵抗がすごいな。逃げられないよう縛り方を変えるか……」
カイルはそう言ってアナスタシアの拘束してある手首を天幕の支柱に縛り付ける。
ご丁寧にアナスタシアの身体の下にはマットを敷いてくれていて背中が痛いなどということはない。
「くっ……!」
アナスタシアは天幕ごと壊してやるつもりで上に上げている腕を思いっきり引っ張るが、しっかりと固定された天幕の支柱はびくともせず、逃げ出すことが出来ずにいた。
「ああ、アナスタシア。良い眺めだ」
カイルはアナスタシアの上にのしかかり、アナスタシアを見下ろしながら目を細めて笑った。
アナスタシアの背筋にぞくぞくとした寒気が走る。
温和な顔に見合った優しい笑みなんかではない。獰猛な肉食獣が逃げ出すことのできない獲物を見て笑うようなそんな表情だ。
「んっ!」
カイルがアナスタシアに覆いかぶさり、噛み付くように口づけた。
硬く閉ざした唇を無理矢理こじ開けて侵入してきたその舌をアナスタシアは──
「っ!!?」
驚いたのはカイルの方。彼は顔を顰めて咄嗟に引いた。
アナスタシアがカイルの舌にがぶりと噛み付いたからだ。
「ざまぁ!」
アナスタシアはカイルを鼻で笑う。
「はっ、どこまでも抵抗するんだな。面白い」
カイルはアナスタシアの腰に手を這わせたかと思えば、アナスタシアの身体をぎゅっと掴んだ。
「いっ……」
「ならば、身体で楽しもう」
◇
カイルはアナスタシアの身体を無理矢理に開こうとする。そしてアナスタシアは拘束されながらも「いやだ」「やめて」なんとかそこから逃れようと身体をジタバタと動かした。
ふるふると首を振りカイルを睨みつけながら涙を流せば、カイルは恍惚とした表情をしてみせる。
「こんなに抵抗してくれる子は初めてだ。私が求めれば誰もが喜んで身体を開く。媚びてくる女なんてつまらない。アナスタシア……君は私の唯一になるんだ」
「ひっ……」
カイルは興奮からか目元は赤く、海のような碧い瞳が、陶酔したかのようにアナスタシアを見つめていた。
彼はアナスタシアに覆いかぶさり何度も唇を奪う。
されるがままになっていたアナスタシアだが、そこでハッとした。
今まで「いやだ、やめて」と拒絶する言葉を叫んでいたが、どうやらカイルにとっては、より興奮させる糧にしかなっていないらしい。アナスタシアはカイルがとんでもないサディストであると理解した。
――媚びられるのがつまらないと思うなら……、喜んで身体を開く女が嫌いなら……
「カイル陛下……、あなたの口づけ気持ち良いの。お願い……私をあなたの一番にして? 気持ち良い口づけ、もっとして? お願い?」
アナスタシアは、声のトーンを上げ、瞳はトロンとさせて上目遣いでカイルを覗き込んだ。
なかなか良い演技ができた。
一瞬でカイルは表情をなくし、アナスタシアを見下ろした。
よし、成功した。
五人も妾妃のいるような男が、戦争で拾った慰み者を一番になどするものか。
カイルを狙い、縋るような他の女性たちと同じように媚びることができたと思った。
だが──アナスタシアを見下ろしていたカイルの表情がゆっくりと変わる。
アナスタシアは顔を顰めてカイルを見る。
「ひぃっ!」
温和で優しげな美貌の皇帝カイルは凶悪な顔をして笑っていた。
「両想いだなんて嬉しいな。君が望む通り私の一番にしてやろう。私のことは、カイルって呼んでよ。さぁ、アナスタシアの大好きな口づけをいっぱいしよう!」
「いっ……!」
アナスタシアはカイルから顔を背けるが、カイルは逃げるアナスタシアの頬をがっちり掴んで口づけてから、アナスタシアに覆いかぶさった。
◇
「ああ、これほど思いっきり女性を抱いたのは初めてだ。アナスタシア……」
アナスタシアの拒絶も虚しく、カイルはアナスタシアの純潔を散らし、アナスタシアをギュッと抱きしめた。
そして、アナスタシアの顔中に口づけを落としていく。
少しの間放心して、カイルの口づけを受けていたアナスタシアだが、目の前にカイルの美しい顔がきたとき、アナスタシアは思いっきり腹筋に力を入れ──ゴツン!!
額で額を強く打ちつけた。
「いっ……たぁ……」
赤くなった額を押さえてカイルが痛そうに呻く。
「アナスタシア、何をするんだ」
「嫌だって言ったのに! やめてって言ったのに! あなたなんて大っ嫌い!!」
敵国に捕えられて命があるだけまし、純潔を奪ったのが綺麗な男であっただけまし、そう思おうともやはり悔しさが込み上げた。
アナスタシアも打ちつけた額を赤くして、涙目で睨むとカイルの目が据わる。
「へぇ、私の一番になりたいだなんて言ってたのにね? やっぱり君は最高だ」
カイルは笑っていた。
その顔は少し前に見た凶悪な笑顔。
アナスタシアの背中を冷や汗がつたう。
しまったと思ってももう遅い。
カイルはアナスタシアをもう一度抱こうと体勢を変える。
「ひうっ……なんで……まだ……」
アナスタシアが怯えたような表情をすればカイルは嬉しそうに言う。
「はぁ、可愛いなぁ。アナスタシア、私の唯一……」
それから何度も抱かれて、アナスタシアは力尽きるように眠りについた。
カイルは眠りにつく前、眠りづらいだろうと、天幕の支柱に縛り付けていた拘束を外してくれた。
自由が利くようになり、逃げるチャンスだったのかもしれないが、散々に抱かれて疲れ切っていたアナスタシアに身体を動かすような余力は残っていなかった。
さすがに「子が出来るのはまずい」と口移しでとろみのある避妊薬を飲まされて、それをゆっくりと飲み込みホッと息をつくとすぐに寝入ってしまった。
◇◆◇
「昨夜は随分とお楽しみだったようで」
翌朝カイルに早々に声をかけてきたのは護衛も兼ねているカイルの側近、アンドリュー・ヒューイット。
「アンドリュー、聞こえていたか」
「悪趣味ですね。あんな天幕じゃ聞こえるに決まっているじゃないですか。わざわざ戦地までついてきたディアナ妃が昨夜は荒れに荒れて大変でしたよ。当たられた侍女たちが可哀想でした」
「ふん、あんな元老院の狸どもに押し付けられた女などに私の子を産ませたいなど思わぬ」
カイルは眉を寄せて吐き捨てた。
「妾妃よりも慰み者を優先するのですか?」
「はっ? アナスタシアを慰み者になんかするつもりはないぞ?」
「え? あんな乱暴に抱いておきながら?」
アンドリューは目を丸くした。
「ああ! アナスタシアは最高だった。私は初めて子種を与えてしまった」
うっとりとしたように話をされてアンドリューはギョッとした。
「ちょっと、下世話な話はやめてください。って、えっ!? 子種!? まずくないですか? 妃でもない女性に」
「うん、まずい。さすがに避妊薬は飲ませてやった」
「もう、気をつけてくださいよ」
アンドリューはホッとしたように息をついた。
「さぁ、帝都に帰還するぞ。宮殿にアナスタシアの部屋を用意するよう先触れを出しておけ」
◇◆◇
「部屋を用意するよう伝えたのに、用意した部屋がなぜ貴族牢なんですか?」
アンドリューはリュートリムの帝都にある、皇帝の居住する宮殿で、アナスタシアの部屋を用意したという侍従長を問い詰めた。
戦場で捕えた敵国の姫を連れて帰ると言われたので、侍従長は相応の部屋を用意したつもりだった。
「急いで貴賓室を用意するようにしてください!」
カイルの黒い部分を知っているアンドリューは貴族牢なんて用意したと知られたら魔王が降臨すると身震いした。
そして侍従長にアナスタシアの取り扱いについて細かく指示を出した。




