24【番外編】リュカのお城探検
アナスタシアの姉カロリーナが衛兵に連れていかれた辺りまで戻ります!
リュカは母親であるアナスタシアの姉だという悪口を言ってくる女性が衛兵たちに宮殿の外へ連れていかれる様子を見てホッとしていた。
今まで知らない男に捕まえられたり、剣を突きつけられたりと、恐怖を感じる出来事は多々あったが、あれほどわかりやすく敵意を剝き出しにされたことは初めてで、剣を突きつけられたときとは違った嫌悪を覚えていた。
だが、母はそんな悪い魔女のような女性にちゃんと言い返していたし、やはり父親であるカイルが助けてくれて、悪い魔女はお城を追い出された。
母はとっても強いお姫様で、父はそんな母を助ける格好良い王子様なのだ。
そしてリュカは二人を結びつけるキューピッドにでもなろう。そんなことを思っていた。
「アナスタシア、私たちはもう少し話をする必要があるようだ」
「ええ……」
父と母のやり取りに、邪魔をしてはいけない予感がした。
キューピッドは時には二人を見守るため口を噤むことも必要だ。父に抱かれたまま大人しく二人の行く末を見守ろうとしていたが……
「アンドリュー! ちょっとリュカを頼めるか!」
父の側近がリュカへと近づいてきた。
「リュカ様……」
彼はリュカを抱こうとおずおずと手を伸ばす。
「良いかい? リュカ?」
父がリュカの顔を覗き込んで様子を窺う。
リュカは二人のキューピッドであるが、難しい大人の会話を大人しく聞いているよりこっちの方が絶対良い。
「うん、ぼく、アンドゥーしゅき!」
アンドゥーは剣を持った悪者たちからリュカを助けてくれた。弓矢で悪者たちを仕留める様子は圧巻だった。
感謝の気持ちを込めてアンドゥーにギュッとしがみつく。
「はわわっ……! リュカ様!!」
アンドゥーが驚いた様子だったので、嫌な気持ちにさせてしまっていたら良くないと思って顔を覗き込んだが、彼はニコニコと良い笑顔をしていたのできっと大丈夫だ。
「ではリュカ様、宮殿をご案内いたします」
「わーい! おちろ探検だぁ!」
「そうですね」
リュカはアンドゥーと手を繋ごうとしてハッとした。
「アンドゥー、ちょっとまってて」
首を傾げるアンドゥーを待たせてリュカは母のもとへと駆け寄った。
「ママっ、いまからぼくアンドゥーと探検にいくよ。きっとたいへんな旅になりゅけどちんぱいちないで……アンドゥーはぼくがちゃんとちゅれて帰ってくりゅから」
できる息子は母に心配をかけてはいけない。絵本の主人公たちは皆、旅立つ前に母にこう告げるのだ。
「あ……うん。わかったわ。リュカ。アンドリューにわがまま言っちゃだめよ」
「しょんなこと言わないよぉ」
リュカはこんなにお利口さんなのに母はいまいち自分のことを信用していない気がする。
それからアンドゥーと手を繋いでお城の中を探検した。
厨房を覗いたときは料理長がお菓子をおすそ分けしてくれた。礼拝堂へ行くと神官様が難しい話をしてくれて、リュカは少し眠たくなった。
「わあ! どんぐりっ!」
アンドゥーに連れられ庭へ出るとどんぐりがいっぱい落ちていて、リュカは夢中になってどんぐり集めに励んだ。
どんぐりは素晴らしい。
小さくてつやつやしていて、可愛らしい。帽子をかぶったどんぐりに出会えるとついニコニコしてしまう。
細長いのも好きだけど、やはりふっくらして大きいものが価値の高い気がする。
リュカは自分の中の良いどんぐりの基準に合わせて一つ一つ手に取り、陽にかざして見て、しっかりと品定めをした。
「リュカ様、お茶の準備ができたので、少し休憩にしませんか?」
「やっ! 今いちょがちい……」
さきほどどんぐりが大量に落ちている場所を見つけた。今、とても良いどんぐりが見つかりそうな予感がする。お茶など飲みたい気分じゃないのだ。
「リュカ様、クッキーだけではなく、チョコレートやマドレーヌも用意しておりますよ」
「チョコレート!?」
初老ともいえるくらいの女性の使用人に声を掛けられた。
チョコレートはファラース子爵家のイーサンと一緒のときにしか食べられない高級お菓子だ。
「た、たべりゅ……」
急いで用意されたテーブルへ着こうとするとその女性に「手を洗ってからですよ」と窘められた。
「あい……」
とぼとぼと近くの手洗い場で手を洗ってから席に着く。
「リュカ様、よくできました。偉かったですね」
「しょうでちょ。ぼくお利口しゃんだから」
その女性に褒められ得意になって返事をした。ところで……
「アンドゥー? このしとだれぇ?」
アンドゥーは「ご紹介が遅れてすみません」と一呼吸置いてから女性を紹介してくれた。
「女官長のアニー・ハーヴェイです。何か困ったことがあれば私でも良いですが、彼女に相談しても良いですよ」
アンドゥーの紹介に合わせてアニーが「アニーです。よろしくお願いします」と頭を下げた。
「アニーちゃん! ぼくはリュカだよぉ。よろちくね」
リュカは友達の印にアニーにどんぐりを三つ渡すことにした。
「もっといる?」
「十分でございます」
「アニーちゃん……虫が出りゅからって、あとでこっしょり捨てる気でちょ……」
リュカは知っていた。
母であるアナスタシアは虫が出るからと言って、リュカの拾ったドングリを一つしかもらってくれない。しかも残りのどんぐりはいつも気が付くと無くなっている。きっとリュカの知らない間にこっそり捨てているのだ。
だが、アニーは「まさか! そんなことは致しませんよ」と首を振る。
「リュカ様のお父様であるカイル陛下もよくどんぐりを集めていらっしゃいました。私も良く幼い陛下からどんぐりをもらったものです。でもやはりどんぐりからは虫が湧いてしまうので、私はどうすればどんぐりから虫が湧かずに済むか試行錯誤いたしました」
アニーはどんぐりを煮沸して乾燥をすれば虫が湧いてこないと説明してくれた。ドングリは生乾きだとカビが生えやすいから高速乾燥が大事らしい。だがリュカには「しゃふつ」も「かんそう」も良く分からなかったが、なんとなくフンフンと頷いて理解をしているふりをした。
「このチョコ……アニーちゃんが用意してくれたの?」
「ええ……事前にファラース子爵家にリュカ様の好物を聞いておりましたので」
アニーの穏やかな笑顔に胸がポカポカした。
「ねえ! アニーちゃんもいっちょにチョコたべよ?」
リュカはお菓子を食べていた手を止めて、隣の椅子を引いてアニーに腰かけるように進めた。
「ありがとうございます、リュカ様。ですが私はまだ仕事が残っておりますので」
アニーとも一緒にお菓子を食べたかったのだが、仕事が忙しいなら仕方がない。リュカは「しょっか……」と呟きしゅんとした。
「ねえ、アンドゥー? パパって王子しゃまだからいっぱいお金持ってるよね? なんでも買えりゅ?」
「ん? 陛下は王子様より、王様の方が近いのですが……そうですね。欲しいものがあるのならお強請りしてみたらいかがですか? ちなみに何が欲しいんです?」
「エプロン……」
「女官長にプレゼントするんですか?」
アンドゥーに問われて首を振る。
「ぼくが使うの。エプロン着けてアニーちゃんのお手伝いしゅる。しょうしたら、アニーちゃんのおしごと、しゅこしは楽になるかな? ぼくといっちょにお菓子食べる時間できりゅかな?」
「リュカ様……!」
アニーは瞳をうるうるさせながらリュカを見る。そしてふーっと少し心落ち着けたような素振りをしてからリュカの目線に合わせて片膝を突いた。
「リュカ様。アニーはリュカ様がそのように思ってくださるだけで嬉しくて胸がいっぱいです。私はリュカ様や陛下のお世話をすることが仕事ですから、これからぜひ私にリュカ様のお世話をさせてください」
アニーが温かな手でリュカの小さな片手を包み込む。
「うん。よろちくね、アニーちゃん」
リュカがにっこり笑顔で答えると、何故かアンドゥーが「リュカ様……なんて健気な……」とぐずぐずと鼻を鳴らしていた。
アニーが別の仕事に行くと言ってからしばらくすると、父と母がリュカを迎えに来た。
「ママっ! パパっ! どんぐりあげりゅー」
「わっ! いっぱい拾ったな。ありがとうリュカ」
両手いっぱいのどんぐりを二人に渡すと父はよろこんで受け取ってくれた。相変わらず母は「ママは一つでいいわ」と言う。
そうだ。忘れないうちに母にリュカのどんぐりをこっそり捨てていたことを指摘しなければ。
「ねえ、ママ。いっちゅもぼくのドングリこっそりしゅててたでちょ。ぼくちってるんだから!」
頬を膨らませて母のことを睨み上げる。すると母は「捨ててないわよ」とあっけらかんと答えた。
「うしょ! だっていっつも拾ったドングリちゅぎの日にはなくなってりゅ」
「嘘じゃないわよ? あれは捨ててるんじゃなくて、リスさんたちに返しに行ってるのよ。だってドングリはリスさんたちのご飯でしょ?」
「っ!」
リュカは衝撃の事実に気づく。
「パ、パ、パ、パ、パパ……ドングリかえちて。パパもドングリはいっこだけ」
「?」
リュカは父からドングリを奪いすぐに元あった場所にドングリを戻しに行った。
「ごめんね。リスしゃん。ドングリかえしゅね」
リュカは危うくリスのご飯を全て奪いつくしてしまうところだった。
「あら、戻しに行ったの? えらいわね」
母に褒められてリュカは得意げに顎を上げて笑った。
「でも、この一個のドングリも気を付けないと虫が湧くのよねー」
「あっ!」
さっき、アニーにドングリから虫が出ない方法を教えてもらった。
たしか……
「ママっ! ドングリはコウソクとカンキンだよぉ」
「こ、拘束と……監禁……?」
リュカの言葉に母は突然震えだす。
「リュ、リュカが鬼畜に……」
「きちく?」
首を傾げているとすぐにアンドゥーが会話に割り込み、こめかみから汗を流しながら説明する。
「リュカ様! 女官長が言っていたのは煮沸と高速乾燥です! アナスタシア姫! このドングリは虫が湧かないように処理してもらいますからお預かりしますね」
「あ……高速乾燥ね……よかった」
母はホッとしながらアンドゥーにドングリを渡していた。




