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2 天幕にて

「んーー! んーー!」


 アナスタシアは小さな天幕の中で、身体を縄で拘束され、猿轡を噛まされ横たわっていた。

 見張りの兵士たちの話では、この野営地で一泊して明日の朝、帝都に帰還するらしい。


 アナスタシアはこのまま殺されるのだろうか、それとも捕虜としてフラベリオスとの交渉材料とされるのだろうか。

 下手に体力を消耗させるのは良くない。縄を解くことが難しいとわかると、アナスタシアは大人しく転がった。



「アナスタシア王女、陛下がお呼びです」


 一人の兵士が天幕の中へやってきて、アナスタシアの足だけ拘束を外し、立ち上がらせる。

 天幕の外へ出ると辺りはすっかり暗くなっていた。

 そして、他の天幕よりも一回り大きな天幕があり、背中を押されながらそこへ向かう。


 その天幕から、一人の女性が出てくる。ローブに身を包んでいたが、暗がりでもわかるくらい派手な化粧をしていた。

 そして、アナスタシアを見ると強く睨まれた。


「?」


 敵だからか、それともフラベリオス人になにか恨みがあるのだろうか。初めて会った女性に敵意を見せられ、アナスタシアは困惑した。


「お入りください」


 兵士が入口の幕を捲り、中へ入るよう促す。

 アナスタシアが躊躇っていると強く背中を押されて、前に倒れ込みそうになりながら、中に入ることになった。


 中央の絨毯の上には柔らかそうなマットがたくさん置いてあり、その上で男は胡座をかいて座っていた。

 簡素なシャツとズボンと楽な格好をしており、頬にはアナスタシアがナイフでつけた赤い線の傷ができているが、どんな格好をして、どんな傷ができていようと、この男の美貌は損なわれることがないようだ。


 前皇帝が早世し、二十二歳という若さで帝位を継いだリュートリム帝国皇帝、カイル・トッド・リュートリム。それが彼の名だ。

 カイルが即位してから四年が経ち、帝国民からは親しみやすいと慕われ、文武に優れた若き賢帝と名高いが、アナスタシアはこの男のどこが親しみやすいのかがわからない。

 帝国民全員がこの男のぱっと見の優しげな雰囲気に騙されている。


「ようこそ、アナスタシア姫」

「……」

「一緒に食事にしよう。とはいえ、野営だからあまり贅沢なものはないがな」

「……」

「ほら、ここに座って」


 何を企んでいるのだろうか。アナスタシアが警戒していると立ち上がり強引に肩を掴んで、座らせた。


「ああ、すまない、これだと食べられないな」


 そう言って、アナスタシアの猿轡を外した。


「私をどうするつもり!」

「とりあえず、一緒に食事をとってそれから考えようと思っていたんだが?」


 目の前にずらりと並んだ食事を見て、アナスタシアは大人しくした。

 逃げるのであれば体力をつけた方がいい。今は下手な抵抗はやめて、逃げる隙を見つけ出すべきだ。


「食べるから手の拘束も外して」

「それは無理だね。君は私にナイフを向けた。何をしでかすかわからないから、手の拘束は外してあげられない」

「そう……」


 もっともな意見だ。


「だから私が食べさせてあげるよ。肉は好きか?」


 カイルはアナスタシアを胸に抱くように座って、一口サイズに切った肉を差し出した。

 アナスタシアは何も言わずにそれをぱくりと口に含んで咀嚼する。

 いくつか肉を食べると「クラッカーはどうだ」と次々に食事を差し出される。野菜に果物まで食べさせてもらいアナスタシアは思う。

 自分のことは捕虜としてフラベリオスと交渉するため、それなりの待遇で生かしておくつもりなのだろうと。

 だからといって、皇帝自ら捕虜の世話をするのはよく分からない。


「細い身体をしている割には良く食べるな」


 カイルは最後の一粒の葡萄を差し出しながら、アナスタシアの身体を確かめるように腰回りを撫でた。

 不意に体を触られアナスタシアは差し出された葡萄を口に入れる際、カイルの指にがぶっと噛み付いた。


「いっ……!」

「変なところ触らないでよ!」


 カイルは目を丸くしたが、すぐにクスクスと笑った。


「何よ?」

「いや……面白いなと思ってね」


 食事の最後に飲み物を差し出された。


「これも飲め」


 ゴクゴクと一気に飲み干すと、身体がカッと熱くなった。酒ではない。何かの毒の類だろうか。


「何を混ぜた?」

「丁重にもてなして捕虜にしようかと思っていたけど、気が変わった」


 カイルがクツクツと笑う。

 だが、アナスタシアの身体の火照りはすぐに引く。

 一瞬赤くなったアナスタシアだったが、すぐに色を戻した。


「ん? 効かないのか?」

「毒に慣らした体だから、よほどの猛毒以外は私には効かない。残念だったわね」


 フラベリオス人は他の国の人間より色が白く儚く見えるが、実際は丈夫な身体をしている者が多い。

 その中でもフラベリオス王族は特に血の気が多く、戦闘向きで丈夫な身体をしている。


「ふぅん、まぁいいか。辛いのは君だけど。私はそっちの方が楽しめる」

「なんのこと……んっ!?」


 カイルはアナスタシアのことを押し倒し、自身の唇でアナスタシアの口を塞いだ。


 アナスタシアは自由の利く足で、カイルの腹を蹴飛ばそうとしたが、腹に当たる直前でカイルの手によって足を掴まれた。


「威勢がいいな」

「何すんのよ!」

「だいたいの女はこうすると大人しく身体を開くんだがな」


 カイルはおかしいなと言わんばかりに首を傾げるが、アナスタシアはカッを大きく目を見開く。


「あなたの四人の妾妃と一緒にしないで!」

「最近五人に増えた。つい先程までこの天幕にいたが、つまらなかったから追い出した」


 アナスタシアは眉を顰める。先程の派手な化粧の女性は妾妃の一人だったのか。


「服を脱がすにも縄が邪魔だな」


 アナスタシアは今、足の拘束だけは外されているが、両手首を後ろで拘束され、さらに胸の上と、胸の下で、腕の自由が利かなくなるように縛られていた。

 カイルはアナスタシアが足を動かせないようにのしかかり、どこからかナイフを取り出した。


 ――チャンスだわ、縄を解いてもらえる! その隙を突いて……


 そう思ったのも束の間、ザクザクとナイフで切り始めたのは縄ではなく、アナスタシアの服だった。


「……っ!」


 冷たいナイフの背が肌に当たり、ぞくりとする。だが、決してアナスタシアの肌は傷つけない。


 器用に縄を解かずに、服だけを剥ぐように服も下着も全て切り刻み、アナスタシアの白い肌が剥き出しになる。そして、拘束されたまま丸裸となった。


「やだ! やめて!」

「綺麗な肌だな。そして、白い……フラベリオス人は皆、こんなに白いのか」


 アナスタシアは身を捩って、カイルの下から抜け出そうとするが、全く抜け出せそうにない。


「何する……つもり……」

「ここまでして、まだわからないのか? 戦の後は身体が昂るんだ。そっちが仕掛けた戦だろう? 責任をとってもらおうか」


 カイルは着ていた服を脱ぎだした。


「いやだ……、やめて……」


 アナスタシアは恐怖で身体が震え出す。

 自然と目には涙がたまる。


 これは捕虜なんかの待遇ではない。慰み者とするつもりだ。


 とにかく逃げないと。


「しょ、妾妃! 妾妃が来ているなら、妾妃を抱けばいいじゃない!!」

「ああ、ディアナはそのつもりで来ていたみたいだがな……彼女では面白くない」


 ディアナとは先程出ていった妾妃の名だろう。

 最低だ。

 抱ける妾妃がいるのに、わざわざ敵国の王女を慰み者とするなんて。

 カイルの大きく節くれだった手がアナスタシアの肌に触れる。


「滑らかな肌だな」

「やだ! やめて!!」


 アナスタシアは足をジタバタさせて暴れた。


「お、お風呂!! もう何日も入ってなくて汚いわ!」


 カイルがおやっという顔をした。


「そうか、気が利かなくてすまない」


 申し訳なさそうな表情でそう言うと、すでに用意されていた水桶と手巾でアナスタシアの身体を拭きだした。


「えっ……」


 さっぱりして気持ち良いのだが、この場から抜け出す口実だったのだから、身体を拭くより、汚れているからとやめて欲しかった。


「あっ、そんなこと……しなくていい……」

「遠慮するな、気持ちがいいだろう」

「いや! やめて!!」


 アナスタシアはカイルを強く睨んで再び蹴り上げた。


「いたっ……!」


 強く蹴ったつもりだが、避けられて足はカイルの顎に掠めるように当たった。

 そしてその足はすぐにカイルに掴まれる。

 カイルは何故か心地よさそうにして呟く。


「いい……もえるな……」

「は……?」


 アナスタシアは何がカイルの琴線に触れたのか、まったく理解できなかった。

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